「今日がんばったら、ご褒美を三十分差し上げます」

「試験、まだ終わってないからッ!」


 数学の試験が二時限目だった。

 燃えカスになってた俺を見透かしてたのか。

 隣の教室から可奈かなかつを入れにやってきた。


「もぅマヂ無理」


 精も根も尽き果てた俺に。

 可奈かながただならぬ雰囲気で言った。


青葉あおばくん、歯を食いしばって」

「……なんで?」

「いいから早くッ」


 言われるがまま、アゴをグッと噛みしめた。

 すかさず思いっきり、頬っぺたをぶたれた。

 周りのクラスメイト達が一斉に振り返って、絶句。


「これで、目が覚めた?」

「――ああ、最ッ高の目覚まし食らったわ」


 あの「地味子じみこ」が「学校一の不良」にビンタを食らわせた。

 とんでもない大事件だと。

 みんなざわざわしてる中、可愛い鬼教官キャプテン・カナが飴玉を差し出す。


「はい、ブドウ糖。これで糖分補給してね」

「サンクス。さっそくもらうわ」

「じゃ、またあとで」


 手を振り、颯爽と教室を出ていった地味子じみこ

 その姿は、かつておどおどしていた頃のモノではなかった。

 好意でもらった飴玉の包み紙を開くと、綺麗な文字で一言。


 ――今日がんばったら、ご褒美を三十分差し上げます――


(キタ――(゚∀゚)――!! ヨォォォォォォォォシッ!!!)


 大天使様、降臨確定!

 今まで最長十分だったおさわりの時間サービスタイムが三十分!


(流れ変わったな……ッ)


 ひとり右手を上げて、包み紙を握りしめるガッツポーズ。

 わが心象世界に定番の音楽とともに流れる、幾多の弾幕。

 俺の焼き切れた脳みそサイコ・フレームに、血液とブドウ糖が隅々まで行き渡る。

 疲労から覚醒した俺は、二日目最後の試験、理科を乗り切った。


 ***


 試験最終日となる明日のチェック。

 それを午後八時に終わらせたらお楽しみの時間。


「今日さ、あのハゲが俺たちをじっと見てたんだ」

「ハゲ、だな、ンッ! て……そんな、コト、ぉ……言って……る、からぁ……」

「アイツ俺の天敵だから、気をつけたほうがいい」

「そんな……言いか、あンッ、するか、ラッ……睨まれる、ンンッ! だよ……」


 大天使様の洋梨をもみしだき、先端の蕾もくすぐること三十分。

 俺は大天使様にしっかりと快楽を植えつけて、その理性をどろどろに打ち砕いた。


「延長戦をご希望ですか?」

「し、試験が終わるまでは……これ以上は、ダメ、なんだから」

「チッ……わーったよ! 試験終わったら、ナマチチ開放で!」

「な、なま、ちち……ッ!?」


 さんざん愛撫を加えた耳たぶが真っ赤になっている。


「成績出るまでは、それでガマンするから! お願いしますッ!」

「も、もう……青葉くんの、バカぁ……ッ」


 口で嫌がっても、ふにゃふにゃになった語尾にしっかりハートがついていた。


 ***


 試験最終日の朝。

 いつものように、恋人つなぎをした俺と可奈かな

 校門をくぐると、複数の教員が俺らを囲んだ。

 上から感じた、いやな視線。

 見上げた先で、クソむかつくハゲ頭が俺たちを見下していた。


「何の権利があって、こんなことをするんですか?」


 生徒指導室で鞄の隅々を調べられた、可奈かなの声には静かな怒り。

 俺の担任――大嫌いな数学教科担任が言い放った。

 藤岡ふじおかが受けた数学の試験。答案の出来があまりにも良すぎるんだ、と。


「カンニングなんて、そんな卑怯なこと、するわけないでしょう!」


 優等生で通っていた地味子じみこが激しい抗議の意思を示した。

 俺だけじゃない。その場にいた先公センコーどもが言葉を失った。

 その沈黙を、ハゲ頭の教頭が破った。

 優等生たる字見あざみ可奈子かなこの交際相手が、問題児だからだと。

 したがって、二人で共謀したカンニングを疑わざるを得ないと。


「何の証拠があって、藤岡ふじおかくんがカンニングをしていると?」


 ハゲ頭が冷たく言い放った。

 証拠はない。だが、毎晩、問題児を家に連れ込んでいるそうじゃないか、と。

 可奈かなの瞳が大きく開かれる。


「それは数学の試験対策――いいえ、藤岡ふじおかくんが二年間ほったらかしにされてきた数学を理解しなおすために必要な時間だったんです」


 その抗議は軽くあしらわれ、聞き入れられなかった。

 俺たちふたりは、他の生徒と別室で試験を受けるように――。

 その間、携帯電話等の通信機器は預からせてもらう――。

 その宣告に、可奈かなが憤りを抑えた声で問う。


「試験が終わったら、すぐに返してもらえるんですよね」


 ひとつ頷いたハゲ頭は、じろりと俺を見つめる。

 俺が動揺するとでも? そんなわけねーだろが。


「わーった、わかりました! 後ろめたいことは、なーんもねーっすから」


 疑いを晴らして、俺と可奈かなの名誉を守るんだ、と。

 俺は鉄拳を固く握りしめた。

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