「青葉くんの二年間を、二週間で取り返します」

 期末試験まで二週間。

 俺はそこで、ふたつの奇蹟を起こさなくてはならない。

 ひとつ目の奇蹟。全科目で赤点を回避すること。

 ふたつ目の奇蹟。学年の総合順位で全体の半分以上に入ること。

 それを達成できなければ――。


可奈かなとイチャコラできねぇ――ッ!!!)


 可奈かなの外見が変わった。

 それは目ざとい先公センコーたちにもわかる。

 俺と可奈かなの仲は、職員室の連中の耳にも届いてる。

 可奈かなはあのクソどもから「不純異性交遊」を疑われているんだ。

 当然、可奈かなは強く否定した。


『私が、藤岡ふじおかくんの成績を一変させてみせますッ』


 こう啖呵たんかをきった手前、ふたつ目の奇蹟が必要になったわけだ。


(この学校ガッコ先公センコーって役立たずの割に、ホント余計なことしかしねーな)


 だが、幾多の映画で学んだように、試練は男女の愛を強くする。

 学校の授業が終わったら、図書室で最終下校時刻まで試験勉強。

 最終下校時刻になったら、可奈かなの家まで彼女を送って試験勉強。

 そんな生活になったので、毎朝、可奈かなおれまで迎えに来る。

 おふくろに挨拶してるうちに笑顔が増えて、今はすっかり仲良くなった。


(外堀埋め系ヒロインなのか、アイツ)


 少なくとも、おふくろは認めている。

 可奈かながしっかり者で、学校でも成績優秀者だって。

 あの「事件」以来、勉強に身が入らなくなった息子の面倒をみてくれる。

 こんな嬉しいことはないって、親父に漏らしていたほどだ。


「おふくろを泣かせるのは、あれっきりにしたいな」

「――青葉あおばくん、何か言った?」

「通知表を見せて、おふくろを嬉し泣きさせてやりたいなあって」

「そうそう! だから、頑張りましょ!」


 一番のモチベはふたつの奇蹟を起こして、可奈かなとイチャコラする。

 間違いなく、これなんだけどな!


「俺は、マーヴェリックになるッ!」


 困難なミッションを達成するッ!

 愛する者の許へ必ず生還するッ!

 そうやって気合い入れて勉強しても、どうしても効率が落ちていく。


「あぁ……頭が回んねぇッ!」


 俺は放課後の図書室で頭を抱える。

 相手は一番苦手な科目――数学だ。

 商売人の息子だから、算数には自信があった。

 だけど、中学に上がってから、一変した。

 よりによって、数学の教師が俺のクラス担任で、大嫌いな先公センコーだったからだ。

 授業中に居眠りが増えた。チリツモで、なんにもわからなくなっていた。


「うん、わかった。もう、図書室じゃ数学やらないから」

「マジ助かる。俺、数学だけはダメなんだ」

「理科は成績悪くないんだから、数学も行けると思うんだけど」

「数学は先公センコーが大っ嫌いだから、授業中は寝てばっかなんだよ」


 ジト目で俺を見る地味子じみこ


「……その、先公センコーって言いかた。なんか、昭和って感じがする」

「あぁ……従兄アニキの影響だな。元ヤンだし」

「言葉遣いも、成績もよくしてもらわないと。清く正しいお付き合いだって、認めてもらえないの。それじゃ私、とっても困るんですけど」

「わかってるよ。努力する。でも、数学だけは、どう頑張っても無理だ」


 しっかり、脳みそにインプットされているんだ。

 数学=嫌い=楽しくない=やる価値がない、と。


「……じゃあ、数学を前向きに学べるように、工夫してみるから」


 以来、可奈かなは勉強の時間割を大きく入れ替えた。

 数学以外の試験勉強は、ぜんぶ図書館でやることにした。

 そのかわり、数学の勉強は可奈かなの家でやることに決めた。


青葉あおばくんの二年間を、二週間で取り返します」

「お、おう」


 可奈かなふんする、巨乳の家庭教師。

 中一から中三まで、教科書を持ってきた。

 それと実践ドリルがいくつか積んである。


「いい? 基礎から全部たたき込むんだから。返事は?」

「……はぁい」


 バンッ!

 机を叩かれ、絶句。


「声が小さい! それでよく、一匹狼マーヴェリックを名乗れるわね」

「サー! イェッサー!!!」


 バンッ!

 また机を叩かれる。

 コイツはあれか? 小木曽おぎそのつもりか!?


「サーは男性の敬称。女性の敬称はマアム。はい、やり直し!」

「マム! イェス、マァム!!!」

「よろしい。では、一年生の教科書を開いて」


 鬼教官ぶった可愛い優等生と、マンツーマンの個別指導。

 最初から数学の教科担任が、巨乳の美人女教師だったら。

 絶対、こんな目に遭わなかっただろうに。

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