「たったひとりで、よくがんばってきたな」

 可奈かなの身上を聞いた。

 父親が日本人、母親がアメリカ人。

 外資系のグローバル企業に勤める父が、赴任先の米国で母と結婚。

 生まれた愛娘が、目の前にいる美少女と知った。


「いつから、日本に?」

「小学四年生から。一時期だけ、両親が東京赴任になったの」

「今も?」


 可奈かなが、首を横に振った。


「パパも、ママも、今はニューヨーク」

「そっか」

「本当は、私も。小学校を卒業したら、アメリカに行くつもりだった」


 その年の暮れ。百年ぶりのパンデミックが、全世界で猛威を振るった。

 米国の病死者数は翌年だけで、第二次世界大戦での戦死者数に迫った。

 渡航制限がかかった。日本に残されたひとり娘の未来が、閉ざされた。


「日本の中学校に通うことになったんだけど。私、こんな姿だから」


 ありのままの可奈かなの容姿はとても目立つ。

 出る杭を打ちたがる連中には、格好の標的ターゲットだ。


「その髪さ。もしかして、地毛じゃなくて、黒く染めてンのか?」

「……うん。前の学校の校則で、頭髪は黒って決められてたから」

「おかしーだろ、それ!」


 ありのままの姿でいられない。

 本当の自分を表に出すことが許されない。

 自分ごとじゃないのに、なぜか怒りが込み上げてきた。


「それでも、前の学校でいじめられて……今の学校に、転校してきちゃった」


 無力だ。

 こんなに怒りが湧いてくるのに。

 この小さな肩が背負った不条理をくつがえすことができない。


「だから決めたの。今の学校では、目立たないように。髪を染めて、眼鏡をかけて、地味な髪型にして。誰の目にも触れないように過ごそうって」

「……」

「図書委員を選んだのはね、図書室が逃げ場になると思ったから。教室にいなくても不自然じゃないでしょう?」

「……」

「それでも、私の逃げ場に……あの子たちが踏み込んできた。わたし、こわくて……こわくて、たまらなかった……」


 ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。


「だからね。青葉あおばくんが止めてくれたとき、本当に……うれしかった」


 もう、ダメだった。

 感極まって泣きそうな美少女を、放っておけなかった。

 ガウン姿のまま、嗚咽おえつをもらす可奈かなをぎゅっと抱きしめてやった。


「たったひとりで、よくがんばってきたな」


 その日、可奈かなの気が済むまで、ずっとそばにいてやった。

 黒髪の生え際に、本来の地毛。金色のうなじから漂う、魅惑的な匂い。

 ただの「地味子じみこ」に過ぎなかった女が、別の何かに変わってしまった。


「あのさ」

「……どうしたの」

「サラシ巻くの、もうやめたら」

「どうして?」

「お前がずっとつぶされてるみたいで、正直、見ててつらい」

「……ッ」


 美少女が鼻をすする。


「約束する。俺がいる限り、誰にも手出しはさせねえって」


 頬が真っ赤に染まる。


「なにより、むちゃくちゃ俺好みなおっぱいをつぶすのは、正直、もったいない」

「――ッ!!!」


 耳まで真っ赤になる。


「俺さ、従兄アニキの影響で……おっきい胸が、好みなんだ」

「……青葉あおばくん。またぶたれたいの?」

「もう一回見せてくれるなら、喜んでぶたれてやる」

「……本当に、ぶつよ?」

「大事な何かを守るため、身を挺して殴られる。それがヒーローってもんだろ」


 わけがわからないよ、と。

 美少女が双眸そうぼうを見開いた。


「毎日触らせてくれたら、一生かけて守ってやるよ!」

「――青葉あおばくんのッ! バカぁぁぁぁっ!!!」


 豪快なビンタが炸裂した。

 ゴキブリだって素手で殺せる威力だ。


(なかなかいいスジしてるじゃねぇか。こりゃ鍛えがいがあるぜ)


 このいじめられっ子を、もっと強くしてやりたい。そう思った。


 ***


 期末試験が近い。困難なミッションが待ち受ける。

 だが、心配はいらない。赤点じめんすれすれの超低空飛行なら俺に任せろ。


「ならず者国家のレーダーにも引っかからない、曲芸飛行を見せてやるぜ」

「なにバカなこと言ってるの?」

「バカってなんだよ、バカって」

「バカだからバカって言ってるのッ!」


 可奈コイツに頬を二度もぶたれた、あの一件以来。

 可奈かなは少なくとも、俺に遠慮しなくなった。

 サラシも卒業した。今はブラジャーをつけている。

 周りの男どもの視線が向くたび、俺がガン飛ばす。


「仲間を守って撃墜される。それでも生きて帰ってくる。マーヴェリックMaverickってカッコいいよな。『一匹狼』って意味だろ。俺と一緒さ」

「ああ……どうしてこんなバカに告白しちゃったんだろう」

「また、バカって言った」

「補習で夏休みつぶしたいの? 青葉あおばくんは」

「それは嫌だ。絶対嫌だ」


 即答。


「でしょう? だったら、つべこべ言わずに勉強することッ!」

「ええええええええ」

「えーじゃないッ。デートする時間が無くなっちゃうでしょ!」


 業を煮やした可奈かな

 まさかの切り札を使った。


「……テスト勉強、頑張ったら。触らせてあげても……いいんですけど」

「やる! やります! お勉強やらせてくださいッ! お願いします!」


 自分でも思う。

 男という生き物は、つくづくバカな生き物だと。

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