「メロン」じゃない。「洋梨」だ

 ガウンを着た風呂上がりの俺に、可奈かなは麦茶を出してくれた。


「私も。シャワー、浴びてくるねッ」

「ゆっくり風呂つかればいいじゃん」

青葉あおばくん、あれの使い方わからないでしょ?」


 俺が物珍しそうにドラム式洗濯乾燥機を眺めていたからだ。

 可奈かなの成績が良いのは知っていたが、地頭じあたまがいいんだろう。

 脱衣所の戸が閉まり、また開いた。


「のぞいちゃ、ダメだからね」

「のぞくわけねーだろがッ!」


 再び、戸が閉まる。誰が「地味子じみこ」の裸なんか――。


(そういえば、さっき家に引きずり込まれたとき)


 妙に胸に厚みというか、圧迫感があった気がする。

 その割には、可奈かなの胸は平たい。

 いや、凹凸がない、といったほうがよいだろうか。


「アイツ、胸はねーけど、胸筋がすごそうだ。筋トレでもやってんのか?」


 それはそれで関心がある。

 二年前の事件があって、道場通いをやめてしまった今でも。

 身体を鍛える習慣は、今も続けているからだ。

 シャワーが終わったのだろう。脱衣所に気配が戻った瞬間。


「い、いやああああああああッ!!!」

「――可奈かなッ!?」


 突然の悲鳴。身体が動いていた。

 断りもせず、脱衣所の戸を開く。

 視界に飛び込んできた黒い幻影。


「ウラァァァッ!!」


 反射的に、鍛え上げた鉄拳を突き出していた。

 脂ぎったソイツが、拳でくしゃっと潰れた感触がした。

 ソイツが地べたに落ちる。とどめにもう一発食らわせた。


「うわ、気持ち悪っ。ゴキブリかよッ! おどかすな――ッ」


 バスタオルのはだけた地味子のカラダが視界に入った。

 鍛え上げられた胸筋――ではなく、メロンがふたふさ。

 下腹部には頭髪と異なった、金色の体毛が生えそろう。


「あ――」

「……や」


 あれは、メロンじゃない。洋梨だ。

 従兄アニキのコレクションでのぞき見た、洋物のいかがわしい本。

 あれで、自分好みの女性の裸体を彷彿とさせる何か。


「いやああああああああッ!!!」


 思いっきり叫んだ「地味子じみこ」に、俺は頬っぺたをぶたれた。

 おふくろにもぶたれたことないのに!


 ***


 可奈かながいなくなった脱衣所の洗面所で、俺は手を洗う。

 時節柄、薬用ハンドソープで指一本一本、爪の先まで念入りに。

 視界の隅に、女性もののブラジャーのかわりに白い布が見える。


(サラシ巻いていたのか、アイツ)


 サラシとは、神事でみこしを担いだり、そういう時に身につける下着だ。

 商店街のお祭りならともかく。近くに神社もない、この新興住宅地でそんなお祭りがあると聞いた話は無い。

 あんなに立派な胸を持っているのに、意図的に隠していたということだ。

 手を洗い終えた俺は、洗濯機の表示を見やる。あと十五分と書いてある。


「うわ、気まずッ」


 念入りに手を洗って。タオルで手を拭いて。

 覚悟を決めた俺は、リビングに戻った。

 しばらくして、二回から階段を下りてくる足取りがする。

 部屋着に着替えた可奈かなの胸。制服のときと一変していた。

 こんもりと盛り上がった山ふたつと谷間が存在している。


「悪かった。ごめんなさい」


 両手両膝を床につき、額をこするように深く頭を下げた。

 取り返しのつかないミスを犯した。そのひりつく緊張感。

 やり手の銀行員バンカー土下座どげざさせられた連中のほうがマシだ。


『やれー! 藤岡ふじおかぁ! 土下座どげざをしろと言ってるんだ!』


 あんな強面こわもて政治家ジジイみたく、責められるのを覚悟した。

 頭を床について動かない俺に、可奈かながため息をついた。


「もういいよ、青葉あおばくん。ぜんぶ見られちゃったんだから」

「――ッ!?」


 拍子抜け。


「そんなカッコされたままだと、気分悪いから」

「……う、うん」

「とりあえず、そこ、すわって」


 床から顔をあげて、椅子に座りなおした。

 おさげ髪をほどいた可奈かなは眼鏡をかけていなかった。


「カラコン入れてるのか?」


 可奈かなが首を横に振った。


「これが……私の本当の目の色。みんなと違って、青いの」

「普通のコンタクトしてるんだ」


 可奈かながまた、首を横に振った。


「あれ、度なしの伊達だてメガネだから。この目の色を隠すための」


 たしかに、ブラウンが入ったレンズだった。

 液晶の光から目をガードするとか、青い光をカットするとか、なんとか。


「視力が悪いわけじゃ、なかったんだな」


 可奈かなが頷く。


「ごめんなさい。私も、青葉あおばくんに……いっぱい、隠し事してた」


 目の前の「地味子じみこ」がマスクを取る。

 整った顔立ちに、瑞々しい肌つや。言葉を失った。


(うわ……めっちゃ、綺麗じゃん……)


 この「地味子じみこ」あらため「美少女」には、いろいろ秘密があるらしい。

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