「ヒーロー」とは正義を執行する者

 三人の女子生徒が「謹慎」処分になった。

 今日から二週間、自宅で謹慎させられる。

 中坊の俺たちに「停学」ってヤツはないらしいが、事実上の「停学」だ。


「これだけ証拠揃ってるんですけど。なんにも処分しないって無いっすよねー」


 中一のとき、俺に「謹慎」をくらわせた、教頭のツラは真っ赤っか。

 目の敵にしてた「問題児」に、学校の不祥事を突きつけられたんだ。

 不愉快にならないわけがない。


「なんにも処分しないんだったら、そうだな。TikTokに流しちゃおうかなぁ」


 身の潔白を証明するため、従兄アニキにもらったボイスレコーダーを持ち歩いていた。

 図書室の奥に追いつめられた地味子じみこと、三人の女子生徒のやり取りを録音した。

 もっとひどい目に遭いそうなところで、割って入った。


『女三人寄ればかしましい、だっけか。ブスが三人集まって、何やってんの?』


 厭味いやみったらしく言うと、苦々しい顔で彼女たちが去った。


字見あざみ、さ。お前、図書委員だったよな。借りたい本があるんだけど、どこにあるか知ってるか?』


 俺はニコッと笑って、へたりこんだ地味子に右手を差し伸べた。

 地味子の味わっている気分が、なんとなくわかる気がしたから。


 なぜなら――今から二年前、中一の一学期。

 俺には、暴力事件を起こした過去があった。


 きっかけは、ささいないさかいだった。

 そこから「シカト」が始まる。クラスのみんなの視線が変わった。

 LINEのグループで罵詈雑言ばりぞうごんが書かれてたらしい。と後で知った。

 教科書が無くなったり、下駄箱の上履きが水浸しになっていたり。

 面と向かって何も言わず、エスカレートしていく陰湿な嫌がらせ。


 ある日、おふくろが作ってくれた弁当を床に落とされた。

 積もりに積もった憤りが、暴発する。

 ワンパンで怪人を始末する、ハゲ頭のヒーローのように。

 そいつのアゴにアッパーを決めて、豪快に吹っ飛ばした。

 その瞬間の爽快たるや。絶句して黙り込んだみんなの顔。

 全部、ついこの間のように覚えてる。

 学校に呼び出されたおふくろが流していた涙も――全部。


 その日を境に、俺に対する嫌がらせは表向き、全部無くなった。

 一週間の自宅謹慎を経た俺に、言葉をかけてくる連中もろとも。


 やはり暴力。暴力は全てを解決する。


 二一世紀になっても戦争がなくならない理由がわかった。

 暴力で解決した結果のむなしさを思い知った、十三の夏。


 閑話休題。


 ともあれ、地味子じみこを助けた俺は、嫌がらせの対象になった。

 だがな、人間とは考える葦であり、学習する生き物なんだ。

 いろんな手段を使いこなして、嫌がらせの証拠を押さえた。

 黙って耐え続けたのは、全部証拠集めのため。

 アキバの怪しい店で働く従兄アニキの入れ知恵で、机や下駄箱にサイコロ大の隠しカメラや盗聴器を仕込んだりもした。

 スパイか何か、秘密組織のエージェントにでもなった高揚感。そいつに比べれば、ブスどもの嫌がらせなんて、どうでもよかった。

 嫌がらせが約一カ月続いたある日。たんまりとたまった証拠をUSBメモリに全部ぶちこんで、ハゲ頭の教頭に突きつけてやった。

 もちろん、「きちんと原本を残してますよ」と言い添えて。


 結果。

 嫌がらせの加害者、三人の女子生徒に「二週間の出席停止」が言い渡された。

 もう一方の被害者、字見あざみ可奈子かなこと俺――藤岡ふじおか青葉あおばには、スクールカウンセラーが精神的なケアを続けていくという。


 ハゲ頭のヒーローがワンパンで全てを解決する。

 あれに憧れて空手を始めたのは、もう過去の話。

 今の俺はずるがしこい手段を使うことを覚えた。


 そうやって、俺は「正義執行」を果たしたんだ。

 「正義の味方」って、実に気持ちがいいんだな。

 趣味でヒーローやってみるのも悪くなさそうだ。


「二年越しの倍返しだ! ざまあみろ!」


 俺が一週間で、あいつらが二週間だってさ。

 そんな、感慨深い気分に浸っていたところ。


「私と、つきあってください!」


 衝撃の不意打ちアッパーを食らったわけだ。


地味子じみこってあだ名を考えついたのはどいつだ)


 地味どころか、実はものすごく意志の固いヤツだったぞ。

 そう詰め寄ってやりたいほど、字見あざみ可奈子かなこは必死だった。


(そんな綺麗な目で、じっと見られると……)


 眼鏡の裏に隠れて目立たない瞳は、さながら生きた宝石。

 かわいそうな子猫が、助けを求めて、俺にすがるようだ。


『いい子じゃないか。守っておやり』


 おふくろが聞いたら、そう、言ってくれるかもしれない。


「わかったッ。降参だ!」

「つきあってくれるの?」

「まあ……別に、相手もいねぇし」


 照れくさいのを誤魔化そうと顔を逸らしたら。

 いきなり、ハグされた。


「おい、いきなり……ッ」

「……っく、ひっく……」


 ここで第一問。

 耳元で、女の子がしゃくりあげているとしよう。

 引っぺがせると思うか? 俺にはできなかった。


「まったく……しょうがねぇな。胸、貸してやるから。好きなだけ泣けよ」

「……うんッ……うえぇぇん……」


 半袖のポロシャツに、女の子のこぼす涙と香水の匂い。

 そんなモノが染みついたのは、人生で初めて。

 これが、忘れられないひと夏の経験のはじまりだった。

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