第8話 電撃大賞で電話待ちをした僕が、掃き溜める与太話
もう、誰が言っていたのか──それを僕は覚えてはいない。
けれど、どこかで聞いたあの言葉を、僕はあれからずっと忘れることが出来ないでいる。
それは確か、こんな一説だった。
『夢を主語で捉えている者は成功せず──、
夢を動詞で捉えている者は成すであろう──。』
具体的な言い回しはとっくに忘れてしまったけれど、それでもあの言葉は、確かに僕の血肉になった。
その言葉の言い回しを忘れてしまう程には、
咀嚼し、
噛み砕き、
体の中へしまい込み、
そして完全に消化して、
僕の言葉として変換されるほどには、
僕はあの言葉を胸の中で何度も繰り返し、生きてきた。
……つもりではある。
今日は、そんな『主語と動詞の夢やそれ』の話をしようと思う。
***
なぁに、簡単なことさ。
まずは、ひとつ、君に質問をさせてもらいたい。
君はそれに単純に答えるだけでいい。ポッ──と、頭に思いついたことを素直に、僕に教えてくれたらいいよ。いや、僕に教えなくてもいいさ。
心の中に留めてくれたら、それでいい。
じゃあ、準備はいいかな?
では、質問だ。
「君の夢を、僕に教えてくれないか?」
さぁ。
君は、今、何を、思い浮かべたかな?
純粋に出てきた、君の答え、それを教えてくれないか?
ゆっくりでいいよ。だけど、言い換えは無しでお願いしたい。
だって、心理テストの答えを知った後で回答をすり替えるなんてナンセンスだろ?
だって、僕らは心理テストで好成績を出すために生きているのではないのだから。
簡単なことさ。
君の夢が『小説家になりたい』なのであれば、それはきっといつかガタが来る。
『何者かになりたい』と、その欲望の穴を埋めるために、職業という形態は存在するわけではないんだ。
言い換えれば、
君が将来の夢を『主語』として、憧れの職業として『夢』を見ているようならば、その夢はいつかは覚めるということさ。
君が将来の夢を『動詞』として、好きな行動を突き詰めて生きたいと願うのなら、君は、地に足をつけ進むべき道を進んでいるのだろう。
だって、ヒーローはヒーローになりたいんじゃない。
誰かを助けたいから、ヒーローなんだ。
そういうことなんだ。
おいおい、猫憑さんよ。なかなか喧嘩を売ってくるじゃないか? ……って?
まぁまぁ、少し落ち着いて。僕の話を聞いてくれるかな?
『小説家になりたい』という夢には、二つの意味が含まれている。
小説家という職業に憧れを抱いている場合と、
小説を書くという行動に執着している場合、だ。
もちろん、小説を書くことが好きだから小説家になりたい──と皆、思うだろう。
僕もそうだった。
職業を主語的に捉えて(この場合で言えば『小説家になりたい』という憧れの感情だけで夢を指定すること)、夢を語るなんてナンセンスだ。
と、僕もそう思っていた。
僕もそうだった。
職業を動詞的に捉えて(この場合で言えば『小説を書くという行動を、執着するほどに愛しているから、小説家になりたい』という感情で夢を指定すること)、そう夢を語っていると、僕は自分自身を後者の人間であると思っていた。
そう、僕は……。
この言葉を『まさにその通りだな』と頷いていた僕は……。
自分自身が後者の人間だと──思い込んでいたんだ。
あの日が来るまでは……。
***
ご存知の方もいるだろうし、知らない方も、もちろんいるだろう。
僕、猫憑ケイジは、ライトノベルの小説賞に自作を応募してデビューを狙う、いわゆる公募勢として、日々精進している。
そして、去年。
僕は、初めて、あの電撃大賞へ応募してみた。
阿鼻叫喚の夏を乗り越えた僕は、なんとトントン拍子に、二次選考を通過した。(惜しくも三次選考突破とは至らなかったが、その情報は大して重要でないので、先を急ごう。)
そんな経緯がある僕は、もちろん今年も電撃大賞へと舞い戻った。
今年は二作で、電撃大賞に挑んだ。
また、夏はやってきた。七月十日が戻ってきたのだ。
それは、僕と電撃の夏の始まりの合図だ。
一作は惜しくも一次選考突破ならず……つまり、落選だ。
しかし、一作が生き残った。
僕は、飛んだ。激しく飛んだ。コンクリート基礎の自宅の床が抜けるのでは、と思うほどに、喜びからジャンプした。
そして、八月十日がやってきた。
二次選考、発表だ。(余談ではあるが、今年から、二次選考と三次選考は同日発表ではなく、各月ごとの発表となった。)
僕の作品は、そこにあった。
僕は飛んだ。もっと高く飛んだ。戸建ての屋根を突き抜ける勢いで、僕は飛んだ。
そして、いよいよ、九月十日がやってきた。
僕は願っていた。ここで通過出来れば去年の成績を更新できる。だからお願いだ!──と、僕は願いながら、発表ページのボタンを押した。
そこに、僕の名前があった。
三次通過である。
僕は走った。家の中を走り回った。驚いた猫が僕から逃げ出し、ソファーの上へ避難せざるを得なくなるほどには、家の中を走り回った。
次のステージは最終候補者の発表だ。
つまり、ここからの一ヶ月間、僕は巷で噂の『電話待ち』を体験することになった。
僕は期待した。電話が鳴るのを期待した。
僕は期待した。僕という才能に期待した。僕が書いた小説に期待した。
ここで、電話が鳴れば、最終選考に残ることが出来れば、また一歩、小説家へ近づくことが出来ると──、僕は期待した。
毎日、電話を枕元に置いて寝た。
夜中に何度も目が覚めた。毎朝、着信履歴が残っていないことに心を沈ませ、また今夜こそ、と期待の眼差しを胸に布団を被った。
(僕は海外在住なので、日本の活動時間は僕の睡眠時間なのだ)
そんな毎日の中で、僕の中にあった期待は、どんどんと大きくなっていった。
あぁ、もしかしたら。本当に、僕の小説が本として販売されるかもしれない。
あぁ、もしかしたら。本当に、僕は小説家になれるかもしれない。
期待は風船のように膨らみ、膨らみ、膨らんで、そして、十月を迎えた。
僕の電話は、まだ鳴ってはいなかった。
だけど、僕はまだ諦められなかった。
まだ、電話が来るかもしれない。
もしかしたら、今年からは電話はないのかもしれない。
だから、まだ、諦めるのは早い。
そして、十月十日を迎えた。
僕は、最終候補者の発表ページを押した。
僕の名前は、そこにはなかった。
言葉はなかった。ただ涙が溢れた。
悔しかった。
大人げなく泣きじゃくった。
ティッシュの箱を一箱空にして、過呼吸になるほどに、僕は泣いた。今までも、小説賞で落選したことはあったけれど、これほどまでに泣いたことはなかった。
大切な誰かが亡くなってしまったあの時のように、僕は哀哭に打ちのめされた。
あまりにも悔しかったのだ。だって、僕は期待してしまったのだから。
期待は、いつの間には夢になっていた。
夢は覚めるものだ。そう、知っていたはずのに、僕は過ちを犯していた。
こうして、僕と電撃の夏がようやく終わった。
***
泣くだけ泣いてスッキリした僕は、それから数日間は、ぼうっとして物思いに耽ることが多くなった。喉元に引っかかった何かを探し求めるように、空を見つめる日々だった。そしてある時、車を走らせていたときに、気がついた。
悔しかったのは、『僕が小説家になれなかった』からだった。
電話待ちの一ヶ月で僕は、期待を膨らまし続けた。期待し過ぎてしまった僕は、夢の定義を見失ってしまっていたのだ。
そんな期待は、僕を馬鹿にした。
『なれる』かもしれないと、期待に手をかけてしまった。それは、あまりにも危険な蜜の味だった。
ずっと、『後者』だと思っていた僕の夢は、気がつけば『前者』になってしまっていた。
僕の夢はいつの間にかすり替わっていた。『小説家になりたい』という願望を叶えたいと思ってしまっていた。小説を書くという本来の目的を超えて、羨望が圧を持った。
そして、その欲望が叶わないと悟った時、僕は過剰に膨れ上がった夢に押し潰された。だから僕は、絶望に涙したのだ。
そして、僕は気がついた。
僕が『期待』していたのは、過去の自分が書き上げた栄光に過ぎないのだ、と。
過去の自分に寄り縋り、期待を押し付けて夢の定義をすり替えていたのだ、と。
違うだろ? ──僕は、自分に話しかけた。
僕は、自分の中の物語を具現化したくて書いているんじゃないのか?
それが、僕の夢の定義だったはずだろう。
それでは、今の僕の行動原理は?
僕が今描いているこの作品たちに、僕は、『電話待ちの僕』を超えるほどの期待の眼差しを向けてあげることが出来ているか?
僕は、今の自分自身に期待なんてしていなかった。
ただ能動的に、小説家になるためのツールとして小説を書いてしまうところだった。そのことに気がついた時、僕は恐ろしくなった。
そうならなくて、よかった。……心からそう思った。
僕はもう少しで小説を書くことを嫌いになってしまうところだったのだ。
気がついた途端、心が軽くなった。
よかった。僕は、まだちゃんと、小説を書くことを好きでいられる。
あぁ、なんて、簡単なことじゃないか。
今の自分自身に期待が出来なくて、どうして未来の自分に期待が出来るというのだろう。
そして、今、僕は、ようやくの本当の意味で、あの言葉を咀嚼できるような気がしている。
『夢を主語で捉えている者は成功せず──、
夢を動詞で捉えている者は成すであろう──。』
僕は、過去に縋ってしまった。
それが、僕の過ちだった。
だから。
これからは、現在進行形の僕自身と僕の作品に『期待』の眼差しを向けてあげたいと、思っている。
現在の自分が心から書きたいと思っている──今の自分が生み出していくこの瞬間の作品──そのエンドロールに『期待』したいのだ。
「大丈夫。きっと面白い話になる。大丈夫、絶対最高のクライマックスにしてあげるからね」 ──そう、僕が言えなくて、誰が言えるというだろう。
脱稿の「了」の文字を打ち、公募に出した後になってから、『小説家にしてください』と、結果に『期待』するのは、もう終わりにしたい。
そう、きっとそれこそが『主語』で夢を追うのではなく、
『動詞』で夢を追うことなんだと思うんだ。
それはきっと、夢を叶えた先の未来でも同じことなのだろう。
その瞬間毎で輝ける人が、夢を超えたその先でも、道を進んでいけるのだろう。
物語は、自分自身だ。
ならば、輝いて生きていかなければ。書き続けることに意義があるのなら、今・この瞬間、書いている自分が輝かなければ。
***
君は、今の自分に期待しているかな?
それとも、過去の自分に縋っている?
未来の自分に丸投げしている?
どんな自分も、大切な自分自身だ。逃げることだって、立ち止まる時だって、泣いてしまうことも、どうしても輝けない時も、それも大切な自分自身の星のカケラだ。
だけど、覚えていて。
きっと、過去を乗り越えて、未来へと向かうには、今の自分を輝かせてあげることが一番なのだ。
だって、ヒーローになりたいからヒーローなんじゃない。
人を助けるから、ヒーローなんだ。
小説家だってそうだ。
動詞で夢を持っていこう。その先に、きっと道は繋がっているはずだから。
なんてね……。そんなことを吐き出したくなったんだ。
え、まとまりが悪いって? そんなことは言わないでよ。
だって、ここはただの壺。
僕が掃き溜めるための、壺の中なんだ。
今日は、そんなことをこの壺の中に掃き溜めていこうと思うよ。
掃き溜めに壺 猫憑ケイジ @nekodukikeiji
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