自分らしさ

「お前が悪いんだぞ……。

 無理についてきたりしなければ、消されることもなかったのに。魔王は倒させない」


 勇者は王さまに斬りかかります。


「ほー、楽しい余興だな」

 暗闇の奥から楽しそうに弾んだ声がした途端、洞窟の壁に無数の炎が灯りました。


 勇者の振るった剣は王さまの左肩とらえたかのように見えましたが、剣は空を斬り地面に刺さります。


 王さまは猫のようにしなやかな身のこなしで避けたのです。


「くそっ! 」


 勇者は諦めずに王さまに向かっていきます。しかし、平民だった勇者は剣術など習ったこともなく、王さまにキズ1つもつけられません。

 王さまは松明を地面に置いて身軽になり、更にひょいひょいと攻撃を避け続けます。


「ははっ、勇者よ。全然当たらぬではないか。こいつが誰かは知らんが加勢してやろう」


 そう言って、右手を王さまの方に向けた魔王の手からは紫色の光がいくつも放たれました。


 剣と魔法の連続攻撃で、到底逃げ場などなさそうな状態ですが、王さまはふわりふわりと綿毛のように避けていきます。

 華麗な動きを披露する王さまの瞳は魔王を見つめ、口には笑みさえ浮かんでおりました。


 その一方で、連続で攻撃を繰り出していた魔王と勇者の息は上がっていきます。


 疲れた勇者の大振りな一太刀をかわした後、急に王さまは向きを変え、小高い階段の上の立派な椅子に座った魔王の方に走っていきました。

 その手には今まで腰に据えられたまま、振るわれることのなかった剣が握られています。


「ああっ! 」


 ザクッ


 勇者の目は見開かれ、

 魔王はなす術もなく王の手によって――




 手の甲に口づけられておりました。


 王さまは魔王の前に膝まずき、剣は忠誠をたてるように魔王の前の地面に真っ直ぐ刺さっています。


「可憐で強い魔王さん、私と結婚して一緒に世界を征服しませんか? 」


「へっ? 」


 起こった事態が理解出来ずに固まった魔王。

 耳の先は尖り、頭に角は生えているものの、それ以外はまだ15歳位の可愛らしい少女に見えます。


 生まれて初めて受ける求婚に、魔王の顔はみるみる内に赤く染まっていきました。腰まである紫の髪は震え、金色の瞳はまるで王子様のような王さまに釘付けです。


 魔王といえど、復活する度に戦うことしかしてこなかった彼女は、まだ恋を知らぬ乙女でした。


「て、てめぇ、許さん!

 ミリアぁ、兄ちゃんはそんなボンクラとの結婚は認めないからな! 」


 固まっていた勇者は気を取り直し、ぽや~んと王さまを見つめる魔王に向かって叫びます。


「だ、だから、私は『ミリア』じゃないって言ってるだろ。 このばか勇者ぁ! 」


 勇者の言葉に、王さまに手を優しく握られたままの魔王は言い返しました。


「ミリアが死んだ直後に魔王が復活して、そんだけそっくりならもうミリアだろ?

 伝説の剣を渡したら、俺の『妹』になってくれるって約束したじゃないか!

 俺は国より、世界より、家族の方が大事。だから王を裏切ったのに……」


 勇者の目は涙目です。勇者は剣を手に持ったまま、魔王と王さまのもとに近づいていきます。


 そして、伝説の剣の柄で、魔王の手を握り続ける王さまの頭を


 ごんっ


 と殴りました。斬らないのは勇者の優しさでしょうか。


「俺の妹から手を離せ!

 このロリコンじじいっ! 口説くのは他国の姫じゃなかったのか」


 衝撃に一瞬魔王の手を離してしまった王さまですが、その手はさりげなく魔王から握り直されました。そっと。


「いてててて……。

 だって、こんなに素敵な女性は見たことないですし、そもそも私は国の民しか愛せないんですよ。

 国の為には、愛のない結婚も仕方ないかと諦めてたんですけど、やっぱり嫌です。

 ねぇ、魔王さん。ここに住んでいるのなら貴女は私の国の民。

 私の隣でずっと大事に守られてくれませんか? もちろんお仲間もご一緒に」


 王さまは魔王に向き直り、両手で彼女の手をしっかりと握って再度プロポーズをします。


「え、え、えっ……いいのか? みんなも?」

「ええ、貴女の家族でしょう? 」


 王さまの言葉に、魔王の目からは涙がこぼれ始めます。すると彼女を心配するように隠れていた魔物たちがぞろぞろ出てきました。


「ずっと……、みんなの住む場所が脅かされる度に無理やり復活させられて、勇者に狙われて、話も聞いてもらえずに斬られて、こわかったよぉぉ~

 今回の勇者は、事前に交渉してみたら、話はできるけどこっちの言うこと聞いてくれない変人だしぃ。剣だけ奪って逃げようと思ってたの……」


 王さまは、泣きじゃくる魔王の身体を抱き締めて、頭をよしよしと撫でました。


「大変でしたね。もう無理に戦わなくていい。民もあなたも幸せになりましょう。

 さぁ、一件落着です! 」


「んな訳あるかっ」


 勇者は王さまをまた殴りたい気持ちでしたが、大事な妹がぴったりとくっついていたのでできませんでした。



 ◇◇◇



 国民に対して嘘をつけない王さまは、魔王の魔法を使い、民に魔王退治の結末と自身は王の役目を退くことを伝えました。


 映像に出てきた魔王も、もふもふの魔物たちも国民の目にはとても可愛らしく映ったので、異論を唱える民などおりません。

 自在に魔法を使える魔族の彼等は便利で魅力的ですから、仲良くできるのならそれに越したことはないですよね。


 王さまと新しい王妃は、公的にも執務を退き、国の『象徴』としての役割を担うこととなりました。

 「世界征服新婚旅行~」と言って、出ていく彼らは王国にはたまにしか帰ってきません。


 そして、代わりに王さまの仕事を引き継いだのは、なんと平民の勇者です。その隣には当然のように宰相が付き添います。

 当初は役目を拒んでいた勇者は「お願い! お兄ちゃんにしか頼めないの」の一言ですんなりと……。


 表向きには魔王は倒されたこととなり、貧しかった王国は世界を救った国として扱われ、人気の観光地となりました。


 貧乏で孤独だった勇者の成り上がり話は、この国の民の鉄板の話です。勇者は口は悪くとも、根は優しいので民からも慕われています。


 伝説の剣は、今は町の広場に地面に刺さった状態で安置されています。もちろん切っ先を下にした安全な状態で。


【伝説の剣

 この剣を抜いたものにはこの国の王さまの座を与えます

 挑戦料: 50ポリル】


 50ポリルはパン1個が買える値段で、王の座を狙って挑戦するものはあとを絶ちません。しかし、いつまでも輝きを失わないこの剣は、勇者以外の誰にも抜くことは出来ませんでした。

 刺さってるだけでお金になる国の財源ですね。


 世界中の各国で、見目麗しい不思議な男女の逸話が残っていますが、その正体は謎のまま。彼等は楽しそうに魔族と人間の仲を平和的にとりもっていったとか、いないとか。


 こうして人間と魔族が共存する世界は、争い事のない年月を経て、ひとつの大国となりました。



 誰もが自分らしく生きる世の中が

 平和であることを期待して

 ハッピーエンドで終わります。


 おしまい

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ぬけない剣 @tonari0407

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