魔王らしさ
伝説の剣の光が指し示していたのは王宮の東にある森の方でした。自然を愛する王族がこの場所だけは手つかずにしたいと民の侵入を禁じている場所です。
剣に付着していたパンをぼりぼりと豪快に食べた王は、顔を洗い身なりを整えて勇者の前に姿を現しました。
王さまは、身体のサイズに合ったものを身につけているだけで豪華な服ではありません。
薄手の長袖と長ズボンの動きやすそうな灰色の服に、なめした革で作った靴。腰には小柄な王さまの背丈の半分はありそうな剣をたずさえています。
しかし、たったそれだけでも誰しも目を止めてしまう美しさです。勇者を除いてではありますが。
「お待たせしました。行きましょう! 」
「待ってねぇよ! 縄をほどけっ」
そうして、強制待機させられていた勇者と王さまは魔王退治に向かいました。
無理やり執務を任された宰相は、その姿を恨めしそうに見つめています。
「わしも行きたかった……王~」
勇者を拘束し、老人の夢を無下にしてまでも、王さまはこの冒険に行きたかったようです。
◇
勇者と王さまは、森の中の道なき道を歩いておりました。長年人が立ち入っていない森の中は、ありとあらゆる草と木が縦横無尽に生い茂っています。
勇者は片手に剣を持っているため、なかなか思うように進めず、邪魔な王さまを撒くこともかないません。
道しるべの光は手を離すと消えてしまうのです。そして、勇者さえも傷つける剣には鞘がありませんでした。不便ですね。
「大丈夫ですか? 」
意外にも華麗な身のこなしで、すいすいと先へ進んで行く王さまは、遅れをとっている勇者を心配そうに見つめます。
「はぁ? 当たり前だろ! この剣、異様に軽いし……」
勇者の息は上がっていますが、勇者らしく弱音は吐きません。
勇者以外の人間には持ち上げることさえもできない伝説の剣の重さは勇者にはないもののようです。
「そうですか、片手がふさがっていると大変かと。さぁ、どうぞ」
太い木の幹と絡まる蔦を先に乗り越えた王さまは勇者に片手を差しのべます。
「いらねぇ!
ったく、むかつくな……いたるところから視線は感じるし」
「ああ、ただの魔物ですね。大丈夫ですよ~」
王さまの手を拒んだ勇者はぶつぶつ言いながらも、光の指し示す方向に進んで行きました。
◇
光が最終的に示した先は、森の奥深くの洞窟の中でした。まだ太陽の高いうちに王宮を出たのに、辺りはもう暗くなり始めています。
「明かりがいりますね~」
王さまはそう言って、いつの間にか拾っていた太い木の棒に手際よく火をつけて、松明を作りました。
「さぁ、先へ進みましょう! 」
「お前……、ほんと便利屋だな」
森を歩くうちにどろどろになった勇者に対して、王さまは全くもって綺麗なままです。汗ひとつ流さないその姿に、勇者は恐怖さえ覚えました。
「私は王ですから、なんでもできないといけないんです~」
当たり前のように言った王さまは、臆することなく洞窟の奥に進んでいきます。勇者は少し躊躇ったあと、王さまのあとをついていきました。
洞窟の道は複数に分かれ、入り乱れておりましたが、伝説の剣の導きのお陰で迷うことなく彼らは目指す場所へたどり着きました。
そう、倒すべき魔王のいる場所です。
案内を終えた剣の光はゆっくりと消えていきました。暗闇の中で見えるのは、王さまの松明の明かりに照らされた場所だけ。
他には何も見えません。
立ちすくんだ2人に、洞窟の奥から悪意に満ちた声が聞こえてきました。
「遅かったなぁ、勇者。
例のものは持ってきたのか? 」
「……ああ、この通りだ魔王。
伝説の剣はここにある。だから約束を守ってくれ! 」
思いがけない言葉に、王さまは後ろにいた勇者の方を振り向きます。
松明の明かりに映ったのは、王さまに向かって剣を向ける勇者の姿でした。
ああ、なんということでしょう……。
勇者は裏切っておりました。
一体世界はどうなってしまうのでしょうか?
彼等らしい結末を期待して、続きます。
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