王さまらしさ

 王さまは、王さまらしく日々の日課をこなしながら、剣を安全に抜く方法を模索しておりました。


 その一方で、働かずとも食事が出てくる環境に、痩せていた勇者は少しずつ健康的な身体つきになっていきます。


 宰相は、いつも通り王さまに変わって執務をこなし忙しい日々。


 そして国民は、勇者関連の商品開発にいそしんでおりました。


 ◇


「なぁ、あいつ本当に王さまか? 」

 王宮の庭でのんびり寝そべっている勇者は、隣に座ってあくびをしているお供役の兵士に聞きました。温かい春の午後は眠くなるものですね。


 勇者と同い年の17歳の兵士は、慌てて背筋を伸ばし胸を張って答えます。


「はい! あれが私たちの国の国王さまです」


 勇者と兵士の視線の先には、お腹の大きな侍女の代わりに洗濯物を運ぶ王さまの姿があります。


「ここに来て何日も経つけれど、町の便利屋か何かの間違いじゃねーか?

 ふつー、王さまってのは金ピカの服着て王冠乗せて、王座にどかんと偉そうに座って動かないもんじゃなかったか?

 一番みすぼらしい格好で、一日中働いてていいもんなのか?」


 勇者は王宮から出て町に遊びに行ったりもしておりましたが、至るところで王さまが人助けをしているところを見たのです。それもお供もつけずに一人で。

 どんな人にも視線を合わせ、にこにこと笑顔を振りまく王さま。

 金色の髪の毛に透き通った空のような瞳、小柄な体つきの中性的な王さまは妖精のような魅力をもっておりました。

 しかし、どんなに王さまが雑用をしようとも、国が貧乏なのは変わらない現実で、国民は直接言えないけれど不満を少しずつ溜めていたのです。


「えーっと、他国の王はわかりませんが、前国王さまも同じようにしてらっしゃいましたよ。『民のために誰よりも率先して働くのが王の勤め』とおっしゃっていました」


「ふーん……でも、重要な執務はあのアゴヒゲじじいに任せきりなんだな」


 勇者は宰相を思い出します。勇者としては、言っていることもやっていることもよっぽどあのジジイの方が王らしく思えました。


「ああ、仕方ないんです。

 王さまは優しすぎて断ることとか命令が一切出来ないんです。他の人がやらないとそれこそ国が潰れちゃいますよ。

 でも、最終決定する前には全部目を通しているそうですよ。不満がないかもよく話を聞きに来てくれますし」


 兵士は勇者の淡い緑の目に陰が曇ったのを見逃しません。


「王さまにきつく言ったのを後悔してます? 」


「んな訳ねーだろ!

 栄養状態さえちゃんとしてれば死ぬことなんてない病気で死んだ前王も王妃も馬鹿だと思ってるだけだ。

 あんな奴らが王族でなければ、父さんも母さんも妹も病気で死ぬことなんてなかった。

あんなやつは王に相応しくない」


 そう言い捨て、勇者は高く青い空と流れていく白い雲を寂しそうに見つめます。孤独になった勇者は、家族を殺したも同然の王族を憎んでいたのです。


「……辛いですね。

 でも大丈夫。剣が抜けて魔王を倒せれば国は豊かになりますよ。勇者さまは私たちの希望です。

 それに噂だと、王さまは最近『女性の口説き方』を聞きまわっているそうなので、他国の姫を射止めるのも時間の問題です。あの王さまが本気出せば誰でも落ちますよ~」


 顔にそばかすを散らした純朴な兵士は、勇者に笑いかけました。勇者は目の端に映ったその無邪気な顔から逃げるように目をそらします。

 真っ直ぐな眼差しは、勇者には眩しすぎて見ていられませんでした。



「剣を抜く方法を見つけました!」

 汗だくで、なぜか顔をところどころ黒くした王さまが勇者を呼びにやってきたのはその翌日の早朝のことでした。

 ついにこのときがやってきたのです。


 ◇


「なんだこれ? 」

 辺りに香ばしい匂いが漂う海岸に、勇者は異様な姿になった伝説の剣を指差します。


 剣の周りには炎の尽きかけた焚き火がぐるりと取り囲んでいました。


「朝の仕込みでパン生地の発酵を失敗しまして、このままだとがっちがちのパンになるなと思ったところに思い付いたんです!

 このパン生地で剣を取り囲んで、生地にトングを埋めてまま焼いたら持ち手になるんじゃないかって! 」


 確かに伝説の剣の切っ先周りには、こんがりと茶色に焼けたパンらしき固まりとそれを掴むような形で生地に練り込まれたトングがついています。


「さっき、私は抜こうとしてみたんですが、無理でした。でもしっかりくっついているみたいですよ。間違いのない、カッチカチのパンです。

 さぁ、お願いします! 」


 焚き火から出た灰で顔を黒くした王はキラキラ目を輝かせて勇者を見つめます。

 勇者は何か言いかけましたが、言葉にはせずに喉をごくりとならしてトングに手をかけました。


 ぐぐぐっ……すぽ~んっ


「ああっ、ぬけたぁ! 」


 伝説の剣は呆気なく抜けました。勇者の片腕の長さ程はある剣は、トングの先で朝日に光輝きます。


 歓喜の声を上げ、ぴょんぴょんとその場で跳んで喜ぶ王に対して、勇者は殺気のこもった低い声で言いました。


「おいっ、このくそやろう……

 食べものを粗末にすんじゃねぇ!」


「あっ、大丈夫です。それ私の朝御飯です~。私の歯は丈夫なんで」


 笑顔を崩さない王に対して、勇者は逆にイラつきます。勇者が剣を王に向けるために、トングと剣をそれぞれ片手ずつに持って分離させようとすると


 キララララーッ


 剣の柄についていた緑色の石が光輝き、ある方向に向かって光の線を描きました。


「おおっ、これこそ予言の【邪悪なるものへ導く光】じゃっ」


 どうやら勇者が伝説の剣を手に持つと、魔王のいる場所を指し示してくれるようです。便利ですね。


「やっと、魔王退治の冒険の始まりじゃぁ! 」

 さりげなくついてきていた腰の曲がった宰相は、普段は出さない大声で両手を上げて子どものように叫びました。


 その様子を脱力してしまった勇者は呆れた顔で見ています。


「行きたくねぇんだけど……」

「大丈夫です。私も行きますから~」


 一緒に行く気満タンの王さまも連れて、ようやく勇者ご一行は魔王退治の旅へ出発することになりました。


 果たして勇者は魔王を倒すことができるのでしょうか?


 魔王らしさを期待して、続きます。

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