勇者らしさ

「そもそも、これほんものか? 」


 勇者は心底嫌そうに砂浜から顔を出す尖った鋼色の金属を指差します。


「ふむ、間違いない。

 予言に出た【白と青が入れ替わる】場所はおそらく、この白い砂浜と海のことじゃ。

 まさか王宮の裏とは思わなんだが、捜索隊を結成する前に、王が見つけ出して下さったのじゃぞ」


 宰相は威厳を保った言い方で、口をへの字に曲げた勇者に伝えます。その言葉には王さまへの敬意も含まれておりました。


「たまたま、海岸のごみ拾い中だった私が剣を踏んでしまって見つかったんですよ。誰も怪我しなくて本当に良かった~」


 王さまは笑いながら、足先にぽっかりと穴が空いたブカブカの黒い長靴を右足を上げて揺らします。


「そのボロ靴、サイズあってねーな」

「自分のは人にあげてしまったんです。そのお陰で、私の足に穴は空きませんでした」


 勇者は呆れた様子で、事前に教えられていなければ到底王さまには見えなかった王の姿を見つめます。王の服は全身ちぐはぐで、サイズも合っておりません。

 この場にいる誰よりもみすぼらしい姿です。


「全ては王のお陰ですぞ。ご立派でございます!

 本物かは半信半疑ではあったがの、どんな固いものも、この刃に当てると力なく切れるのじゃ。毎日、潮が満ちて海水に浸かっても輝きを失わない。これこそ、魔王を倒す伝説の剣に違いない。

 さぁ、勇者よ。そろそろ、口の悪さではなく勇者らしさを見せてみよ! 」


 宰相は王さまに代わって勇者に命令しました。彼は王さまが一方的な命令を嫌うことをよく分かっていたのです。


「はぁ? やだよ。そんな何でも切れるもんに触りたくねぇ。

 大体いきなり家に押し掛けて来て、この村にいる17歳はお前だけだって、無理やり連れて来られたんだぞ 」


「そうだったんですか。それは申し訳ありません」

 王さまは勇者に向かって心底申し訳なさそうに深々と頭を下げます。


「予言だから仕方ないじゃろ? 世界の一大事じゃ、事は急ぐ。

 ほれ、試してみるだけでもしてみてくれ。魔王退治がうまくいけば、国も潤うのは確実じゃ。言い伝えでは伝説の剣を抜けるのは勇者だけのはずだから、この刃はお主だけは切れぬかもしれん」


 宰相は再び無理やり話を進めました。早くしないと勇者が王さまを強引に言い負かすと感じたからです。


「しかたねーな……」


 勇者は剣の前にしゃがみこみ、つんつんとその固さを確かめるように触り始めました。親指と人差し指でつまんで力を込めて抜こうとしますが、剣はびくりともしません。


 勇者は少し考えたあと、人差し指の先を先端に当てました。


「つっ」

「大丈夫ですか?」


 剣に触れた勇者の指には小さな赤い真珠がたわめき、少しずつ形を変えていきます。


 王さまはすぐさま勇者に駆け寄り、自身のポケットから白い布切れを出して勇者の指を押さえました。

 急に近付いてきた自分より小さな王さまに、勇者は身を引いてしまいます。


「ちょっ、汚ねぇ!」


「勇者であろうとなんであろうと、何ものにも私の国の民は傷つけさせないし、汚くないよ。

 あっ、そうか! 私のことか、汚いのは……それは申し訳ない」


 汚いもの扱いされた王さまは悲しそうに勇者から離れました。その様子を見て、王さまのことを実の孫の様に思っている宰相は黙っていられません。


「お主! 勇者といえど先ほどからその無礼な態度はなんだ? この方はこの国の王であるぞっ!」


「ああんっ! 貧しくて学ぶ余裕もねーから、こんな言葉遣いになったんだろーが!国を豊かにする努力もしてねーくせに勝手に『勇者』とかいって都合の良い駒作ってんじゃねぇ!

 命掛けで魔王を倒せってんなら、まずそっちが誠意みせろやっ!

 優しさだけじゃ国は救えねーし、腹は満たせねーんだよ!この偽善者っ!

 この国の王なら、取り柄のその顔でさっさと大国の王女でもたぶらかしやがれ! 」


「む、むむむむっ、おぬしー! 」


 宰相の顔はゆでダコのようになり、今にも勇者に掴みかかりそうです。


「じい、もう止めて。本当のことだから仕方がないよ」


 王さまは宰相と勇者の間に割って入ります。


 「相手が王だろうが魔王だろうが、より多くの人を救う為の正義を貫けるのが勇者だろう? 私はこの者が勇者だと思う。

 どうやったらこの剣が抜けるかこちらで考えます。

 他国の姫の誘惑は……、世界が平和になった後で精一杯やってみます。

 大変申し訳ないのですが、しばらく王宮にいてくれませんか? お食事も用意しますので」


 王さまは透き通った海色の瞳で、宰相と勇者を連れてきた兵士数人、そして勇者を順に見つめて言いました。その目は決意の色に染まっています。


「め、めし!?

 ちっ……しかたねぇな、じゃあちょっとだけ待ってやるよ。伝説の剣でも切れねー頑丈な手袋でもさっさっと作りやがれ!」



 そうして、食事に釣られた勇者らしい勇者は、しばらくの間、王宮で暮らすこととなりました。


 はたして王さまはこの剣を抜く方法を見つけることが出来るのでしょうか?


 王さまらしさを期待して、続きます。

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