彼女と話す
@styuina
本編
わたしが殺そうとした彼女が、わたしの家に遊びにきたときに、わたしは緊張のあまり心臓が張り裂けそうになった。「今日も暑いね」と彼女は言った。彼女の額には汗が浮かんでいた。
「そうだね」
わたしたちはアイスを食べながら、庭で話をした。
「もうすぐ夏休みだね」とわたしは言った。
「うん」
「どこかへ行こうか?」
「海とか行きたいなあ」
「いいよ」
「でも遠いよねえ」
「車で行くから大丈夫だよ」
「そうなんだ……」
それから少し沈黙があって、「あのさ、訊いてもいいかな?」と彼女は言った。
「何?」
「きみって好きな人いるの?」
「いないけど」
「ほんとうに?」
「どうしてそんなことを訊くの?」
「うーん、なんとなく気になっただけ」
「きみはいるの?」
「……うん、まあね」
「どんな人? 教えてくれないの?」
すると彼女は困ったように笑った。
それから、こう言ったのだ。
──だって、その人は死んでしまったんだよ。
わたしは彼女を愛していたし、彼女もきっとそうだったと思う。それなのに、わたしたちの関係はある日突然終わってしまった。あまりにも唐突だったので、最初はそれがどういうことなのかわからなかった。
あるとき、わたしはようやく理解することができた。
彼女と別れたあと、しばらくのあいだ、わたしは抜け殻のように過ごした。
やがて、わたしは自分の気持ちを整理する余裕を取り戻した。
そして、自分のなかにある感情の正体を知ったとき、わたしは激しく後悔をした。
なぜ、もっと早く気がつかなかったのか。
あんなにも近くにいたのに。
わたしは彼女に会わなくてはならないと思った。
けれど、それはできなかった。
なぜなら、彼女はもうこの世界にいなかったからだ。
だから、せめて手紙を書くことにした。
どうしても伝えたいことがあった。
あなたを愛しています。
たったそれだけのことを伝えるために、わたしは何年も費やしてしまった。
いまさらこんなことを言うなんてずるいと自分でも思う。
けれど、それでも伝えずにはいられなかった。
ごめんなさい。
あなたのことが大好きでした。
ずっと忘れません。
いつまでも見守っていてください。
それでは、お元気で。
またいつか会う日まで。
「──ふむ、なるほどね」
そこまで読んで、僕は顔を上げた。
隣に座っている少女を見る。彼女は僕の視線を受けて、にこりと微笑みを浮かべた。僕もまた微笑み返す。なんだか照れくさかった。
ここは市立図書館である。
放課後の時間を利用して、僕らはここで待ち合わせをしていた。
図書館の中はとても静かだった。
本棚に囲まれているせいだろうか、外界の喧騒がまるで嘘みたいに遠く感じられる。まるでこの空間だけが切り取られているような錯覚に陥る。実際、そうなのかもしれない。この場所だけは現実とは違う時間の流れの中に存在しているのだろう。そんなことを考えてしまうくらい、ここには不思議な空気があった。
目の前にいる女の子は、とても可愛らしい子だった。
長い黒髪と大きな瞳が印象的な美少女だ。背丈は平均的な女子生徒と同じくらいだが、胸の大きさは彼女のほうが一回り大きい。いわゆる巨乳というやつだ。
「それで、どうだった?」
少女は小首を傾げながら尋ねてきた。
「そうだな……」
僕は腕組みをして考え込む。
「正直言って、よくわからないというのが本音かな」
率直な感想を口にした。
「要するに、これはラブレターみたいなものなんだろう? だけど、肝心の相手の姿が書かれていないじゃないか。名前さえ書いてないんだぜ。これじゃあ、誰に宛てた手紙なのかさっぱり見当がつかないよ」
「そっか……、やっぱりダメだったかぁ」
少女は残念そうに肩を落とした。僕は申し訳なさを感じつつも、フォローの言葉をかけることができなかった。こういうときは下手に慰めるよりも、はっきりと告げたほうがいいと経験上知っていたからである。
しかし、まったく見込みがないわけではない。
そもそも、こうして僕と彼女が二人で話をしているという事実こそが、ひとつの可能性を示しているではないか。
「でも、いいんじゃないかな?」
僕は少女に向かって言った。
「もし本当に彼女が書いたものだとしたら、少なくともその人は君のことを憎んではいないはずだ。むしろ好意を抱いていると思って間違いないだろうね」
「そうかな?」
「ああ、きっとそうだと思う」
「だとしたら嬉しいんだけど」
「君はその子のことが好きなのかい?」
「えっ!?」
途端に少女の顔は真っ赤になった。
「ど、どうしてそんなことを訊くの?」
「だって、そういうことだろ?」
「うーん、そうなのかな?」
「違うの?」
「……」
「……」
しばらくのあいだ無言の時間が流れた。
少女は恥ずかしそうに身を捩らせていたが、やがて覚悟を決めたように口を開いた。
「あのね、わたし、実は好きな人がいるの」
「うん」
「でも、その人に告白するつもりはないの」
「どうして?」
「だって、その人はわたしのことなんか好きじゃないから」
少女は寂しそうに呟いた。
「わたしの勘違いかもしれないけど、その人はわたしといてもあまり楽しそうにはしていないし……。わたしはいつもその人のことを見ているだけで満足していたんだけど、それってやっぱり変なのかな? わたしはただ友達として一緒にいられればよかったの。それ以上は何も望まないつもりだった」
「うん」
「だけど最近、ちょっと欲が出ちゃったみたい。わたしはもっと近づきたいと思うようになったの。もっと彼のことを知りたいと思ったの。だから、ついあんな手紙を書いてしまったんだと思う。ごめんなさい。迷惑をかけてしまって」
「うーん、そうでもないんじゃないのか?」
「えっ?」
少女は目を丸くして僕を見た。
「相手も君のことを嫌ってはいないはずなんだ。それならもう少し積極的になってもいいのかもしれない。もしかすると、向こうも同じように考えているのかもしれないぞ」
「そうかな?」
「そうだよ。それに、これはあくまで僕の個人的な意見にすぎない。参考にするかどうかは、あくまでもきみ次第だよ。きみが信じて行動するかどうかで、結果は大きく変わってくるだろうね」
「わかった。ありがとう」
少女は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ところで、そっちの手紙はどうなったの?」
少女が話題を変えた。
「うん、まだ読んでいる最中だけど、とりあえず目を通してみたよ」
「それで、どうかな? 何か思い当たるところとかある?」
「そうだね……」
僕は顎に手を当てながら、先ほど読んだ文章を頭の中で反すうした。
「正直言って、僕にもわからない。これを書いた人物の正体はまったく想像できない」
「そうかぁ。やっぱりダメだったかぁ」
少女は溜息とともに肩を落とした。
「ごめんなさい。せっかく協力してくれたのに、こんな結果に終わってしまって」
「気にすることはないよ。僕も初めからうまくいくとは思っていなかったし」
「でも、あなたのおかげで少し勇気が出た気がします。自分の気持ちを伝えることができたら、きっと素敵なことになるような予感がしました。この手紙を書くことで、ようやく前に進めそうな気がします」
「それは良かった。少しでも力になれたようで嬉しいよ」
「はい、本当に感謝しています」
少女は笑顔で応えてくれた。
「それで、これからどうするんだい?」
僕は尋ねた。
「僕はそろそろ帰るつもりだけど」
「わたしはまだしばらくここにいるつもりです。もう少しだけ読んでみたい本があるので」
「そうか。じゃあ、また明日」
僕は少女に別れを告げると、ふうと息をついた。
多分、ハッピーエンドが好きな彼女に気づかれなくてよかったと思う。
手紙の文章が終わったあとにある、あきらかに紅く染まってる部分に。
彼女と話す @styuina
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