第53話 ステータス異常

 ここはかつての夢の国。

 今や廃墟と化して誰も近づかないこの場所に、何を思ってあの少女2人は足を踏み入れたのか。


「……生臭ぇ」

 海からの風が不快だ。

 しかもこの場所の不気味な事。かつての夢の国も、今や悪夢の廃墟だ。

 そんな場所に、あの2人の少女は居る。


 俺はレーダーを張りながら自身の装備を確認した。

 アームのブラックジャックは組合長が整備し、レッグのダンサーインザダークは千鶴さんが用立ててくれた。


 千鶴さんのメカニックとしての腕は一流だけど、組合長はその上を行っていた。

 あの脂ぎったおっさんの太い指が、あんなに繊細な動きをするなんて。


 流石、千鶴さんが師と仰ぐだけの事はある。

 そんなもん最初は嘘だと思っていたけど、組合長はブラックジャックを見事、完璧に俺仕様として整備チューンアップしてみせたのだ。


 ダンサーインザダークにしてもそう。

 趣味のシュライバーでしかないダンサーインザダークを、組合長は俺の注文通りに仕上げてくれた。


 千鶴さんはこのダンサーインザダークを義肢屋仲間に頼んで貸してもらったと言ってたけど……ごめん千鶴さん。多分まともな状態では返せないと思う。


 うどんちゃんは沖縄の米軍基地のレーダーを拝借できるようにしてくれたのだが、一つ条件があった。


『ハッキングは出来るが、間違いなく逆探知される。された途端に防壁を張られて、米軍ヤツらはお前の脳味噌システムにウイルスを打ち込んでくるか、お前の居場所にミサイルをぶち込んでくるだろう。だからこのはギリギリまで使うな。あたしが張れる逆探阻止の防壁は良くもって1分だ。ヤバいと思ったらすぐに接続を強制解除しろ。じゃねーと……』


 死ぬぞ。


 うどんちゃんは珍しいほど真剣な顔でハッキングの暗号キーを渡してくれた。

「……六花を頼んだぜ」

 そう言うとうどんちゃんは険しかった表情をふっと崩し、いつものようにクールに微笑んで見せた。


 任せとけ、とは返さなかった。

 むしろ、俺は……。


「……」

 前方に人影を見つけた。

 対人レーダーにも反応がある。

 間違いない。六花と、紅蜂だ。


「……ハナさん? 遅かったねぇ」

 ゆっくりと近づくと、紅蜂の方が俺に早く気がついたようだ。

「花束選ぶのに時間がかかっちまってね」

「持ってないじゃん」

 俺が手ぶらなのを見て、紅蜂は笑った。

 顔は笑っているが、体はその笑顔とは程遠い惨状だった。


 両手脚を肘、膝から切断され、完全に戦闘能力を失っている。全身に相当なダメージを受けているらしく、声にノイズのような軋みもあった。

 そんな死にかけの紅蜂を見下ろすように、六花は立っていた。


「……助けに来たぞ」

 俺が言うと、紅蜂が眉をひそめた。

「は? なんでわたしに言うの?」

 そう、俺は紅蜂を見て言ったのだ。

 何故なら……

「俺はお前を助けに来たんだよ、紅蜂」


 それを聞いた紅蜂は目を半開きにして、嫌悪感を隠そうともせず言った。

「……クッソつまんない冗談やめてよ。笑える状況じゃねーし」

「冗談じゃねぇよ。仕事なんだよ。お前を助けるのが俺の仕事」

「……なにそれ?」

「クライアントが変わったんだよ。組合からの仕事はお前のせいで取り下げられた。その代わりに、お前のお陰で新しい仕事……紅蜂おまえを依頼された。依頼主は橘製作所副社長、橘幻煌だ」


 紅蜂が目を丸くして、声を震わせた。

「幻煌様が……」

「そうだ。……お前の兄貴だよ、六花」


 俺の言葉に、六花はなんの反応も示さなかった。

 ただ、その場に立ち尽くす機械の様に、無言。

 それが俺に確信させた。

 栗鼠の親分から手渡された新しい仕事の依頼に関する書類にあった、六花の項目は事実なのだ。


「紅蜂、下手に動くなよ」

 未だ混乱から抜け出せないものの、紅蜂は毒づいた。

「動きたくても動けないっての」

「じゃあじっとしてろ」

 俺は脇のホルスターから銃を抜いて、六花に向けて発砲した。


「ッ!」


 出来るだけ早く、出来るだけ正確に、3発。

 ブラックジャックは流石の性能で、俺の希望通りの射撃をしたが、その乾いた銃声に六花は完璧に反応した。


 一発目は身を逸らして躱し、二発目はその場を飛び退いて躱し、三発目は斬撃で銃弾を弾きとばしてしまった。

 そして警戒するには十分な間合いをとり、彼女は再び静止した。


 正確を正確で斬り伏せる。


 そんな機械でなければ出来ないような精緻さで、六花は銃弾を軽々といなしてしまったのだ。


 漫画の様な光景だったが、そのおかげでかなりの間合いがとれた。俺はさっと飛び出し、紅蜂に駆け寄る。


「い、いきなり何してんの?」

 紅蜂は戸惑う。そりゃそうだろう。まさか六花に発砲するなんて思ってもみなかったのだろうから。


「見たか?」

 俺が問うと、紅蜂は戸惑いを押し殺しつつ、『見た』と答えた。

「……さっきからあんな感じ。いきなりあんな感じでパワーアップして……あれは六花ちゃんじゃないよ……」

「それは、つまり?」

「六花ちゃんはあんなに速く動けない。あんなに強くない。わたしの知ってる六花ちゃんは、すごく弱いもの」

「ハッキリ言うね。でもその通り……六花はあんなに強くない」

「じゃあ、あれは何? つーか、なんか知ってんの? ハナさん」


 俺は打ちのめされた紅蜂の身体や、斬り落とされた腕や脚を確認した。

(手も足も出なかったか……)

 紅蜂相手にこのパフォーマンス……汗が冷えた。


「……あいつはもう六花じゃない。なんだよ」

 そう、俺の視線の先に居るのは六花じゃない。

 あれは、六花の形をした………。

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