第52話 大人達の沈黙

「おいハナ、いい加減起きろや」

 聞き慣れたダミ声に呼ばれて目を開けると、頭髪の薄いおっさんが俺を見下ろしていた。


「……おっさんのモーニングコールとか目覚め最悪なんだけど」

「そんだけほざけりゃ、怪我はもう大丈夫だな」

「ん、そうみたいだね」

 俺は脇腹の傷を指でなぞってみた。

 なんとか塞がっているみたいだ。


「……俺、結構寝てた?」

「まぁな。何せ六花が消えてもう6時間だ」

「消えた?」

「ああ。昼前に紅蜂とひと悶着あったらしい。その場は何も起こらなかったそうだが……」

「……それから?」

「これからの事を一人で考えたいとか何とか言ってここを出て、そこから夕方までA子と一緒だったようだがそれからはどこに行っちまったか分からねえ。いまどこで何してんのか……お前、何か知らねえか?」

「……」


 寝ぼけた頭がようやく状況を整理し始めた。


 俺は昨日の晩、六花と話をしてそのまま眠って……。

 あの流れからこの流れ、ほとんど予想してた通りの展開だった。


「分からない事はないだろ、組合長」

 吹っ掛けるような俺のセリフに、組合長は眉一つ動かさなかった。

「……そりゃあ見当はつくよ。でもな、六花の居所までは分からねえ」

「分かったところでどうすんの?」


 俺は起き上がり、千鶴さんが用意しておいてくれたのであろう、ベッド脇に畳んであったシャツに袖を通し、開けっ放しのクローゼットの中に掛けてあったジャケットを羽織った。

 ……組合長も分かってる筈だ。

 六花が紅蜂と決着をつけるために、俺達の前から姿を消したことぐらい。


六花あいつ自分あいつのけじめをつけたいんだろ? 邪魔するのは野暮じゃねーの?」

「……どこにいるか、知らねえか?」

 俺の言葉を素通りして、さっきと同じ質問を繰り返す組合長。この人がこんな風にしつこいのは珍しい。

「だから知ってどうすんの? 加勢してやれとか助けてやれとか言うのか? あんたらしくねえな」

「言ってんのは俺じゃねえよ」


 組合長がそう答えると同時に、部屋のドアが開いた。そこには千鶴さんが立っていた。


「……六花ちゃんを助けてあげて。ハナくん」

 千鶴さんはか細い声で、縋るように言う。

 抱えている不安の大きさが一目で分かる声色だった。


「あの子、絶対に自分の考えを曲げないと思う。たとえ、死んでも」

「……死んだら元も子もないじゃん。きっとそんな事にはならないよ。あいつもそんなに馬鹿じゃないって」

「六花ちゃんはブラックジャックを置いていったわ。それって自分にもしものことがあったら後は頼むってことじゃない? たとえ紅蜂と刺し違えても、自分の意思は生きるって信じて……」

「持っていく意味がなかったからだろ? 考えすぎだよ、千鶴さん」


 俺は千鶴さんの脇を通り過ぎる様に部屋を出た。

 すると、廊下にはうどんちゃんが行く手を遮るように立っていた。

「なんだよ、うどんちゃんまで」

「冴えねぇ顔だな、ハナ」

「……わかる?」

「やる気がぇ顔だよ」

「死にかけからの寝起きだし」

「あたしは回りくどいのが嫌いだからはっきり言うぞハナ。六花は間違いなく今、どこかで紅蜂と会っている。もしかしたらもう殴り合ってるかもしれねえ。命の取り合いになってるかもしれねえ」

「……それで?」

「加勢してやれ。六花じゃ紅蜂には勝てねえ」

「……」


 俺は無言で六花の事を思った。

 みんなが皆、六花の事を心配している。

 まだ知り合って間もないのに、こんなに親身になっている。


「ハナ、お前が行かねーならあたしが行く。あの紅蜂ロリータには借りがあるからな」

 うどんちゃんは右手に装着した予備のシュライバーを一瞥した。その目は至って真剣だった。


「……誰も行かないとは言ってないよ」

「ならなんだよ、そのやる気のねぇ態度はよ。まさかお前、紅蜂にビビってんのか?」

 挑発するようなうどんちゃんの表情は、俺の返答が期待外れなモノではなかったという安堵感を窺わせる。

「気が進まないだけだよ」

「腰が引けてんじゃねえのか?」

「俺はね、フェミニストなの。例え相手が強かろうが何だろうが、女の子に乱暴すんのは嫌なの。知ってるだろ?」

 俺はジャケットのポケットから端末を取り出し、起動した。六花の居場所はあいつの刀に仕込んでおいたGPSで把握できる。

「だから気が進まないんだよ。、強いから」


 端末それを見た千鶴さんの目が輝いた。

「……ハナくん!」

「誰も行かないとは言ってないでしょ。もちろん助けに行くって。それが俺の『仕事』だし」

 俺は組合長に目配せをした。組合長もそれに何かを感じ取ったようだ。


「……なんだよ、俺に出来ることがあれば言ってくれ」

「じゃあさ、ブラックジャックを俺が装着けられるように整備してくれない?」

「ブラックジャックを? それは構わねえが……」

「それからうどんちゃん。この辺で一番精度の高い制空レーダーを間借りしたいんだけど、どこか良さげなレーダー、ハッキング出来ないかな?」

「レーダー? まぁ、沖縄の米軍が使ってるレーダーがこのあたりじゃ一番だろうけどよ……」

「あと千鶴さん。今すぐ『ダンサーインザダーク』を用意してほしいんだけど、出来るかな」

「え? な、なんで『ダンサーインザダーク』を?」


 ダンサーインザダークはその名の通り、ダンスを踊るためのシュライバーだ。

 脚の不自由な人の為に開発された趣味のシュライバーだけど、そのは他に類を見ない特殊なものがあった。


「……何に使うの?」

 千鶴さんの疑問は皆も抱く疑問だったのだろう。組合長もうどんちゃんも、千鶴さんと同じ顔で俺を見ていた。


 だけど俺はそれに答えない。それは本当に出来るがどうか、確信が持てなかったからだ。

 この賭けの結果は吹聴出来ない。


「出来るだけ急いで準備してほしい。六花は今、ココにいる」

 俺がGPS端末を皆に見せると、千鶴さんが零すように呟いた。

「ディズニーランドの跡地……」

 俺は頷いた。皆も同じ事を考えたようだ。

「ここなら広い上に邪魔が入らない。あいつはなんだよ」

 そして俺は皆を促した。

「時間がない」


 うどんちゃんはすぐさま自分の端末を開いて猛烈な勢いで打鍵し始めた。

 米軍のレーダーシステムにアタックを始めたのだ。


 組合長はのしのしと動き出し、ブラックジャックが安置してある千鶴さんの地下工房へと向かった。


 千鶴さんは涙目で俺を見つめていた。

「ありがとう、ハナくん」

 俺にはその視線が痛かった。

 まっすぐで疑いのない、その視線が心臓を何度も何度も突き刺すようだ。


「……任せてよ、千鶴さん」

 精一杯の笑顔で応えたつもりだったけど、どうだろうか。

 きっと、その時の俺の顔は……。

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