第41話 六花編 2 過去の紅蜂
組合長が話し合いに選んだ部屋はリビング然とした風情の部屋で、ソファとローテーブルが可愛らしい絨毯の上に置かれている癒しの空間だった。
「ハナが元気なら千鶴の温かい手料理を肴に一杯……とイケたんだがな。思ったよりも酷かったか。まあしょうがねぇ」
組合長は自分と私、それにうどんちゃんの前にグラスを置くとキッチンから一升瓶を持ってきて、私のグラスに酒を注いだ。
「ま、取り敢えず今日はお疲れさん」
「組合長、私はまだ16だが」
「知ってるよ」
「………」
横目でうどんちゃんを見ると、彼女は既にグラスに波々と注がれたはずの酒を飲み干し、肴になるものはないかとキッチンの冷蔵庫を漁っていた。
「……六花よ。呑めねぇのか?」
組合長の質問に私は首を横に振り、未成年だからだと答えると、彼はそれを鼻で笑い飛ばした。
「ここはjpだぜ? そんな縛りは無ェよ」
「……」
「遠慮してんのか? ここじゃあそれは無作法ってもんだぜ」
「……では、御言葉に甘えて」
グラスを手にし、それを口元に運んだ瞬間、鼻腔を
無論、酔った訳ではない。
久し振りに嗅いだ酒の薫りに、心が揺れたのだ。
当然、未成年の飲酒は日本国の法律により禁じられている。
しかし、その禁が我が家で有効かと言えば、否だった。
父は私にむしろ酒を勧めてきたし、兄もそんな父の影響でよく呑んだ。
法令遵守をモットーとする私は頑なに固辞し続けたが、あまりのしつこさにとうとう押し切られ、15で生まれて初めて酒を口にした。
……美味かった。
それだけではなく、どういうわけか私自身もアルコールとの相性は悪くなく、それ以来、仕方なしに父の晩酌の相手をする事も少なくなかった。
……その酒の香りで思い出したのだ。
父が面会謝絶となったのは数ヵ月前。その直前まで、父は晩酌を欠かさなかった。病人がするようなことでは決して無いが、医師も助かる見込みの無い患者の最後の楽しみを奪うまいと、見て見ぬふりをしてくれていた。
それは、私も同じだった。
助かる見込みが無いからと、せめてもの楽しみを、と……。
……一体、最後の晩酌からどのくらい経ったのか。
「……っ」
私の鼻の奥で、何か熱いものが破裂したような気がした。
それはすぐさま瞳の奥に伝播し、視界を滲ませる。
私はそれを圧し殺すように、グラスの酒を一気に煽った。
……とはいえ、久々の酒だ。
一気に煽ったと言っても、流し込めたのはグラスの半分ほどの酒だった。
「……ゆっくり
組合長が囁くように言った。
「……はい」
この人はなにもかもお見通しなのかと思うほど、それは優しい声だった。
「お、見た目と違ってイケるクチか?」
うどんちゃんがつまみを片手に戻ってきた。
チーズやハムと言った肴の定番が揃っている。シェルターの保存食とは言えないそれを見るに、千鶴さんも相当な酒好きなのだろう。
「……じゃ、始めよっか。おっさん」
グラスの縁に唇をあて、組合長を見やるうどんちゃん。
組合長は意を決したように頷くと、手にしていたグラスを一気に空けた。
「先ず、確認しておきたいんだが」
組合長の憂いを帯びた視線が何を言わんとするかを分からないほど、私は鈍感ではない。
「御心配なく。覚悟は出来ています」
……自分でそう言っておきながら、実際どれほどの覚悟が必要なのか分からないのによく言う、と呆れた。
だが、そうでも言わなければ組合長はこれ以上何も話してはくれないだろう。
「分かった」
組合長は私の葛藤を全て悟った上で、それでもなお了承の意を示してくれた。
「とは言っても、何から話せばいいのかな……」
困ったように頭を掻く組合長に、うどんちゃんが答えた。
「あの紅蜂っつーガキは何なんだよ。おっさん、知ってる感じだったろ?」
「そうだな、その辺から行くか」
組合長はグラスを空け、次の酒を手酌した。
「紅蜂は橘が抱えてる荒事師のひとつさ。盗みから殺しまで、上の命令なら何でもするヤバい奴らだよ」
……は?
思考が停止した。
「殺し?」
私がオウム返しに聞くと、組合長は頷いた。
「今はどうかな。でも、少なくとも俺が
「いや、そうではなくて」
私の脳が混乱する。
殺しや盗みと言った言葉が入ってこない。
なぜそんなものが?
なぜそんなものが橘に在る?
そんなもの、私たちの橘製作所には必要ないだろう?
それなのに、何を……
「……六花、
うどんちゃんが私の混乱を先回りするように言った。
「覚悟決めてんなら、全部聞いとけよ」
彼女はその切れ長な瞳で私を
そして、その覚悟の総量に一抹の不安を覚えたのだった。
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