第39話 荒事師
「とは言え、紅蜂を名乗るだけの
組合長の視線がうどんちゃんの破壊された右腕を一瞥した。
「……で。まだやるかい?」
組合長は紅蜂に問い掛ける。
つまり、このまま2対1で戦闘を続行するか否かを問うているのだ。
うどんちゃんは不服そうな表情をしているものの、何も言わずに紅蜂の回答を待っていた。
組合長の問い掛けを否定しなかったのだ。
「……」
それを確認したのか。
一寸の沈黙を置いて、紅蜂は見た目相応の小さな溜め息を漏らした。
「やらないよ〜だ」
言うと、抜いたばかりの刀をあっさりと鞘に納め、迷うことなく工場の出口へと歩き出した。
その様子を組合長は鋭い眼光で見届けると構えを解き、うどんちゃんは仕込銃を仕舞った。
そんなふたりを一瞥しても、紅蜂に戦闘終了の意志を翻す素振りは無かった。
「さすがにふたり相手じゃキッツいわ。お姉さんだけでもアレなのに、もうひとりがあの静馬宗一郎とかマジないわー」
……終わった……のか?
空気は未だに緊張を保っていたが、拮抗はしていない。
意図的に逸らしているのか、それともその気が削がれたのか……
とにかく、これ以上の戦闘は無さそうだ。
千鶴さんは安堵の深い深い、長い長い溜め息を吐いた。
六花は神妙な面持ちで紅蜂を見つめている。
俺はというと、刺された腹が痛くて死にそうだった。
「……ねえ、六花ちゃん」
紅蜂は六花の目を見て呼び掛けた。
唐突にぶつかった視線は、六花にしてみれば不意打ちだった。
紅蜂はこの瓦礫の山から自分を見つめる六花の視線を一瞬で察知し、正確に衝突させたのだ。
なんという鋭敏な感覚だろうか。
それを意識した六花の肩が強張った。
「さっきあたしが言ったこと、覚えてるよね?」
「……」
六花は沈黙で応えた。
正確には、声も出せないほどに緊張していたのだが。
紅蜂はそれが分かっているのか、少しだけ嘲るような笑みを浮かべて言った。
「幻煌様の命令だって、アレ」
「……」
「わたしも仕事だからさ、手ぶらで帰るわけにもいかないのよ。とはいえ、出来れば手荒なことはしたくないなーって、思うわけ」
紅蜂の口調は軽く、友達に話しかけるような親近感すらあった。
しかし、それが六花の緊張を解きほぐす迄には至らない。
「……」
「わかってると思うけど、六花ちゃんじゃわたしに敵わないんだから、大人しく降参してさぁ、一緒に帰ろうよ?」
「……」
長い沈黙だった。
それが紅蜂にどのように伝わったのかは分からないが、彼女は納得したようにうんうん、と頷いて見せた。
「まぁ、すぐに答え出せってのもアレだし? 一晩時間あげるから、ちょっと考えてみてよ」
そう言うと、紅蜂は屈託のない笑顔を見せた。
「……んじゃ、今日のところはこれでバイバイね。またね、お姉さん」
紅蜂がうどんちゃんに手を振った。
「おう。今度は邪魔が入らねーところで……な」
うどんちゃんも左手を軽く上げて応えたが、どこまで本気か分からない含みもあった。
「……待ちな、おちびちゃん」
組合長が紅蜂の小さな背中に呼び掛ける。紅蜂は顔だけを組合長に向け、『?』マーク1つ分と言った表情で組合長の言葉を待った。
「紅蜂は解散した筈だ。お前は本当に紅蜂か?」
すると、紅蜂は相手を小馬鹿にする様なうすら笑いを浮かべて「さあ?」と、答えにならない返答で組合長を煙に巻いた。
組合長はそれに対して何もアクションを起こさなかったが、その一言から何かを察した様に眉を顰めていた。
紅蜂は未だに殺気を収めきらない組合長に対し、値踏みするような視線を投げた。
「 ……つーか生きてたんだね、静馬宗一郎。資料見たときは嘘くせーって思ったけど。あと、実物は資料よりハゲてるね。2割増しでハゲてるわ」
紅蜂の口調は挑戦的だ。まるで父親に反抗する年頃の少女の様だった。
「おい、辞めたとはいえ俺はOBだぜ。それでなくても年長者に対しての礼儀も教わらねえのか、今の橘はよ」
「わたしさー、おっさん嫌いだし。ウゼーし」
べー、と舌を出した紅蜂。そして再び六花に視線を投げた。
「じゃあ、また明日ね。六花ちゃん」
学生同士が交わすように軽妙な別れを告げ、紅蜂は去っていった。
「……らしくねぇな、うどんよ」
組合長は紅蜂が完全に立ち去った事を気配で確認すると、うどんちゃんの右腕を見詰めた。
「お前さんが躊躇うなんてなぁ」
組合長の言葉にうどんちゃんは苦笑いを漏らした。
「いやぁ、マジで単純にメンテ不足で暴発しただけだよ」
言いつつも、うどんちゃんの苦笑には力がなかった。
「……正直助かったわ。わりいな、おっさん」
「躊躇って勝てる相手でも無ェだろ」
「分かってても……なぁ」
「甘ぇなぁ。『あまちゃん』に改名したらどうだい?」
「面白くねぇよ」
ふっと、うどんちゃんが鼻を鳴らした。自分で自分を笑う様な、意味深な仕草だった。
「つーかよおっさん。あのガキ、滅茶苦茶強ぇぞ。何者なんだよ」
「……あァ? なんで俺に訊くんだよ」
「誤魔化すなよ」
うどんちゃんの刺す様な視線は、力なく歩み寄って来た六花の代わりを務める様な、そんな意思を感じた。
六花は薬の影響もあるのだろう、か細い声で組合長に問う。
「組合長……なぜ、あの少女の名を?」
「……」
組合長は答えず、無言で六花を見詰めた。
六花もその視線を真摯に受け止め、同じように組合長を見詰めた。
「……わかったよ」
降参するように肩を落とした組合長。六花の眼差しは熟練の頑固者をも動かすに足る力を宿していたのだろう。
「話す。話すが、その前に……ハナ、死んでねぇか?」
組合長がそう言って、ようやく六花もうどんちゃんも、千鶴さんまでもが思い出したように俺の脇腹に目をやった。
「……そういえば」と、六花。
「ああ、忘れてた」と、うどんちゃん。
「うわー、大丈夫?」と、千鶴さん。
「……みんな、俺のこと……嫌い?」
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