第38話  乙女のプライド

 熱と衝撃波が辺りのモノを吹き飛ばし、閃光が視覚を、轟音が聴覚を奪い去る。

 まるでゲームかアニメの出来事だ。

 それが、目の前で起きてしまった。


 うどんちゃんのカノンから放たれた『怪光線』は紅蜂を玩具の様に吹っ飛ばし、同じようにうどんちゃん本人も吹っ飛ばした。


 弾かれる様に遠ざかる両者。


 紅蜂は打ち上げられ、工場の天井に激突して落下。

 そのまま瓦礫に沈んだ。

 うどんちゃんは発射の反動で弾き飛び、滅茶苦茶になりながらも惰性で止まった。


 凄まじい喧騒が一変。

 水を打った様に静まり返った工場は、もう廃墟さながらの佇まいだった。


 俺も六花も運良く瓦礫に埋もれて無事だった。千鶴さんも無事だったが、変わり果てた工場を呆然と見詰めるその姿は全然無事ではなかった。

「……こんなとこで荷電粒子砲とかやめてよね……」


 どさり。

 全てを諦め、崩れ落ちる様に横になった千鶴さん。

 俺も呆然とするしかなかったが、六花は声を震わせて戦慄していた。

「な、なんだ今のは……?!」

「……うどんちゃんの必殺技だよ。ビームだかなんだか知らないけど……」

 千鶴さんは横たわったまま、呻いた。

「ホント、他所でやってよ……」


 六花は滅茶滅茶になった工場を見回して、納得するように頷いた。

「凄まじい威力だな……」

 そう、とんでもない破壊力だ。

 これならあの殺し屋も……そう六花が呟くが、俺も千鶴さんもそれには一抹の不安があった。


 凄まじい破壊力だけど、


 もしあの荷粒電子砲がならこの工場は廃墟同然ではなく、更地になっていたはずなのだ。


 それを証明するように、瓦礫の山から突然紅蜂が立ち上がった。

「 げほっ! おええっ!」

 激しくむせ込み嘔吐する紅蜂。

 ダメージはあるものの、彼女は健在だったのだ。

 紅蜂の強化スーツは胸元を中心に広範囲に渡って焼け焦げたように破れ、その白い素肌が露になっていた。


「馬鹿な!? ……生きている!!」

 あのわけのわからない攻撃をまともに食って尚、立ち上がる紅蜂の耐久力タフネスに六花が戦慄する。


「うげえええっ!」

 吐瀉物を撒き散らしながらも紅蜂は前のめりに立ち上がり、同じように瓦礫から立ち上がっていたうどんちゃんを見て笑った。


「……おねーさん。切り札使っちゃった感じ?」

 うどんちゃんは荷電粒子砲の発射の衝撃に耐え兼ね、上腕まで吹き飛んだ右腕を一瞥して言った。

「ちっ、不発かよ。全開になる前にぶっ壊れちまうなんて、ついてねぇなあ」

 ボロボロになりならがらもクールに微笑むうどんちゃん。

 最早使い物にならない右腕を根本から外し、ポイと投げ捨てた。


 紅蜂はそんなうどんちゃんに好奇の視線で釘付けになっていた。

「……今のでフルパワーじゃなかったっての?」

「半分以下だよ。悪かったなぁ、殺すつもりで撃ったのに結果がこれじゃあダサすぎだよ。整備メンテはサボっちゃダメだなあ」

「うん。フルパワーだったらガチで死んでたね。ここから上が無くなってた」

 紅蜂は自身のへそを指差し笑った。


 うどんちゃんはやれやれ、といったふうにため息をつき、左手を前方に掲げた。

「アレを出したあとじゃ、こんなもんでお前を満足されてやれるかどうかわかんねーけど……続きをしようか」

 物足りなさそうな顔で左のスリーブガンを出現させたうどんちゃん。


 その顔に浮かんだ笑みに、紅蜂は何か特別な感情……多分、好意のような物を感じたのかもしれない。

「……わたし、お姉さんを殺したい。バラバラにしたい。いい?」


 それは歪んだ愛情。紅蜂の様な特殊な生き方をしてきた少女ならではの歪んだ愛情表現なのだろう。

「好きになっちゃったかも。だから、壊したいのよ……お姉さんを!」

 そんないびつな好意に対し、同じような生き方をしてきた大人の女性は笑顔で頷き、答えた。

「勿論さ。それにさっきから言ってるだろ。あたしはお前が大好きだって」


 それを受け、紅蜂は意外な行動をとった。

 口に手を当て『ピイイ』と口笛を鳴らしたのだ。


 ……?


 誰もが一瞬首をかしげたが、ややあって何かが落ちてくる音が上空から聞こえてきた。

 そしてそれは工場内からもハッキリと聞こえたというか、工場に向かってくるように聞こえるではないか。


「え、また……?」

 千鶴さんが青ざめた。


 直後、轟音をたなびかせ天井を突き破って落下してきた黒い物体に再び工場が揺れた。

 紅蜂の体よりも大きな黒い『箱』が、爆音とともに皆の前に突き刺さったのだ。


 その黒い物体はミサイルよろしく落下してきたというのに紅蜂は少しも驚かなかった。

 しかも彼女の近くに、測ったように落ちて来たのだ。


 この事からもこの箱は紅蜂が呼び寄せたものだと言うのは明白で、うどんちゃんはいち早くその事を把握していたので終始冷静だった。


 箱はややあってひとりでに解体し、中から一振りの日本刀が姿を現した。

 その刀に最も反応したのは六花だった。

「あ、あれは!?」


 その刀は六花の刀より短く、小振りな刀身の刀だった。

 侍の刀というより、やはり忍者が扱うような刀。

 六花の瞳がその刀に釘付けとなっている。


 刀と共に生きる侍ならば、それは自然なことかと感じたが、そうではなかった。

「あれは、橘の社章……」

 六花の目は、その刀の柄にあしらわれた橘製作所の社章を見逃さなかったのだ。



 落下の衝撃で辺り一面、更に瓦礫だらけだ。砂塵も凄い。しかし、うどんちゃんは静かな笑みを浮かべつつ、その刀をじっと見つめていた。


「それがお前の得物かい? 紅蜂」

 紅蜂はそれまでとは別人の様な、艶っぽい笑顔で答えた。

「うん、わたしの大事な大事なだよ……」


 刀を手に取り、柄に手を掛け、ゆっくりと鞘から銀の刀身を抜いていく紅蜂。その所作は整えられており、これが紅蜂の本質だと匂わせる迫力がある。


 紅蜂の様に幼い少女が手にするには狂暴すぎるそれは、その幼さには不釣り合いな美しさでもあった。


「すげえな」

 うどんちゃんの声色に修飾は無い。

 彼女は心の底から感嘆し、紅蜂を認めた上で、この戦いに決着を着ける決意を固めた。


 ……の、だが。


「……邪魔すんなよな」

 うどんちゃんの尖った唇に紅蜂の眉が動いた。

 その言葉の対象が自分ではないと意識するより前に、うどんちゃんの視線が自分の背後に向いていた事に気がついた紅蜂。


 その背後に突如現れた獣のような気配が声を発した。

「……お嬢ちゃんが紅蜂? 橘の人手不足も大概だな」

 そのは、紅蜂の神経をこれでもかと逆撫でしたことだろう。


 紅蜂の背後に立つ巨大な影。

 破れたジャケットから覗く筋肉と太過ぎる首回り、そして隠すそぶりもなく放たれる野獣のような殺気。

 それらを目視で確認するまでもなく、紅蜂は回避行動へと移った。


「ちっ!」

 舌打ちし、紅蜂はまさに脱兎の如く跳んだのだ。

 同時に、紅蜂が一瞬前まで立っていた瓦礫が粉砕し、飛び散る。


 そうさせたのは、超高速かつ強烈に振り下ろされた「踵」だ。

 紅蜂を追い立てたのは、その背後の巨躯が放った凶暴極まる「踵落とし」だったのだ。


「お? 避けたかい。中々の運動神経だな」

 野太い声はおっさんのそれだ。

 声の主は筋骨隆々の、オヤジだった。

 紅蜂は安全圏まで下がり、その姿を見て眉をひそめた。

「……静馬宗一郎?! つーかなにその筋肉。キモっ!」


 そう、紅蜂が戦慄したその相手こそ、シュライバー管理組合組合長にして元橘製作所技術開発部主任・静馬宗一郎その人だった。


「俺のデータはまだ残ってるみてぇだな……未練だぜ、幻夜」


 そう呟き、組合長は拳を構えた。

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