第37話 オリエンタルバラージ

 音も姿も消し、紅蜂は再び翔んだ。


 数メートルの間合いを一足で詰めるあの踏み込みは最早、瞬間移動。

 しかし――。


 2丁拳銃を構えたうどんちゃんのジャケットの前裾から何か黒い物が2つ、ぼろ、ぼろ、とこぼれ落ちるようにして落下すると、紅蜂は足元の瓦礫が粉砕するほど力を込めて急停止し、声をあげた。

「げっ!」


 うどんちゃんはその鳴き声とも呻き声ともつかない擬音のような声を聞き、愉しそうに笑った。

「ひひっ」


 紅蜂がそれを認識するより、俺の行動の方が一瞬早かった。

「六花、伏せろ!!」

 俺は腹の激痛を死ぬほど我慢し、六花に覆い被さるようにして彼女を押し倒したのだ。

「ちょ、おいハナ?!」

 戸惑う六花を無視し、俺はその細い体を抱き締めた。

 出来るだけ彼女が露出しないように……衝撃を受けないように。

「口閉じろ! 耳塞げ! 目ぇつぶっとけ!」

 横目で千鶴さんを見やると、千鶴さんは既に瓦礫の中に潜り込むようにして丸くなっていた。


 ……ですよねー。


 直後、凄まじい閃光と爆音と、爆風と熱波が俺を……俺達を襲った。


「~~~ッ!!」


 爆風は俺の体を六花ごと持ち上げて軽々と吹っ飛ばした。

 が、その衝撃から六花を守ることは出来た。


 俺はそのまま六花を庇い、聴覚マイクをOFFにしてシュライバーシステムを対爆モードに切り替え、ひたすら耐えた。耐えるしかなかった。


 あの2つの黒い物体は、一言で言うと『爆薬』だ。


 衝撃と爆風に特化した爆弾……と言えばいいのだろうか、とにかく手榴弾のように限定的なものではなく、広範囲を一発で吹っ飛ばす事に主眼を置いた、うどんちゃん特製の爆弾だ。


 彼女は以前、ある仕事の中であの爆弾をテロリストが立てこもったビルに投げ込み、一人残らず吹っ飛ばして建物も吹っ飛ばし、貰えるはずだった報酬までも吹っ飛ばした過去がある。

 それを振り返って、うどんちゃん曰く。

「スカッとしたぜ」


 ……うどんちゃんはね、そういう人なの。



 爆風は一瞬だが、その破壊は尾を引く。

 散弾のように散らばる瓦礫がようやく落ち着いた頃、恐る恐る顔をあげると立ち込める粉塵が煙幕のように視界を妨げるが、直ぐにそれも消えて行き、瓦礫が吹き飛んで綺麗になった爆心地ではふたりの影が重なっているのが確認できた。


(マジかよ……!?)


 うどんちゃんはまあいいとして、驚く事に紅蜂もまた健在だったのだ。

 二人とも埃まみれで服もボロボロになっていたものの、元気一杯。

 紅蜂の握る2本のナイフをうどんちゃんの2丁拳銃が受け止め、鍔迫り合いの様な形で膠着していたのだ。


「……信じられん……」

 六花が唖然として呟いた。


 それがうどんちゃんの無鉄砲さを指しているのか、紅蜂の頑丈さを指しているのか、はたまた二人の喧嘩根性を指しているのか定かではないが、俺も六花と同じ心持ちだった。


 あの爆発を受けて尚、紅蜂はうどんちゃんの命を狙っていたのだ。


 2本のナイフは2丁の銃によって防がれ、うどんちゃんの眼前でぎりぎりと嫌な金属音をたてている。

 そんな極限の状況下にあって、紅蜂は尚も笑っていた。


「……今ので決まると思った? 残念だったねお姉さん。私の着てるこの服も橘製作所ウチの特製でね。防弾、防刃、防爆繊維で出来てんのよ。お姉さんのお肌が防刃だけでなく、防爆仕様なのと同じでね」


 うどんちゃんもニヤリと悪戯な笑みを浮かべ、「バレてたか」と笑った。

「でもあたしの目的はそこじゃねぇよ。お前がこんな程度の爆発で吹っ飛んじまうなんて、そんな甘い期待はしてねえ」

「じゃあ、何?」

「お前はすばしっこすぎるからな。足を止めたかっただけだよ」

「……それだけ? それだけでこんなむちゃくちゃする?」

「目的のためなら手段を選ばない主義なんでね」


 一寸の間を置き、紅蜂はぷっと吹き出した。

「ふふふ……」

 すると、うどんちゃんも同じように笑った。

「……ははは」

「ふふふっ」

「はははっ」

「あはははっ! お姉さん、面白いね。なんか、好きかも」

 紅蜂は瞳を輝かせた。それを受け、うどんちゃんは艶っぽい視線で囁いた。

「あたしは出会った瞬間トキからお前が大好きだぜ……紅蜂!」


 ドンッ!


 うどんちゃんの銃が唐突に火を吹き、その反動で二人が引き離され……たのも一瞬。紅蜂は即座に踏み込み、ナイフを振った。

「!!」

 しかしうどんちゃんの銃が一瞬早かった。

 紅蜂の眼前で待ち構えていた銃口が、爆音と共に火を吹く。


 ドンッ! ドンッ!


 ……だが紅蜂はそれを直前で回避。文字通り潜り抜ける様にしてうどんちゃんのとの距離を詰め、逆手にもったナイフでうどんちゃんの首筋を――!


 がきっ!


 嫌な金属音が紅蜂の刃を止めた。うどんちゃんが銃身でナイフを受けたのだ。

 しかし、受け方が悪かった。ナイフの勢いに押され、銃はうどんちゃんの手を離れて明後日の方向へ弾き飛ばされてしまった。

「もらったぁ!」


 紅蜂は返す刃でうどんちゃんの喉を突き破らんと、フェンシングよろしく突っ込むが……!


 ジャキッ!!


 再び仕込銃スリーブガンが飛び出し、しかもそれは突っ込んでくる紅蜂の眉間に照準を合わせていた。


「どんだけ隠してんのよ!?」

 同時に銃声。だが紅蜂はその弾丸さえナイフで両断してしまった。

「覚えてねぇな! 詰め込めるだけ詰め込んでっからよ!」

 うどんちゃんはその近間でも、まるで肉弾戦の様に引き金を引きまくる。


 銃口が火を吹き、白刃が閃き、銃底が打ち付け、切っ先が切り裂く。


 2丁拳銃対二刀流は零距離戦モータルコンバットの様相を呈した。

 金属音がぶつかり合う音と銃声、肉と肉が衝突する音、二人の息遣い……それは銃対ナイフの殴り合いだ。


 うどんちゃんは弾丸のリロードを行わず、弾倉マガジンが空になったら新たなスリーブガンを出現させ無限とも思える紅蜂の猛攻に応えたが、突如紅蜂が放った足払いに虚を衝かれてその場に尻餅をつく格好で転倒してしまった。


「よっしゃあ!」

 奇襲成功に紅蜂が声を上げる。

 紅蜂は即座に体を屈め、ほぼ転倒と同時にうどんちゃんの体を押し倒すようにタックルし、その体勢を完全にモノにした。

ったぁ!!」

 ほんの一瞬。その数ミリ秒で勝敗はほぼ決したも同然の空気と化してしまったのだ。


「……お姉さん、油断したね? ばーかばーか! きゃははっ!!」

 このタイミング、この状況での馬乗りマウントは既に決着を表していた。これが試合ならこの後は勝者と敗者に別れるのだろうが、これは殺し合いだ。

 別れるのは生者か、死者。


「うふふ……殺すよ殺すよ殺すよ……」

 紅蜂は頬を赤らめ興奮していたが、油断はしなかった。

 ナイフを握り直し、その2本のナイフをうどんちゃんの胸に突き立てるようにして構えた。

 自分と相手の身長とリーチの差を考え『確実に殺す』事を選択したのだ。

「ぐっちゃぐちゃにしてあげるね……」


 いかに防刃皮膚とはいえ、突き刺される事には効果がない。

 下手に首を狙いに行かない事が、紅蜂の殺意を浮き彫りにさせていた。


 が、うどんちゃんは冷静だった。

 いつものようにクールに微笑み、右手を伸ばして手のひらを紅蜂に向けて一杯に開いたのだ。

「……なにそれ、命乞い?」

 紅蜂が嘲笑する。うどんちゃんのその格好が、彼女の目には「待った」と言っているように映ったのだろう。

「へー。案外メンタル弱いんだね、お姉さん」

 だが、それは違う。全く違う。

「なんかがっかり。カッコ悪いよ。さっさと死ね、ばーか」


 そして紅蜂が止めを刺そうとした、その時。

「……やっぱり少女ガキだな。お前はお喋りが過ぎるぜ」


 うどんちゃんの開ききった掌の中心が、綺麗な円形に「開いた」。

 例えるなら、掌の中心がピンポン玉ほどの大きさに陥没したというか、穴が開いたというか。

 その異様に紅蜂は目を見張り、静止した。

 うどんちゃんは歯を剥く様にわらう。


「でもな、お前のそういうところが大好きなんだぜ。充電チャージする時間をありがとよ、糞餓鬼ロリータ!」


 開いた穴の中が急激に青白く変色し、紫電を放ち光を帯びていく。

 同時に、夥しい熱が噴出するのが離れていても感じられた。

「吹っ飛びな!」


 うどんちゃんが別れを告げると、掲げた右手の手首、肘、肩の関節から何かが外れるような音がして、急激に巨大化したに耐えられず彼女のスーツの袖がぶち破れた。

 うどんちゃんの右腕は既にではなかった。

 そこに姿を現したのはまさに『キャノン』だったのだ。


 それをほぼゼロ距離で目撃した紅蜂は、それでも瞳を輝かせて呟いた。

「……サイコーだよ、お姉さん……」


 直後。

 凄まじい閃光、爆音、衝撃波が紅蜂だけでなく、を襲った!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る