第34話  うどんちゃんVS紅蜂

「ハナ……」

 瓦礫に激突して、そのまま瓦礫に埋もれた俺と六花。その六花が俺の胸の中で呻いた。

「お前、無茶苦茶だな……」

「……誉め言葉だね」


 瓦礫を払いのけ六花の無事を確認した途端、思い出したように脇腹が痛み出した。


「大丈夫か……」

 六花自身も薬のせいでまともに動けない筈なのに、彼女は俺の体を瓦礫から引っ張り出し、抱き起こしてくれた。

「今んとこはな……それより、うどんちゃん……!」


 俺達の視線の先には、対峙するうどんちゃんと紅蜂の姿があった。

 うどんちゃんは紅蜂をじっと見つめて一言。

「お前、生身か?」

 そう言い、眉間に皺を寄せた。

「生身のガキが小遣い稼ぎでやるような仕事ことじゃねえな。おしりペンペンで許してやっから、帰って宿題でもやってろ」


 うどんちゃんはシュライバー至上主義者なので生身を相手にシュライバーを全開にしたりはしない。それはフェアではないと考えているのだ。

 それは彼女なりの矜持なのだろうが……紅蜂は違う。


「うどんちゃん、そいつは生身じゃない! シュライバーを装着けてるぞ!」

 俺が声を上げると、紅蜂の瞳がやや鋭さを増した。

「ああ? 装着者マニピ? 根拠はあんのか、ハナ」


 言いつつも、うどんちゃんが警戒を緩める様子は無い。銃口は紅蜂を捕らえて離さないままだ。

「さっきそいつにソナーをぶちこんだんだ。返ってきた音波データは明らかにシュライバーだった。でも、どんなシュライバーかまではわからなかったけどね……」

「ああ、さっきの馬鹿でかい超音波ソナーはお前かよ?」

 うどんちゃんはカラカラ笑うと、左手を自分の左耳に添えた。

「ハナ、そのデータ寄越せ」


 うどんちゃんのあの仕草は個人間の近距離間無線通信の用意だ。

 要は俺との通信用のポートを開いたと言うわけだ。

 言われた通り、俺はさっきのソナーのデータとこれまでに分かった紅蜂のデータを一緒に送信した。


 紅蜂は明らかな警戒と敵意を隠そうともせず、自分に向けられた銃口を睨み付けていた。うどんちゃんは俺からのデータを受け取っている間も決して油断せず、紅蜂に銃を向けている。


 一瞬の隙を衝こうとする紅蜂と、一瞬の隙も見せないうどんちゃん。


 ほんの数秒のデータ受信とその解析に要する時間も、彼女達の間では静かで激しい攻防が繰り広げられていた。


「……紅蜂か。カッコイイじゃねーか」

 うどんちゃんが解析を終え、言った。

「ならよ紅蜂。あたしの事は知ってるかい?」

「……」

 紅蜂は答えない。うどんちゃんがさらに続けた。

「質問を変えようか。あたしのシュライバーが何か、わかるかい?」

「……」

 またしても紅蜂は答えない。うどんちゃんを睨んだまま、動かない。

「わからねーのかな? おちびちゃんよ」

 僅かな沈黙。何かを選ぶような間を置き、紅蜂は回答した。

「……『レオパルドⅡ』?」

「お? 正解!」



『レオパルドⅡ』は二十世紀に実在した戦車の名前で、その性能の高さから今の世でも名戦車として言い伝えられている。


 シュライバー・『レオパルドⅡ』は、その名が示す通り戦車のような火力を振るう重火器系のシュライバーだが、それはあくまでも重火器の使用を可能にする、ということを前提に作られたシュライバーで、例えば大型の対戦車ライフルやロケットランチャーといった兵器をより精緻に使いこなすためのシュライバーだった。

 軍隊やテロリストなんかが『砲台』として使うものであって、それだけでは実戦的な戦力にはならない。


 いや、それ以前に、うどんちゃんが装着けているシュライバーはレオパルドⅡではない。

 紅蜂はうどんちゃんの罠に引っ掛かったのだ。


「……でも不正解! ブブーっ!」

 うどんちゃんが紅蜂を虚仮コケにするように舌を出すと、紅蜂は不可解そうに頬を歪ませた。

「あたしのシュライバーはレオパルドⅡじゃありませーん。引っ掛かったな? バーカバーカ!」

「……?」

 どういうことだと、紅蜂の幼いその顔に書いてあるようだった。


「お前はハナのシュライバーを見破ったらしいけど、そりゃ単にシュライバーの固有電波から解析しただけだろ。装着者マニピにとっちゃあ自分のシュライバーがどんなシュライバーか知られたくねーから、バレそうな情報……特に識別信号や固有電波なんかは暗号化して隠してるわけだけど、お前はそれを単純に解読してるだけだ。だからあたしの罠にも引っ掛かった。さも何でもお見通しみたいなツラして余裕かましてっけど、メッキが剥がれりゃ何てことはねえな。お前は情報ネタに振り回され過ぎなんだよ」


 シュライバーの装着者マニピュレーター同士が対敵した場合、相手の出方や戦力を予測するためにも敵のシュライバーが何かを看破することが特に重要だ。

 それは往々として心理戦となり、そこに生まれた精神的な圧力プレッシャーが勝敗……つまり生死を左右する。


 紅蜂は俺や千鶴さんの事を知っているという「不可解」を俺に投げつけ、シュライバーを看破しているという優位性を見せつけ、俺の動揺を誘っていた。

 しかし、その心理戦に使った情報のタネをうどんちゃんに見透かされ、紅蜂の心理的優勢は打ち消された。


 ……流石はうどんちゃんだ。越えてきた修羅場の数が、不意打ちから始まったこの勝負をゴングが鳴る前にまで巻き戻してしまったのだ。



 しかし、紅蜂に怯んだ様子は見受けられない。

 彼女は不愉快そうに目を細め、挑発し返すようにうどんちゃんに吐き捨てた。

「なーるほどね。おねーさんから出てるレオパルドⅡの固有電波は偽物ダミーで、ホントは違うってことね。でもだからなに? おねーさんのシュライバーがどこの何でも、私にはどーでもいいよ。どんなやつが出てきてもボッコボコにするだけだしね。それを鬼の首とったみたいに長々と解説しちゃってさぁ。マジで滑稽。それとも、ハナさんみたいに殺されるまでの時間稼ぎ?」


 刺すような視線と嘲笑で、紅蜂が言う。

 その尖った言葉を向けられてもなお、うどんちゃんの顔から笑みが消えることはなかった。

「正解!  時間稼ぎだよ……お前が装着けてるシュライバーの解析のな」


 紅蜂の嘲笑かおが強張る。

 逆に、うどんちゃんの口角がつり上がった。

「お前が何もせずにあたしの話をボケーっと聞いててくれたおかげだよ。ハナが送って来たソナーのデータとあたしの持ってるデータベースをじっくりたっぷり時間をかけて照らし合わせられたからな。お前のシュライバーが何か、分かったぜ」


 うどんちゃんがにいい、と笑った。

 彼女があんな風に笑うときは、心底愉快でたまらない時だ。


「あたしも実物を見るのは初めてだよ。駆動音が全くしない、それがシュライバーかどうか見分けもつかない。そもそも実在するのかどうかも疑わしい、マニアの間じゃ「幽霊ゴースト」なんて呼ばれてる……『五ツ星』。なかなか面白いモノつけてんじゃねぇか。お前、軍人か?」



 シュライバー?!



 俺は愕然とし、言葉を失った。

 まさかこの目で日本国防軍のシュライバーを見る日が来ることになるなんて……見ることができる日が来るなんて、思いもしなかったからだ。



 基本的に軍用シュライバーがその軍隊以外に出回ることはない。

 しかしそれは建前で、裏社会を経由して軍人以外がそのシュライバーを手に入れたり使用する事は、人脈と金さえあれば誰にでも可能と言っても良い。


 つまり、するのだ。


 米軍や中国軍といった大軍隊から欧州圏の小国の軍隊まで、流出していない軍用シュライバーは無いと言われる程、各国軍のシュライバーの管理は杜撰だと言ってもいいだろう。

 しかし、日本国防軍に関してはこれまでただの一度たりともシュライバーの流出を許したことがない。

 普通なら考えられない事だ。金さえ積めば命ですら簡単に買えるようなこの時代において、日本国防軍のシュライバーを日本国防軍以外の人間が手にしたことは無いと言われている。


 そんな代物を、なぜ紅蜂が……?


「……お姉さん、物知りだねぇ。何者?」

 それでも紅蜂は取り乱したりせず、敵意と冷静さを保っている。

「別に何者でもねーよ。物知りなのはお前と一緒さ。お前がjpの情報を誰から手に入れてるかは知らねーが、どうせjpここの誰かから買ってんだろ。それも事前に、じゃなくてでだ」


 大胆な推察だけど、俺も薄々そんな気がしていた。

 でなければ、紅蜂がピンポイントでここを襲う説明がつかない。

 紅蜂は俺達をずっと監視し、追跡していたのだ。


 紅蜂は興味深い話だと言わんばかりに、続きを促す。

「へえ? 何でそう思うの?」

「お前はあたしの事を知らなかったろ。前もって知ってたのはハナと千鶴さんのことだけじゃねえのか? お前が受け取ってる情報は、位置情報なんかはリアルタイム。それ以外は、六花と直接接触した人間の情報を後から受け取ってる。違うか?」


 うどんちゃんの推察は俺のそれを飛び越えていたが、それでも頷けるものだった。

 でなければ、うどんちゃんのシュライバーを間違えるはずがない。

 

 レオパルドⅡなんて可愛く思えるほど、うどんちゃんのシュライバーはヤバいのだ。


「お前の仲間がこの辺りの馬鹿スパイから情報を買って、それをまとめる。まとまって資料化したモノを、紅蜂おまえが改めて受け取る。だからタイムラグが生まれる……今なら組合長やA子の情報もいってんだろ。でも、あたしの情報を受け取るのはまだまだ先だ。なんせ会ったばかりだからな。だから、お前はハナや六花にそうしたように、あたしに対しては一気に攻めてこれない。何故かって? それは、お前が失敗の許されないプロだからさ」


 紅蜂はうどんちゃんの弁舌に感心するようにため息を吐き、最初に見せた様な屈託のない笑顔をうどんちゃんに向けた。


「お姉さん、すごいねぇ! でも、なんでわたしのシュライバーの事知ってるの? これってかなり秘密にしてるんだけど」

「言ったろ? お前と一緒だよ。お前みたいにあたしも情報を買ってんだよ。日本国防軍の情報は値段が高い上に精度がイマイチだが、お前を嫌な気分にさせるには十分だったな」

「……こっちにもスパイがいるってこと?」

「そんな大したもんじゃねーよ。小遣い稼ぎの貧乏人ってとこかな」


 うどんちゃんの言葉を冗談ジョークと捉えたか、紅蜂はふふっと見た目とは裏腹な、大人びた微笑を見せた。


「いやー、まいったまいった。ここまで見抜かれちゃうなんてね。ほとんど正解なんだもん。びっくりしちゃうよ」

 するとその言葉に引っ掛かるものを感じたのか、うどんちゃんが眉間に皺を寄せて唸った。

「あ? ほとんど? 全問正解の間違いだろ」

「ううん、ひとつだけ間違ってる」

「なんだよ、言ってみろよ」

「お姉さんの情報……今、来たよ」


 うどんちゃんは自分の情報を紅蜂が得るのはまだ先だと踏んでいたが、実際は違った。予想よりもずっと早い……が、うどんちゃんに動揺は皆無だった。


「ふーん。で、どうする? あたしの事を知った上で、やんのか? やんねーのか?」

 事も無げな問い掛けだった。何をやるか、言うまでもない。

 紅蜂はその笑顔を好奇心でさらに膨らませ、今にも破裂しそうな明るい声で答えた。

「やる!」

 瞬間、紅蜂が口から何かを吹き出した。


 唾を吐くように……というより、吹き矢を発射するように、何かを口からものすごいスピードで「射出」したのだ。


 が、うどんちゃんは慌てることもなく持っていた拳銃の銃口を横に向け、それを盾のようにすることでその飛来するを銃のスライドとグリップの中間辺りで受け止めた。


「汚ねぇなあ」

 びちゃっ、という嫌な音が響いた直後、うどんちゃんは迷わず銃を投げ捨てた。

 何故かと見やれば、銃からうっすらと煙が上がっている。

 よく見ると、飛来したモノを受け止めた辺りが変色し、溶け始めていた。

 その融解は驚くほど早く、ものの数秒で銃の半分はドロドロの鉄塊と化していた。恐らく、紅蜂は強力な酸の様なものを吐き出したのだろう。

「品のないガキだこと」


 しかし、うどんちゃんは冷静だった。

 それは、彼女が準備万端であることを俺達に報せていた。

「……お姉さんが再教育してやるよ」

 それを聞いた紅蜂は嬉しそうに頬を上気させ、おねだりをする子供さながらに、うどんちゃんに懇願した。


「さあ、見せてよ! お姉さんのシュライバー……『サーチ・アンド・デストロイ』!!」

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