第32話 紅い蜂

 ……


 …………


 ………………な、何が起こった?


 俺はどうやら瓦礫の下敷きになっているようだが、大きな瓦礫ではなさそうだ。

 怪我もない。しかし、吹っ飛ばされた衝撃で体が思うように動かない。


(飛行機でも落ちてきたのかよ……)


 俺は混乱する記憶の糸を手繰り寄せ、瓦礫から這い出た。

 辺りは煙っていて視界不良甚だしい。

(なんも見えねぇ……)

 状況確認を行うためにレーダーを使おうとしたがこの状況では瓦礫と埃で用をなさないだろう。

 だから耳骨のスイッチを入れ、探索音波ソナーを発射すると同時に集音探索も行った。

(ホントに何が起こったんだ? ……つか、千鶴さん家がめちゃくちゃじゃねーか)


 目が慣れてきた。

 ……誇張抜きで工場が滅茶苦茶だ。

 例えばガス爆発とかの事故でもここまでの大破壊にはならないだろう。

 というより、何かが落ちてきてこうなった筈だ。

 やっぱり、飛行機事故か? 有り得ないっちゃあ有り得ないけど……。


(……?)

 ソナーに反応があった。しかし、妙だ。

 誰かがふたり、少し離れた場所にいるようだ。妙なのは、音だ。

 カチカチというかキリキリというか、金属が軋むような嫌な音と、呻くような声が途切れ途切れに聞こえてくるのだ。

(……六花か?)

 呻くような声は六花の声に聞こえる。

 しかし、次に聞こえて来たは、六花の声ではなかった。


「しぶといな〜。大人しくられてよぉ、六花ちゃん」



 誰だ!?


 千鶴さんでもない、うどんちゃんでもない、女の声だ。

 いや、の声だ。


 俺は一気に起き上がり、声の方に向けて銃を構えた。

 ソナーと集音で位置は補足している。捕捉してはいたが、俺が目にした光景はとてもすんなりと受け入れられるようなものではなかった。


「は、な……」

 六花は苦しそうに俺を呼ぶ。

 同時に、あの嫌な金属音も聞こえた。

 彼女の喉元で刃と刃が軋んで、その嫌な音を立てていたのだ。


 六花の刃は自分の喉を守るために縦向きに。

 もうひとつの刃は六花の喉を掻き斬ろうと横向きに。


 その凶刃を握るのは全身を黒い戦闘服で固め、大きなゴーグル付きのマスクで顔を隠した、小柄だが明らかな殺意を隠そうともしない『敵』だった。


 その異様な姿を目撃した瞬間、俺は息を飲んだ。

 その『マスク』が一瞬、深編笠ふかあみがさに見えたのだ。

 それはまるで大昔の時代劇に出てくるサムライが被っているような、麦わら帽子のお化け……!

(まさか、あいつがシュライバー破壊魔か!?)


 六花はその黒い敵に馬乗りにされ、今にも途切れそうな吐息を気力だけで繋げているような状態だった。


 あいつか?

 あいつが天井破って落ちてきたのか!?

 いや、そんなことはどうでもいい!


「六花!  動くなよ!!」


 俺は迷わず撃った。

 三発の銃声とマズルフラッシュが舞い散る砂塵を切り裂いたのだ。


 俺の右腕のシュライバー『ガンスリンガー・ガバメント』は射撃に特化したシュライバーだ。

 銃大国・アメリカが造り出した傑作と呼び声高いこのシュライバーは視覚とリンクさせれば狙いを外すことはない。

 だから俺は自信を持って射撃した。

 絶対に六花を撃つことなく、敵を撃ち抜く確信があったからだ。


 しかし、外した。


 三発の銃弾は敵を捉えることなく空を切り、その先にあった瓦礫を無意味に粉砕したのだ。

 鳥肌が立った。

 背筋が凍るとはこの事だと実感した。

(……嘘だろ!?)

 俺が外したんじゃない。

 敵がのだ。


 俺は万一のことを考えて三発の銃弾をそれぞれ違う軌道になるように射撃した。

 この状態で敵が被弾を避けるなら六花から離れるしかない。避けるなら飛び退くか、身を屈めて後退するか、側方に避けるか……それぞれを想定して射撃したにも関わらず、全て当たらなかったのだ。


「へったくそー」

 ……そんな間抜けな声が、俺を虚仮こけにする。

 まるで自分との力の差を見せつけるような余裕すらある。

 それを裏付けるのは、声が聞こえてからようやく気がついた敵との距離。

 俺は既に懐深く侵入されていたのだ。


 ッ?!


 一瞬の隙をつかれた、なんてのは言い訳でしかないが、その油断を誘ったのは敵の接近を報せるアラームが一切機能しなかったのだ。

 妨害電波ジャミングか!?


 俺よりも30センチ程低い位置に敵の『マスク』があった。そのマスクについている不気味にデカいゴーグルが俺の方を向いていた。

「ぼーっとしてるからぁ」

 少女の声だった。

(子供!?)

 俺の混乱をよそに、何かが俺の右手首で閃いた。

 銀色の細い光が手首を掠めたと思った途端、右手が軽くなった。

 手首から先が切り落とされたのだ。


 敵は俺の右手首を切り落としたであろうサバイバルナイフをもてあそび、言った。

「アラーム、鳴らなかったから焦った? あはは」

「……ッ!!」


 俺はほとんど無意識に左拳を握り、それを敵に目掛けて繰り出していた。

 近間からの左ジャブ!

 左のシュライバーはボクサースタイルシュライバーだ。ただのジャブでも十分な威力がある……が、それも当たらない!


 連動した脚部のシュライバーがステップを刻み、さらに踏み込んで鋭いジャブを三度、さらに続けて三度放ったが、そのすべてを避けられ、最後の一発に至っては平手で捌かれてしまった。


「それ、『パックマン』でしょ? お兄さんなかなか渋いねえ。でもさあ、フィリピンのシュライバーはクセが強いから使いにくくない?」


 見切られている?!

 俺の動きも、装備も、看破されているのか!?


 これ以上の不利はないと感じ、流石の俺も真剣にヤバいと感じて心臓がチリリと傷んだ。

 それは相手の戦力の底が見えないこともさることながら、相手のシュライバーがどこのどんなシュライバーか、全く分からなかったのだ。

 戦闘の際、不利を避けるためにシュライバーの識別信号にジャミングをかけるのは常識だが、こいつのシュライバーからは識別信号はおろか固有電波すら傍受キャッチできない!


 まさか六花と同じ、『生身』か!?


 兎にも角にも不利は不利。相手の素性も装備も何もかもがわからない状況で、相手はこちらの装備を把握しているのだ。これが不利でなくてなんだっていうんだ?!


 せめて相手のシュライバーの特徴だけでも捕捉できれば……!

(なんなんだ畜生!!)

 俺は脚部レッグのシュライバー・天衣無縫を発動し、水素爆発の勢いで敵の顎を蹴りあげようとしたが、それさえもあっさり見切られてしまった。


「へぇ、『パックマン』に『天衣無縫』? そんなんでよく動けるね〜、スゴっ!」

 やはり俺のジャミングなんてあってないようなモノらしい。

 敵は不意打ちの蹴りを躱して余裕綽々だが、俺の狙いはそこじゃない。


「ちょっと黙ってろ!!」

 俺は一喝して耳骨のソナーの出力を最大値まで上げ、そのままそれを発射した。


 ッッ!!


 瞬間、衝撃波にも近い超音波が俺自身と敵を同時に襲った。


 ビリビリと痺れるような衝撃に、それでも敵は可笑しそうな声で言った。

「お、お、お兄さん、バカでしょ?」

 これは確かにバカな行為に他ならないだろう。例えれば、一杯までボリュームを上げたスピーカーにイヤホンを繋げてそれを聴くような行為なのだ。

 それを脳ミソに直撃させるような事を俺はしたのだから。

 しかし、お陰で敵の足は止める事が出来た。収穫は十分だ!

「ば、バカなんだよ……!」


 そして思いきり踏み込み、敵の顔面に渾身の左ストレートをお見舞いしたのだ!

「ッッ!!」


 がしゃん、という硬い音と共に敵は吹っ飛んだ。

 ついに命中たったのだ!


「…………くそ」

 しかし、俺の拳は敵の顔面の真芯を捉えるには程遠く、マスクのゴーグルを破壊するに留まった。

「くそ、マジか……」

 腹に違和感があった。

 何かと見れば、敵の持っていたナイフが脇腹に突き刺さっていたのだ。


 信じられない。

 敵はクロスカウンターのタイミングで、俺の脇腹にナイフをぶっ刺していったのだ。


 対する敵は特にダメージを受けた様子もなく、

「ちぇっ。壊れちゃった」

 と、不機嫌そうに呟くとあっさりマスクを脱ぎ捨てた。

「つーか、もともと顔を隠す必要もなかったかもね」

 そして露になったふんわりとしたピンク色の髪の毛をわしゃわしゃと掻いた。

「それにこのマスク、蒸れちゃうから嫌なんだよね〜」


 そしてその髪を手櫛で簡単に整えると、俺の方を向いてにやりと笑い、

「それ、記念にプレゼントするね」

 俺の脇腹に刺さったナイフを見て、嬉しそうにそう言った。

「……浅かったかな? あのタイミングで体を引いた? なかなかやるね、お兄さん」

 そこにいたのは、六花よりも少し幼い程度の少女だった。


 桃のようなピンクのショートカットはふんわりと軽く、一見すると少年の様にも見えるが、顔付きはこれから女性へと変わっていく直前の少女のそれだ。


 体格もまさしく子供……むしろ少し小柄なほどだ。

 その体躯から、あの戦闘能力はとても想像できない。


 付け加えるなら、あの冷酷さもだ。


「死ぬほどでも無さそうだけど、苦しいでしょ? だから殺してあげるね」

 にこにこと微笑み、物騒なことを当然の様に口にする少女。

「おまえ、なんなんだよ……?」


 俺のシステムが生命維持の危険を報せるアラームを鳴らしまくっているが、今の俺にはそんなことはどうでもいい。

 それよりも、目の前のあの少女の事の方が重要なんだ。


 すると少女は口角を目一杯釣り上げ、不気味なほどに屈託のない笑顔で答えた。

紅蜂べにばちだよ。わたしは紅蜂。よろしくね! ……ハナさん!」


 そう言い、紅蜂はまるで俺のを見透かしたように、にいーっと笑った。

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