第30話 とりあえず謝っとけ

 俺の申し出に皆の視線が一斉に集中した。


「そのシュライバーの事なんだけどね……」


 俺は良心の呵責に押し潰されるように例のシュライバーについて包み隠さず、全てを正直に明かした。

 それが最善だと、それが人として有るべき姿だと心から思うことができたのだ。


「何日か前に道端で拾ったけど、動かないから千鶴さんに預けた」


 だから俺は出来るだけシンプルに分かりやすく、誰も傷付かなくて済むようにマイルドな表現で事の次第を説明したつもりだったけど、皆の反応はいまいちだった。


 組合長はうん、と低く唸ってから言った。

「それはつまり、お前がパクったってことだよな」

 物凄くドスの効いた声でそう言うが、それは誤解だ。

「パクったとか人聞き悪いよ。俺は拾ったの」

「ならなんで千鶴んとこに持ってくんだよ」

「動かねーからさ。だいたい落とし物ですよって警察持ってってもまともな対応なんて期待できないだろ。だったら動くようにして……」

「動くようになったら自分で使う気だったんじゃねぇのか?」

「そりゃまあ」

「まあじゃねえよ」


 組合長は立ち上がり、その狂暴極まりない拳をにぎにぎした。

「とりあえず六花に謝れや」

「いや、謝れと言われれば謝るけど俺は悪気があったわけじゃ」

「謝れ」

「六花さん、本当にすいませんでした……」


 熟練の空手家が放つ有無を言わせないド迫力が俺を強制的に謝罪させたが、六花は小さく首を振った。

「……いや、そもそもあのシュライバーを紛失したのは私の不手際だ。それに千鶴さんの所にあるのであれば、これほど安心な事はない。むしろ幸運だと言える」


 六花は怒るどころか喜んでさえいた。

「喜んではいない」

 即、否定された。

「しかし、ハナが謝る必要はない。原因は私にあるのだから……」


 その様子に組合長も拳を納めた。

 とりあえず命の危機は脱したようだ。


「そんならよう、早速千鶴の工場に行こうぜ。善は急げだ」

 組合長は立ち上がり、皆を急かすように手をパンパンと叩いた。

「いやしかし組合長、まずは千鶴さんに連絡を入れるべきでは? 突然押し掛けては……」

 六花の常識人な意見は組合長の非常識には通じない。

「大丈夫だよ。行ってから説明しても間に合うって」

「留守かもしれないぞ?」

「だったら待つさ」


 こういうときの組合長は行動が早いというか、せっかちなのだ。

「おら、みんな行くぞ。A子、お前も行くか?」

 A子ちゃんは「事務所の様子を見てきます」と言って首を振った。

「よし、なら俺らだけで行くぞ。……大将!今日の払いは組合でつけといてくれ!」

 組合長の呼び掛けに、厨房の奥から大将の「溜まってんぞ」と、うなり声が聞こえてきたが、既に組合長は店を出ていた。

「早く準備しろよ、日が暮れちまうぞ」


 そんな組合長に六花が呆れた様にため息をつくと、A子ちゃんがくすりと微笑んで言った。

「嬉しいんですよ」

 A子ちゃんの言う通りだろう。俺も組合長あのひとのあんな嬉しそうな顔、万馬券取ったときですら見たことがない。

「だろうね。子供みたいな顔してるもんな」

 組合長はきっと昔を思い出しているのだろう。橘製作所にいた頃の、シュライバー製造に夢中になっていた若き日々を思い出しているに違いない。


「……あの人は本当に父に良く似ている。心から親友と呼び会える間柄だったのだろうな」

 六花は年頃の女の子とは思えない、深みのある表情で呟いた。

 それは父親の病状と、組合長との関係を想っての事だろう。


「……もし間に合えば、父に会わせてやりたいな……」

 六花の囁くような願いは、俺達にすら届かないような小さな声のまま、真昼の喧騒の中に溶けていった。

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