第27話 組合長の青春

 六花は差し出された名刺を手に取り、まるで美術品を眺める様な眼差しでそれを見つめていた。

 俺はその名刺を横から覗くようにして、若かりし日の組合長の写真を見て衝撃を受けた。


「え!? めっちゃ痩せてるし、髪フッサフサじゃん!」

 なんて茶々を入れたものの、六花の真剣な横顔を見たらそんなおふざけは自然と引っ込んでしまった。


「組合長。いや、静馬さん……」

 組合長を見つめる六花の瞳が輝いている。

 若い人間特有の輝きとでも言えばいいだろうか。

 特に年長の組合長にはそれがつぶさに感じられたようだった。


「色々と訊きたそうな顔してんな、六花よ」

「はい。お聞かせ願いたい」

「長ぇ昔話になるぜ。しかも大して面白くねぇぞ」

「是非」

「……わかったよ。先ずは俺の生い立ちから行くか……」


 組合長は微笑み、子供におとぎ話を聞かせるような、優しい声音で語り始めた。



「俺は日本……つまり北海道で産まれ、北海道で育った。家は割りと裕福でな、親が旅行好きだったからよく海外旅行にも連れてって貰ったよ。だが、ある時その海外旅行先で飛行機事故に遭った。六花と同じ16の頃だったかな……酷ぇ事故だったが、家族は何とか無事だった。俺以外はな」


 その意味深な言葉に六花の表情が引き締まった。

 ここからが本題なのだと、言われなくても伝わってくる。


「……俺は命こそ助かったものの、しばらく昏睡状態だった。胴体の怪我はなんとかなったが、両手足の損傷は深刻でな。腕も脚も切断を余儀なくされた。俺が意識を取り戻したのは事故からひと月後だったが、そん時にはもう、手も脚も根元から無かったよ」


 あまりに重たい話だが、組合長のゆったりとした語り口に自然と悲観的な気分にはならなかった。


「絶望だったな。もう何もやりたくねぇ。やりたくてもできねぇ。自分の変わり果てた姿を鏡で見られる様になるまでそこから1ヶ月以上かかったよ。で、見たら見たでさらに絶望だ。もちろん自殺も考えたよ。でも、メシもクソも一人でできねぇんだ。舌噛んだって痛てぇだけだしよ、死にたくたって死ねねえんだよ。情けなくって毎日泣いたよ。でも、その涙も拭えねぇんだ。参ったぜ」



 ……言葉も無い。

 このおっさんにそんな辛い過去があったなんて。

 六花は真剣な表情を崩す事無く、組合長の話に耳を傾けていた。


「……そんなある日、1人の男が俺を訪ねてやって来た。名前は橘幻冬たちばなげんとう……六花、あんたの爺さんだ」


 瞬間、六花が顔を上げた。

 組合長は六花の心が落ち着くのを待つ様な一寸の間を置き、続ける。


「橘幻冬は当時の橘製作所の社長兼技術開発部部長だった。俺の親父はそこそこ名の通った商社マンでな、取引先の繋がりで橘社長とも面識があった。その縁あって橘社長が俺の事を知り、救いの手を差し伸べてくれたって訳よ」

「……つまり、祖父があなたに義肢を提供したと言う事ですか?」

 六花の呟くような問い掛けに、組合長は深く頷いた。


「ただ条件があった。当時、橘社長が秘密裏に開発していたシュライバーの被験者っつーか、実験台になることだ。それがこの自律自動機械式人工筋肉搭載型オートマチック・ゼロだったってわけよ」

「……オートマチック・ゼロの名は父から聞いたことがある」

 六花が顔を上げ、静かに口を開いた。

「何十年も前に人工筋肉搭載型の第一号として開発されたが適合に癖があり、製品化まで至らなかったと……だから欠番を示す『ゼロ』の名が冠せられたと、父は言っていました」

「そうだな。俺はたまたま適合に成功しただけで、本当に偶然だったんだよ。そう、俺は単に運が良かったんだ。手脚を得られた事も、橘社長と出会えた事も、何もかもが幸運だったんだ。幸運に救われた……そんな俺が将来の夢って形で橘製作所を目指すのはごく自然なことだろう?……まあ、一番ラッキーだったのはほとんど社長のコネで入社できたって事かな? はっはっは!」

 と、大爆笑する組合長。

 六花は少し微妙な愛想笑いで小さく頷いていた。


 ちょっと良い話で締め括るかと思ったのに、最後は組合長らしい下世話な感じで終わってなんか安心した。

 しかし、このおっさんも過去に色々あって今のこの感じなんだと思うと、なんだか納得してしまう。

 組合長の人を惹き付けるある種の人徳みたいなものは、苦難の道のりを越えてきた人間ならではのものなんだなと、俺はそう感じていた。


「……貴重なお話を聞かせて頂いた。思わぬところで偉大な先輩に出会う事が出来て、嬉しく思います」

 六花が六花らしくない。

 彼女は明らかな敬意を以て組合長を見ていた。

 しかし、組合長は「せやい」と笑って、掌をひらひら揺らした。


「会社に楯突いて首になった奴なんざ偉大でもなんでも無ぇよ。それに六花よ、俺がOBだったからっていきなりしおらしくなるのもナシだぜ。お前さんは今まで通り、にしてりゃあいいんだ」


 がはは、と笑う組合長に、六花が首を傾げた。

「会社に楯突いて、首に……?」

 すると組合長は「おっと」と漏らし、わざとらしく口元を塞いだ。

「それはまあ、別の話だよ」

「差し支えなければ、お聞かせ願いたい」

 食い下がる六花に、組合長は軽く拳を握って見せた。

「さっきも言ったろ? 俺に喧嘩で勝ったら、教えてやるよ」

「うぐぅ……」

 二の句を失う六花。

 この話の続きを訊くのはまだまだ先になりそうだ。



「さあ六花よ、次はあんたの番だ」

 組合長は姿勢を直し、六花を見据えた。

「……私の?」

 六花は不意をかれたのか、らしくもなくきょとんとしていた。

「そう。あんたがなぜjpここに来たのか……それに修理なおして欲しいシュライバーの事とか、話してくれよ」

「その話なんだが……」


 六花の表情がいっぺんに曇り、今にも崩れ落ちそうな瞳で言う。

「そのシュライバーが盗難に遭ってしまい、いま手元に無いんだ……」

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