第26話 過去は語り、未来は見ている

 六花と組合長の激闘は管理組合の事務所をボロボロの廃墟同然にしてしまった。


 至るところが破壊され、天井に至っては破壊され尽くして天井そのものが無い様な状態だ。

 とてもじゃないけど、落ち着いて話ができる状態じゃない。


 組合長は変わり果てた事務所を眺めて一言。

「……とりあえず飯でも食いにいくか」

 この人はこういう人だ。

 こんな大破壊すらほとんど気にしていない。

「修理は後で手配すりゃあいいだろ。とりあえず飯いこう。腹減ったぜ」

「異議なし」

 六花が即答した。

「……そだね」

 俺も腹が減っていた。

 いや、みんな腹が減っていた。


 俺は荒れ果てた事務所の壁にかけてあった筈の時計を目で探す。

 すると、時計は奇跡的に難を逃れ、元の場所で何事もなかったかのように時を刻んでいた。 

「そりゃあ腹も減るはずだ」 

 組合長も時計を見て笑った。

 時刻ははもうすぐ午後1時に差し掛かろうとしていた。



 俺たちが昼食に選んだのは事務所のほど近くにある中国料理店・金男酒店だった。


 安い、早い、旨いの三拍子揃ったこの店は仲間達の御用達で、ここに来れば高確率で仕事仲間の顔を見る様な人気店だ。


 しかし今日に限ってはガラガラで、親しい友人の姿もなかった。

 まあ、時間帯も遅めだからかな……なんて納得しつつ、とりあえず無愛想な大将に手を降ると、大将は「そこに座りな」と言う風に顎をくいっと振った。

 その方向は窓際で日当たりの良い、この店で一番イイ席だった。


 俺達は全部で四人。

 組合長とA子ちゃん。俺と六花のペアで向かい合う様に四人掛けのテーブルに着席した。


「好きなモン食いな。さっきのに、ご馳走するぜ」

 組合長は六花にメニューを手渡した。

 俺はすかさず「こいつ滅茶苦茶食うよ?」と組合長に忠告したが、それよりも先に六花が店員にメニューを見せながら「上から順に持ってきてくれ」と注文していたので、俺はもう何も言うまいと口を閉じた。


 それを見た組合長は可笑しそうに笑うと、

「よく食うところも幻夜譲りか」

 と言って、目を細めた。

「……お詫び?」

 不意に、六花が顔を上げた。

 先ほどの組合長の台詞を繰り返すようにして、組合長を見つめてもう一度言う。

「さっきのお詫びとは……?」

 組合長はばつが悪そうに鼻をポリポリと掻き、

大人気おとなげねぇ事言っちまって悪かったよ。あんたをヤル気にさせたかったとはいえ、からかいすぎた」


 組合長が何を言っているのか、六花はすぐに察したようだ。

「……挑発されているのは分かっていたよ。あなたの計略にまんまと乗ってしまった私も、同じように大人気おとなげがなかったと反省している」

「あんたみたいな若い娘にそう言われちゃあ、返す言葉もねえなあ」

 組合長が大笑いすると、六花も皮肉っぽい笑みを浮かべて、

「子供扱いしないで頂きたい」

 と言って、頬を緩ませた。


 ……二人の間に穏やかな空気が流れている。


 その様子に俺もそうだけど、俺よりもA子ちゃんの方が安心しているような、そんな気がした。


 そして食事が運ばれてきて、六花がそれらを散々食い散らかしたのはご想像通り。

 組合長も負けずと食うので俺も張り合うように食いまくった。

 A子ちゃんは決して自分のペースを崩すことなく、黙々とラーメンを啜っていた。



 まるでさっきのバトルの続きのような食事が一段落し、うず高く積まれたどんぶりや皿が一旦下げられたところで組合長が口を開いた。

「……さあ、本題に入ろうか」


 六花は手にしていた茉莉花ジャスミン茶のカップを静かに置き、姿勢を正した。

 組合長はそれを確認するような間を一度入れ、続ける。

「その前に、例のシュライバー破壊魔の件だが……あんたが犯人じゃないことは分かってたよ」


 それを受け、六花は「分かっていたとは?」と不思議そうに首を傾げたが、その目は真剣なままだった。


「昨日の晩、また犠牲者が出たんだよ」

 六花は黙っていたが、瞳は鋭さを増していた。

「昨晩、私は千鶴さんの所に厄介になっていたから、消去法で私ではないということか」

「その通り。被害にあったのはつまらねえチンピラだから、もうニュースにもなりゃしねぇがな」


 ……俺の、この喉に引っ掛かるような感覚はなんなんだ?

 ええと、組合長は「昨晩」っつったよな。

 てことは、俺たちが組合に来るより前に、組合長は新たな被害者のことを知っていたってことになる。

 つーことは、それを承知の上で、六花と戦った……って事か?


 なんで? と言う疑問の答えは六花が代弁してくれた。

「……私は試されていたと言うわけか」


 つまりそういうことだろう。

 組合長もうん、と頷いている。

 それを受け、俺はてっきり六花は怒るかイラつくかのどちらかかなと思ったが、意外にもそのどちらでもなかった。


「私と立ち合うことで私の技量をはかったと言うわけだな。私がシュライバー破壊魔足り得るか、否かを」

「そう斜に構えなさんな。俺は単にあんたの橘流を見たかっただけだよ。まあ、腕前を見て犯人か、或いはその共犯かどうかってのは、無くは無いけどな」

「いや、私は真っ直ぐに受け取っているよ。試されたことについては侮辱とは思わないし、私もあなたの空手を体感できて非常に勉強になった……もし、仮に昨晩新たな被害者が出ていなかったとして、その上で立ち合ったとしたら、あなたは私を犯人と見立てただろうか。差し支えなければお聞かせ願いたい」 


 その問いかけに、組合長は即答した。

「犯人じゃないと判断したろうね」

「……それは、犯人足り得る技量ではないからか」

「そうじゃない。『技』そのものが違うからだよ」

「つまり、犯人の流儀は橘流ではないと」

「そう言うことだ。あんたと立ち合ったのも、俺の知ってる橘流が変わっちまったかも知れねえって可能性を検証したかったんだよ」

「して、変化はあったのだろうか」

「無いね。橘流はあの頃のままだ。あの頃のまま、つええ侍の流儀だよ」


 組合長らしい、余計な言葉のないストレートな言葉だった。

 それだけに重みと深みがある。

 六花は表に出さないようにしているみたいだけど、まるで誉められた子供そのものの、嬉しそうな顔を隠しきれないでいた。


橘流六花じゃないとしても、刀で切られたのは確かなんだろ?」

 俺が何気なく言うと、組合長はその場で刀を抜く真似をして見せた。

「六花の使う橘流はこう、抜刀から一気に切り抜ける太刀筋が基本だ。虚実織り混ぜる技も当然あるが、最短最速を斬っていくのが橘の剣だ」


 六花はうんうん、と頷いて「その通り」と太鼓判を押した。


「対して、例のシュライバー破壊魔だが」

 組合長は抜刀の振りから、ジグザグに腕を振って見せた。

「こんな風に刀が何度も往復してんだよ。お前も見たろハナ、鉄男のバラバラになったシュライバーをよ」

 組合長のいう通り、鉄男のシュライバーはぶつ切りにされていた。

 切り口こそ同じように鋭いが、確かに六花がぶんぶんと刀を振っている姿は想像しにくい。

 六花だったら一発で決める事だろう。


 六花は思案を巡らせるように顎に手を添え、探偵のようにして言った。

「……となれば、破壊魔の得物は短刀の類いに違いない。その様に扱って、且つシュライバーを両断するには太刀や打刀では長すぎる」

 六花の推察に組合長は賛同するように頷いた。

「だろうな。六花の得物の半分ちょいってとこかな」

「であれば、かなりの近接戦闘を仕掛けることになる。敵はしのびの類かな」

 六花が冗談めかして言うと、組合長は「……かもな」と、冗談を受け止めるにはやや難しい表情で応えた。



 俺は椅子の背もたれに身体を預け、天井を見つめた。

 そして栗鼠組の親分くみちょうとキョンキョン、そしてシュライバー破壊魔に思いを巡らせる。


 六花がシュライバー破壊魔じゃなかったら、誰がシュライバーを両断しまくることが出来るんだろうか。


 親分さんに大見得切ってありついた仕事だ。キョンキョンの事もあるし、可及的速やかに犯人を捕まえて報酬を頂いて新しいシュライバーが欲しい……しかし、六花の線が消えたとなると『振り出しに戻る』、だ。


 俺が腕を組んで難しい顔をしているのを見て、六花が組合長に小声で尋ねた。

「ハナのやつ、どうしたんだ?」

「ああ、シュライバー破壊魔を取っ捕まえるのがあいつが今持ってる仕事なんだよ。手掛かりが少ないんでな、なかなかうまくいってねえようだ」

「ふーんそうか大変だな」

 と、六花は全然心がこもっていなさそうに言った。


 組合長はジャスミン茶をひと口啜り、唇を湿らせた。

「まあ、シュライバー破壊魔の件はハナに任せておいて……六花よ。あの話だが」

「あの話?」

「……」

 組合長がもう一度ジャスミン茶の小さなカップを手に取り、残りを飲み干すと静かにカップを戻し、続けた。

「あんたの探してる職人の話だが……そいつはな、俺だよ」


 突然で当然の事だけど、場が混乱した。


 ……まーた組合長が悪い冗談言ってんなぁと反射的に思ったけれど、空気がそんな呑気なものでもない。

 冗談を言うような、それが許されるような空気じゃない。


 無言で目を見張り息を飲む六花に対し、組合長は証拠を示さんとばかりに懐から名刺入れを取り出した。

「何度も捨てちまおうと思ったが、捨てられなかった。そのうち、それは捨てちゃあいけねぇ物に思えて大事にしちまう。何でもそうだが、時間が経てば角が取れて丸くなる。思い出がその最たるものさ。歳は取りたくねぇな」


 組合長は自嘲気味に笑うと、その名刺入れから一枚の名刺を取り出し、六花の前にそっと差し出した。

「もう三十年以上も前になるか。俺は橘製作所の社員だったんだよ」


 名刺には『橘製作所 技術開発部主任 静馬宗一郎しずまそういちろう』と記され、名前の横には若かりし頃の組合長の誇らしげな笑顔が印刷されていた。

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