第24話 武の極限

 挑発的な言葉を投げ、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた組合長は続けた。

「そこでお嬢ちゃんに質問だ」

 組合長は六花を指差し、六花を促す。


 六花は鋭い眼差しのまま、沈黙を以てそれに応えた。

「お嬢ちゃんにとって、義肢シュライバーとはなんだい?」

 組合長の問いかけに、六花は刀を手にして半身のままで答えた。彼女はあくまでも臨戦態勢を保ったままだ。

「幸福だ。義肢の存在が不自由を自由に変える。元々の肉体に及ばなくとも、不安に震える心と体を支えよう。それが幸福以外のなんだというのだ」


 それを受け、組合長は「ふぅん」といった様に軽く頷いた。

「商売抜きでかい?」

「それは二の次だ。まずはユーザーの幸福が最優先。それが得られなければ報酬を受け取る資格は無い」

「そりゃあ親父さんの教えかい?」

「そうだ。我が社の社訓でもある」

「社訓だぁ? がははっ! わはははははッッ!!」

 組合長は突然、大声で笑いだした。

 まさに爆笑。文字通りの大爆笑だった。


「何がおかしい?!」

 苛立つ六花を逆なでするように、組合長は笑い声で言葉を詰まらせる。

「ど、どの口がいうんだよ幻夜げんやの野郎。自分のやったことを棚に上げてよく言うぜ!」

「どう言う事だ!? 何を言っている!! 戯れるのも大概にしろ!」

「ふふふ、これが二つ目だ。俺に勝ったら教えてやるよ」


 俺には正直よくわからなかった。

 なんで組合長は自ら剣呑な空気を作ろうとしているのかが、わからない。

 組合長は普段から下品でデリカシーのないおっさんだが、まっすぐな男だ。

 こんな嫌らしい事を言ったり、したりするようなひとじゃない。


 でも、六花に対しては単なるムカつくおっさんを様に、俺には見えた。まるで挑発しているようだ。

 兎にも角にも、俺はこの空気になんとも言えない複雑なモノを感じていた。


 六花がそれをどう受け止めているのかはわからないが、決して穏やかに……とはいかないだろう。


 やらなければ終わらない。


 表現の仕方はそれぞれ違うかもしれないけど、この場にいる全員が同じ思いだったに違いない。

 その中心に立つ少女もまた、そう感じ、そのために動こうとしていた。


「……その時、貴様がまだ口がきけたのならば、訊こう」

「ヤル気になってくれたかな?」

「寸鉄も帯びない者を相手にするつもりはなかったが、貴様は別だ。武器を取るなら今のうちだぞ」

「本当にわかってないね、お嬢ちゃん」

 組合長はぐっと拳を握り、突き出した。

 まるで鉄の塊のような拳だ。

「武の極限に至れば得物えものの有無は問題じゃねぇ……って、親父に教わらなかったかい?」

「初耳だな」

「じゃあ、おじさんが教えてやるよ」

「……笑止」


 ず、ず、ず……。

 六花の構えが深くなり、ゆっくりと右手が刀の柄へと動く。

 かちゃりと涼やかな金属音がして、右手はついに柄を握った。

 そして刀身が姿を見せ始める。


 妖しい銀色の光を放つそれは、まるで自分から鞘の外へ出て行きたげに、そのを俺達に……!


 ――ついに、抜刀ぬい――!


 と思った矢先。

 組合長が突っ掛けた!


 本当に、瞬きと瞬きの間の出来事。

 さっきまでそこにいたはずの組合長が、既に六花の制空権に触れていたのだ。

はやッッ!)

 俺は思わず鳥肌が立った。


 六花の刀は厳密には未だ抜けきっていない。

 切っ先はまだ鞘の中だ。

 組合長は刀が完全に抜けきる前、このタイミングを狙ってきたのだ。


 しかし、六花は落ち着いていた。

 飛び込んできた組合長に対して冷静なのだ。

 さっきのソファーの時と同じだ。

 だから六花は斬る。

 ごく自然に、体が勝手にその動きを選択したのだ。


 その姿の一部を見せたばかりの刀身は、そのまま眼前の目標を斬るべく六花あるじの動きに合わせてひらめ……かない!


 組合長は六花の抜刀が完了する前に、自分の制空権の中に六花を捉えていた。

 剣の間合いにけんの間合いが鋭く突き刺さっている。

 六花の抜刀を組合長が文字通りにおさえたのだ。


 速すぎる!!


 六花にとって、真坂まさかの出来事だろう。

 帯刀対徒手の戦い。

 誰が見ても圧倒的な条件差はそのじつ、組合長にとっては有って無いようなものだったのだ。


「ッシャアッッ!」

 組合長は深く踏み込み、万端に構えたその右拳を六花に向けて………!

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