第23話 カラテカ!!

 『空手カラテ』と言われても、正直ピンとこない。


 それもそのはず、この時代では武道や武術の類は既に過去の遺物とかコミックの中の要素エッセンスと化していて、それでもやってるヤツは健康維持の為か、ただのもの好きぐらいのものだ。

 だって戦闘のメインは銃だからね。


 とはいえ近接戦闘が無意味というわけでは無いので格闘系のシュライバーが数多く存在するのも事実。

 俺はスピード感溢れるボクサースタイルシュライバーが好みだけど、中にはカンフースタイルやサブミッションスタイルを好むやつもいる。

 そういうシュライバーを使いこなす為のトレーニングは必要不可欠だから、みんな影で色々と頑張ってるわけだけど、組合長はちょっと違った。


 組合長はシュライバーと融合して、することを目標にしていたのだ。

 つまり、自分の肉体を極限まで研いで研いで研ぎ澄まし、自らを武器と化す『空手』という格闘技を極め、それをシュライバーにも要求していたのだ。


 組合長のシュライバーは『人工筋肉』で出来ている。人工筋肉は再生医療と培養技術の発展がもたらしたある種の奇跡だ。


 それは自分の筋肉ではないのに、移植すれば自分のもののように融合していく特性がある。だから鍛えれば強くなるし、放っておけば弱くなる。

 ……だから、空手がいい。

 組合長はそう言う。


 ここ数年で人工筋肉に関する技術は飛躍的に伸びてはいるものの、平均的な融合率は40%にも達していない。

 しかし、組合長の人工筋肉融合率は99%だというから驚きだ。

 だからその話を聞いたとき、俺は眉唾モンだと半笑いで組合長に突っ込んだ。

『それがマジならフツーに自分の体と変わらないじゃん』と。


 でも、組合長は「違うんだなこれが」と自慢気に笑って言った。

「こいつはあくまでシュライバーだ。鍛えれば鍛えるほど強くなるシュライバーだ。自分で考え、最善な成長を選択して強くなっていくお利口さんなシュライバーなんだよ……」


 だから組合長は鍛える。とにかく鍛える。

 拳を鍛える。筋肉を鍛える。精神を鍛える。シュライバーを鍛える。

 石の詰まったサンドバックを素手で何時間も殴り続ける。

 束ねた竹に貫手をかましまくる。

 全身を灼やけた鉄のように打って打って打ち尽くすように、文字通りに鍛えるのだ。


 それがどういう意味かは、組合長のあの体と身体能力を見ればよーくわかる。

 あの話は……自己成長と筋肉融合率の話は、本当だったのだと。




 組合長が六花めがけて飛び出し、まず繰り出したのは『蹴り』だった。


 しかし蹴り飛ばしたのは六花ではなく、近くに横たわっていたソファーだった。 

「ッシャアイイッッッ!」

 気合一閃! いかにも重そうなソファーを組合長は軽々と蹴り飛ばしたのだ!


 ごどかぁっ!!


 というダンプカーの衝突事故のような轟音とと共に、重たそうな三人掛けのソファーが大砲の弾のように六花へと発射されたのだ。


「またか!」

 しかし六花は避けようともせず、

「小賢しい!」

 あろうことか飛んでくるソファーめがけて突っ込んだのだ。


「うわあアホかお前避けろおおお!」

 俺の絶叫も虚しく、六花はソファーに激突して、そのまま撥ね飛ばされ……なかった。


「たあああっ!!」

 彼女のものとは絶対思えない、雄々しい雄叫び一閃。

 力強く踏み込んだパワーもそのままに、彼女は抜刀せずに刀の柄を思い切り振り上げ、飛来するソファーにそれをぶつけてそのまま真上へと打ち上げてしまったのだ。


 バキィッ! と凄まじい打撃音。

 彼女の小柄さが嘘のようなものすごいアッパーカットだった。

 なにせ、あの重たそうなソファーが誇張抜きで真上に吹っ飛んでしまったのだから。


 どががががっ!!


 天井までぶっ飛んだソファーが天井板を粉砕して突き刺さり、その代わりにバラバラになった天井板がそのまま落ちてきた。

「うわっ! マジかよ?!」

 俺は落ちてくる瓦礫から逃げながら、ここは戦場かと思うほどの破壊の中に立つおっさんと少女に惚れ惚れしてしまった。


「……ははっ! すげ〜!」

 思わず笑ってしまう荒唐無稽さだ。

 すると、いつの間にかA子ちゃんが俺のそばにやって来ていた。

「……ハナさん。どちらが勝つか、賭けませんか?」

 おしとやかな声でいけないお誘いをしてくるA子ちゃん。

「いいよ。A子ちゃんはどっち?」

「組合長」

 だろうね。普通はそうだ。

 でも、あいつはどうやら普通じゃない。

「俺は六花」

 するとA子ちゃんはうん、と頷いて

「面白くなりそうです」

 と言ってほんの微かに笑みを浮かべ(たような気がした)、瓦礫の中に立つ二人へと目を向けた。


 瓦礫が埃を撒き散らしながら飛び散りまくる中、組合長は楽しそうに口角を釣り上げ、感嘆の声を漏らした。

「やるねぇ、お嬢ちゃん」

 対する六花は警戒を弱めることなく、声を張った。

「……組合長、止やめにしないか」

 ここまでやっといてからの停戦要求は決して組合長の馬鹿力に臆したからではないだろう。六花からはそんな弱気は感じられない。

 それは組合長も分かっているだろう。


「やめろと言われてやめられるほどピュアじゃねぇよ」

 だから組合長はそう言うが、当の六花はゆっくりと首を横に振った。

「私はこれ以上やりたくない。これ以上やればどちらかが無事にはすまない。私は喧嘩をしに来たわけではないんだ」

 六花は静かに構えを解いた。


 刀こそ手にしたままだが、戦意は一旦下げている。

 組合長はそれを見て、わざとらしく「うーん」と唸って見せた。

「ならよう、お嬢ちゃんが思わずヤりたくなる情報を2つやるよ」

 訝しむ六花をよそに、イヤらしいにやけ面で組合長が右手先でVサインを作るようにして言った。


「まずひとつ。お嬢ちゃんが探してるヤツを俺は知っている」

 六花の眉がピクリと動いた。しかし、それ以上の反応は見せない。

「ふたつ目は、むかーし昔、お嬢ちゃんの親父さんと俺は大の仲良しだったが、つまらねぇことが原因で大喧嘩したことがある」


 そう言って、組合長はランニングシャツを脱ぎ捨てた。

 そこで六花の顔色が変わった。

 組合長の胸から下腹部にかけて、大きな傷跡があったのだ。

 それは明らかに刃物で斬られた跡……刀傷だった。


「そん時、お前さんの親父……幻夜げんやの野郎にやられたんだよ。痛かったぜぇ? なんせ内臓がちょびっと出ちまうくらいだったからな」

 組合長は思い出話をするように語るが、どう考えてもいい思い出ではない。でも、組合長は笑っていた。

 それを見た六花は表情を強張らせ、その傷を凝視したまま動かない。

 絶句していた。


「……蛙の子は蛙だな。お嬢ちゃんは幻夜あいつにそっくりだよ」

 組合長は言葉を零すように呟いた。

「てぇことは、あの頃から幻夜は何も変わってねぇってことだ。あの薄っぺらい博愛主義的な考え方も、自分勝手な幸福論も、そのままお嬢ちゃんに受け継がれちまったって事だなぁ」

 それを聞いて、六花の顔が変わった。

 というより、目つきが段違いに鋭くなったのだ。

「……父を嘲るか? それは橘そのものを侮辱する事に他ならないぞ」

 それを聞いた組合長は、心底楽しそうに……いや、虚仮こけにするように、笑って言った。

「してんだよ、お嬢ちゃん」

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