第22話  肉体とシュライバー

 組合長め、あの感じの悪さはなんなんだ?

 普段は気のいいオッサンなのに、あれじゃただの偏屈親父じゃないか。


 あの後、俺と六花は先に事務所へ戻り、組合長を待つことになった。

 事務所の奥に置かれた安物のソファーに腰を下ろし、浮かない横顔を見せる六花になんとも言えない所在なさを感じる。

 彼女の表情の原因は、組合長のあの態度が原因に決まっている。

 初対面であんなに邪険にされたら、そりゃそうなるわな。


「あのさ、組合長って普段はもっとだらーっとしてて、あんなにピリピリしてないんだよ。でも今日は虫の居所が悪いのかな? あの人があんな風なのって珍しいよ。きっと博打ギャンブルでスッたかなんかしたんじゃね?」

 俺は組合長をフォローしようと六花に取り繕うが、六花は目を伏せたまま首を振った。

「いや、致し方無いのかもしれない。……組合長はおいくつだ?」

トシ? たしか60になるかならないかだったと思うけど、なんで?」

「そのくらいの年齢層は日本人への反感が強い」

「日本人差別か? もうそんな時代じゃないって。もしそうだとしても、組合長はそんなことでウダウダ言うような人じゃないよ」

「勿論、それはあくまで要素の一つかもしれないと言う程度の事だ。本質は多分……」

「なんだよ。勿体つけんなよ」

「……組合長は私の素性を前もって知っていたんだと思う」

「ええ~? そんなわけないだろー」

「これを見てみろ」


 六花が千鶴さんからもらった端末を操作し、ディスプレイを俺に向けた。画面は今朝の朝刊だった。

「なんだよ、ニュース?」

「読んでみろ」

「……橘製作所社長の長女、数日前から行方不明。誘拐か? って、おいおいこれお前……しかも1面じゃねーか!」

「えらい騒ぎになってしまった」

「そらなるだろ! 世界的企業の御令嬢なんだから!」


 そこで俺はハッとした。

 六花が妙に焦りだしたのは千鶴さんにケータイをもらった直後からだ。

 つまり、彼女はこの記事を見て一刻も早く目的を達成しなくてはいけないと感じて焦りだしたのだ。

 それってつまり……


「なあ六花。一応聞くけど、お前ここに来ること、ウチの人に言った?」

「言ってない。子供扱いするな」

「じゃあ黙って出てきたってことか?」

「そうだ」

「それって家出じゃね?」

「言い方を変えればそう受け取る者もいるだろうな」

「黙って出てきてんならウチの人が心配すんの当たり前じゃね?」

「……まぁ、うん」

「それと念のため聞くけど、例の……行方不明のシュライバーも無断で持ち出したとか……?」

「……」

「……そうなの?」

「……」


 この沈黙はイエスのそれだ!

 yes! yes! yes!!


「ヤバくね?」

「……そうだな。色々と深刻だ」


 世界的大企業の企業秘密を黙って持ち出した家出同然の社長令嬢(16歳)をかくまう25歳無職男性つまり俺ってやばくね?

 ねえねえヤバくね?


 俺がひっそりと青ざめていると、背後から組合長の声が降ってきた。

「心配ねぇよ」


 組合長はいつもの安っぽいシャツとジャケット姿で現れた。

 さっきの農作業着も中々似合っていたが、やはりこっちの方がしっくり来る。

 そんな見慣れたおっさんは並んで座る俺達の正面のソファーに腰を下ろし、もう一度「心配ねぇ」と繰り返した。


「jpの奴等は新聞なんか読まねぇし、第一その新聞は日本国内向けだろ? ここの連中はここで起きてる事にしか興味ねえよ」

 そういう意味では心配ないかもだけど、そこに俺の心配は……入ってないよねー。

「けどな、お嬢ちゃん」

 組合長は意味ありげな深い笑みを浮かべ、A子ちゃんが持ってきたコーヒーに口をつけた。

「俺の様なインテリは別だ。だからあんたの事も知ってるよ」

「……左様か」


 なんか、空気悪ぃ。

 剣呑って言うか、険悪って言うか、居づらい雰囲気だ。


「……で、日本みたいなキレイな所から、こんな薄汚ねぇ街まで何しに来たんだいお嬢ちゃん。家出ならもっと近所でもよかったんじゃねえの?」

「……」

 六花は黙り込んでしまった。

 何かを耐える様にして、身を固くする六花。 俺は堪らず、二人の間に割って入った。

「ちょっとまてよ組合長。さっきから感じ悪すぎねぇ? あんたみたいなオッサンがそんな風にしてたらさ、女の子がビビんの当たり前だろ」

「ハナよ、お前は黙ってろ」

 組合長は威圧するような声色で言った。

 その表情は険しく、初めて見るそれに俺は気圧され、二の句を失ってしまった。


 唐突に訪れた静寂。

 しかし、それはすぐに破られる。

「……では、お話しよう」

 六花が静かに姿勢を正して胸を張り、声を発したのだ。


ず、くだんのシュライバー破壊魔は私ではない。私がここに来た目的は人探しだ。とあるシュライバーを修理できる職人がこのjpに居ると聞き及び、やって来た。その件であなたの力をお借りしたい」

 彼女の声には張りがあり、その強さは失われていない。

 まっすぐな瞳は臆す事なく組合長に向いている。


 しかし、組合長は岩のようにずっしりと構え、動かない。

「協力? その人探しに協力しろってか? 第一、なんで俺なんだい?」

「ハナや千鶴さんから、貴方ならばきっと力になってくれると……」

「ハナはともかく、千鶴の推薦となれば話は別だが、あんた千鶴とも知り合いなのかい? 」

「彼女は命の恩人だ。ちなみにハナとは成り行きで知り合った」

「ふぅん、そうかい」


 組合長は腕を組み、低く唸った。

「そもそものところからいこうぜ。ここまでのいきさつって言うか、流れっていうか。なぁハナ」

「ハナ、頼む」

 二人の視線が俺を同時に捉えた。

「……わかったよ」

 取り敢えず、俺はここに至るまでの経緯を簡単かつ分かりやすくまとめ、組合長に説明した。

「俺が六花に殺されかけたんだけど六花が死にかけたんで千鶴さんに助けてもらって、そこで色々あって、ここにきたってわけ」

「全然わかんねぇよ」


 組合長はふん、と鼻をならして六花に視線を集中させた。

「分からなくてもまあ、構わねえ。ハナの説明なんかにゃ期待してねぇしな」

 その台詞に俺は深く傷付いた。

 が、それは置いといて話は続く。


「俺が知りたいのはあんたの事だよ、お嬢ちゃん」

「私の事?」

 組合長の脂っぽい顔面がぎらつき、普段はやる気のない細い目が嘘のように鋭くなった。

「俺と立ち合ってみないかい?」


 組合長が何をいっているのかよく分からなかったが、一変した場の空気がただ事ではない事を報せてくれた。


「……立ち合う? 何故?」

 六花の言葉は戸惑っている様子だが、心は冷静だったのだろう。

 さっきまでの少女然とした瞳が、今は別物の鈍い光を放つそれに変化していたのだ。

「確かめてぇのさ。が錆びてねぇのかどうかをよ」

 組合長は六花の刀を指差して不敵な笑みを浮かべている。

 六花は背筋を伸ばしたまま、その不気味なを真正面から受け止めていた。


「貴方は我が『兵法橘流』を御存知なのか?」

「むかーしむかし、橘さんとちょっと揉めた事があってね」

「……詳しくお聞かせ願いたい」

「俺と遊んでくれたら教えてやるよ」

「剣は遊びではない。怪我では済まないぞ」

「やる前から勝った気かい? 大人をからかっちゃあいけないよ」

「丸腰の貴方に何が出来る。貴方こそ戯れるのも大概にせよ。私を子供と侮るか? 不愉快だ」

「不愉快なのはこっちだよ……お嬢ちゃんッッ!」


 がんッ!


 と、いきなり響く轟音!


 突然、俺達と組合長の目の前にあったテーブルが轟音と共に宙を舞った。組合長がテーブルを蹴り上げたのだ。


 天井近くまで真上に舞い上がったテーブル。

 乗っていたコーヒーカップ達はあちこちに飛び散り、俺は驚いた勢いでソファーから転げ落ちたが、六花は素早く飛び退いて態勢を崩す事もなく身構えた。


「ッチィイイッ!!」

 組合長の口から激しい気合いの様な音が鳴った。

 なんと、組合長は落下してきたテーブルをまるでサッカーのボレーシュートのように思い切り蹴り飛ばしたのだ!


 何やってんだよ!? と叫びそうになったが、六花は冷静だった。

 冷静に状況を見極め、刀を抜いたのだ。

「ヤァァッッ!!」


 気合一閃! 六花はまるで落雷の様な激しい掛け声と共に抜刀!

 そして高速で飛び掛かるテーブルを軽々と真っ二つに両断したのだ。

 左右に別れたテーブルは六花を避けるようにしてそれぞれ吹っ飛んでいった。


 まるで映画のサムライそのままの見事な居合抜きだった。

 目にも止まらぬ抜刀はさることながら、その後の整えられた納刀の所作も最高にクールだった。


 組合長はいつの間にか六花との距離をとり、睨み合うには十分な位置で六花に向けて感心するような表情かおを向けていた。

 その時にはもう、組合長と六花は敵同士として対峙してしまっていたのだ。


「お、おいおいやめろって!」

 俺は枯れそうな声をなんとか絞り出して警告した。

「なんで喧嘩になるんだよ?  怪我してからじゃ遅いだろ。もし万が一の事があったらどーすんだよ!」

 俺の必死の呼び掛けに反応したのは六花だった。

「ハナの言う通りだ組合長。 私とて無駄な争いはしたくない」

「違う違う! お前が危ねーって言ってんだよ、六花!」

「……なに?」


 六花がいぶかしむのも無理がないけど、俺は別に変な事は言っていない。

 純粋に六花が危ないと思って、老婆心でそう言っているのだ。


 すると、その危ない事をするであろう張本人である組合長がジャケットを脱ぎ捨てて、ネクタイを外した。

「人を見た目で判断するようじゃあ、まだまだだねぇお嬢ちゃん」

 そしてシャツのボタンを外し、脱ぐ。


 すると、そこに現れたのは下着のランニングシャツが肌に張り付いているのかと見紛うほど筋骨隆々な組合長の姿だった。

 いまにも張り裂けそうなランニングシャツの悲鳴が聞こえてきそうな、ボディービルダー真っ青の鍛え込まれた全身の筋肉がその存在感をこれでもかとアピールしている。


 一見すると小太りなおっさんだが、脱いだらスゴい組合長。

 この街の人間ならみんな知ってる組合長の真の姿だが、初見の六花には相当ショッキングな光景だったようだ。

 あまりにも意外な変身すがたに、六花の声が上擦った。

「な、なんだあの筋肉からだは!?」

 まるで鋼鉄……ッ!と、六花は顔をひきつらせて呟いた。


 組合長は『フフ……』と不敵に笑うが、ガチムチ過ぎる気持ち悪い見た目とその笑い方がさらに不気味で、俺は悪夢でも見ている気分だった。


「さぁ、お嬢ちゃん。これならいいだろう」

「ッ!!」

 六花が警戒している。それは組合長を危険な相手と認めているのだ。

 彼女は身構え、左手が腰の刀に触れている。

「……念のため聞きたいが、宜しいか」

「なんだい?」

「その姿、相当な怪力とお見受けするが……得物えものは?」


 得物とはつまり武器だ。

 六花なら日本刀がそれだけど、組合長は違う。

 だから組合長は右の拳を握って突き出し、

「コレだよ」

 と言って笑った。

「鍛えぬかれた五体全てが武器……これでも立派なシュライバーだぜ」


 それは、俺も何度か見たことがあるけど未だに理解できない組合長のシュライバー。

 どう見ても生身なのに、それはシュライバーだという。


「自己成長型人工筋肉……わかるかい? お嬢ちゃん」

 組合長に問われた六花が、ごくりと息を呑む。

「まさか……自律自動機械式人工筋肉搭載型義肢オートマチック・ゼロ……か?」

「ご明察」


 六花の構えが深くなった。同時に、ぶつかり合う殺気の濃度も濃くなっていく。

「でもな、俺の得物はなんだよ」

 そう言って、組合長はもう一度拳を握って見せた。

「四十年間鍛えに鍛えた傑作だ。後学のためにもよーく見とけよ、お嬢ちゃん」


 六花が明らかな構えを見せた。

 いつでも抜刀できるその体勢と緊張に、この拮抗が間もなく終わる、破られる事が約束されているに違いない。


 組合長は深い呼吸と共に構えた……それは、始まりを報せる警報あいずだ。

「これが俺の得物……空手カラテだぜ!」


 そして、組合長は六花めがけて飛び出した!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る