第21話 おやじVSじゃりん子

 ということで組合事務所へ向かうこととなった俺と六花。


 午前10時。天気は晴れ。


 俺は今、なんと16歳の美少女と肩を並べて街を歩いている。

 傍目から見たら年の差カップルのデートに見えるんだろうか。仲睦まじい2人はそれだけで尊い。


 彼女のすらりとした指先はあちこちを指差して、俺に尋ねる。

「あれは何?」

 彼女はいわば異邦人。見慣れない街が物珍しいようで、とても楽しそうだ。

 ああ、この時間がずっと続けば良いのに……


 なんて、言うと思ったか?


「おい聞いているのか?  あれはなんの店だ?」

「……牛丼」

「じゃあ、あの店は?」

「……ハンバーガー」


 六花はさっきから食い物の店にばかり興味を持ち、あの店はなんだこの店はどんな物を出すのか美味いのかどうなのか云々とうるさいことこの上ない。


「ハンバーガーか……噂には聞いていたが、多種多様な店舗があるんだな。しかも、そこら中にあるではないか」

「は? 日本にはハンバーガー屋とか無いのか?」

「無い。ファーストフードの類いは蕎麦屋かうどん屋がその役を担っている」

「マジか……」

 うどんちゃんなら大喜びしそうだけど、俺は嫌だな。


「なんで蕎麦とかうどんばっかりなんだよ」

「政府の方針だそうだ。科学技術や学問は別として、所謂いわゆる洋式なものは普段の生活からは極力遠ざけられている。それが日本人の持つポテンシャルを最大限に引き出すとかなんとか。勿論、ある程度の西洋文化も認めてはいる。理想は江戸末期から明治、大正にかけての大衆文化だそうだ」

「へぇー、そんなの古代文明じゃん。……でもそのわりに六花ちゃんは西洋文化に詳しそうだね。横文字たくさん出てくるし」

「知識として他国の文化を学ぶのは禁じられていないし、言論統制をされているわけではないからな。ただ、日本に入ってこないだけだし、国民も他国の事にさして興味がない……というより、そうなるように誘導されているんだよ」

「ふーん。つーことは、六花ちゃんは興味があるんだ。他の国のこと」

「……」


 突然、六花は俺を睨み付けるようにして立ち止まった。

「……さっきから馴れ馴れしいな。六花ちゃん、六花ちゃんと。お前は私のなんだ? 友人か?」

「ちょ、いきなり何よ?」

 突然キレられた。さすがにカチンと来てしまった俺もスイッチが入ってしまう。

「そっちこそ年上に向かって『お前』とか失礼じゃね? ガキの癖にさぁ」

「失礼はそっちだ。私はもう16だ。子供扱いするな」

「子供だろ!」

「それなら、子供相手にむきになるお前も大概子供だな」


 なんつー生意気なガキんちょだ!

 もうホントにムカッ腹が立って仕方がない。


 このままこいつをほっといて帰ってしまおうかと本気で考えたけど、さっき千鶴さんの家を出るときに千鶴さんに言われた一言が頭を過った。


「六花ちゃんを守ってあげてね」

 

 守るもなにも、こいつは性格的にも戦闘力的にも守る必要ないでしょ?

 とは、言えなかった。

 千鶴さんの表情は真剣だったのだ。

 何がそうさせるのかわからなかったけど、俺は千鶴さんの言い付けを守らないわけにはいかないな、と感じていた。


「……わかったよ。じゃあ何て呼べばいいんだよ」

「『六花』でいい。呼び捨てにしてくれ」

 ふん、と胸を張る六花。

 意外だった。

 俺はてっきり六花さんと呼べ! とか言われるかと思っていた。

「じゃあ、俺の事も呼び捨てでいいよ」

「…………」

「ハナ!」

「分かった」

 こいつ、俺の名前忘れてたな……。



 そうこうしていると、目的地のボロボロで小汚い雑居ビルが見えてきた。

「あれだ。あれが組合のビルだよ」

 俺が指差すと、六花は露骨にイヤな顔をした。

「汚いなー」

 歯に衣着せぬストレートな感想だけど、異論はない。

「あと何回地震に耐えるか、仲間内で賭けてるよ」

「ははは、それはいい」


 初めて聞く六花の笑い声は、とても爽やかだった。

 まるで鈴が鳴るように、軽やかに美しい音色が薄汚い路地裏に響いたのだ。

 俺は思わず呆然としてしまった。聞き惚れてしまったのだ。


「ん、どうした?」

 俺の様子に六花が不思議そうな顔をしている。

「え、いや……笑ったとこ、初めてみたから」

「ここまで笑う機会が無かったからな。というか、気持ち悪いこと言うなよ」

 自分でも気持ち悪い事を言ってしまったかもと感じたので二の句を失ってしまった。

「ん、まぁ、じゃあ、行くか」

 何事も無かったように装いつつ、俺が先導すると六花もそれに続いてビルに入る。


 狭い階段と薄暗い廊下を進むと、安っぽい扉が俺たちを出迎えた。

「ハナだけど、入るよー」

 軽くノックをして扉を開けると、見慣れた光景が広がった。


 組合事務所は採光の悪い部屋だけど、A子ちゃんの掃除と整理整頓のお陰で陰気な印象は受けない不思議な空間だ。

 本や書類はきっちり並べられていて、A子ちゃんの几帳面さが窺える。


 六花もその様子に意外そうな反応を見せた。

「外観とは大違いだな。私はこう、ゴミ屋敷のような事務所を想像していたが……」

 すると、A子ちゃんが自分の机から立ち上がり、俺達のところまで出迎えに来てくれた。


「……」

 彼女の声は小さすぎて相変わらず言葉が聞き取れないが、いらっしゃいませ的な事を言ってくれている。

「おはようA子ちゃん。組合長、いるかな?」

「……」


 聴覚マイクを指向性に切り替えてようやく彼女の声は拾える。

 それでも小さな声だが、A子ちゃんは「畑です」と、言った。

 すると、六花が驚いたような声を上げた。

「畑? そんなところがjpここにもあるのか?」


 突然の事に俺も驚いたし、A子ちゃんも驚いて……いるような気がした。

「ええ? この子の声、聞こえたのか?」

「勿論だとも」

 六花は一旦姿勢を正し、A子ちゃんとしっかり向き合った。

「突然お邪魔して申し訳ない。橘六花と申します。 組合長にお目通りをお願いしたく、参上した次第です」

 六花はこういった事には筋を通す性格なのだろう。普段の横柄さが嘘のような礼儀正しさだった。

 A子ちゃんもペコリと頭を下げて、「A子です。AはアルファベットのAです。宜しくお願いします」と応えた。

「……しなに」

 アルファベットのAの下りが引っ掛かったみたいだけど、それは俺が後で説明しておく事にしよう。

「ありがとA子ちゃん。じゃ、畑行ってくるわ」


 そうして一旦事務所を離れる俺達。

 畑はビルの裏にあるので階段を下り、一階へ。そして裏へと通じる鉄扉を開けると、六花は感嘆の声を上げた。

「おお、これは見事な畑だ」


 裏庭の畑はそれほど広いものではないけれど、様々な野菜が栽培されていた。

 薄暗い路地裏という立地が嘘のような陽当たりで、この街でここだけ土の匂いがする。

 そんな切り取られた自然空間に溶け込むように、ひとりのおっさんが佇んでいた。

 土だらけの作業着と長靴がリアリティを増幅させていて、いい感じのおっさん具合だ。


「おう、ハナか」

 その ハゲかけた小太りのおっさんこそ我らがシュライバー管理組合の組合長。

 事務所にいるときは脂っぽいおっさんだが、畑にいるときは……変わらず脂っぽいおっさんだ。


「どうしたハナ。つーかお前、仕事に進展はあったのかい?」

「あーいや、あるといえばあるんだけど、無いといえば無いかな」

「どっちだよ? がはは!」

 組合長は相変わらずの親父臭さで近づいて来ると、六花に気が付き足を止めた。

「ん? お嬢ちゃん……」

 そして、くんくんと鼻をならして匂いを嗅ぐような仕草を始めた。

「な、なんだこの男は!」

 そのキモさに六花は堪らず後ずさるが、組合長は更に続けた。

「くんくん、ン~……いいねぇ」

「うわっ! やめ、やめろ!」

 俺の背後に隠れる六花は、完全に怯えている。

 しかしこのおっさん、何の悪ふざけなんだろうか?


「ちょいちょい組合長、やめとけって。捕まるよ?」

 俺もさすがに見過ごせないのでやめさせようとしたその時、組合長はニヤリと口角を吊り上げ、気持ち悪い笑みを浮かべた。

「お嬢ちゃん、生身なまみかい?」


 意味深で薄気味の悪い台詞だが、何を言っているのかはすぐにわかった。

 俺達みたいな仕事をする連中の使う隠語で、生身とは使の事を指す。


「最近じゃあ珍しいね。シュライバーのシの字も無ぇ奴なんてな」

 組合長は六花がシュライバーの装着者マニピュレーターじゃないことを匂いだけ……かどうかは定かではないけど、とにかく看破したのだ。


「あ、あなたが組合長なのか?」

 俺の背後に隠れたまま、六花が顔だけ出して言う。

「そうだよ。いきなり怖がらせて悪かったなお嬢ちゃん。お詫びにこれやるよ」

 組合長は畑で採れたての大根を差し出し、六花はそれを受け取った。

「おお、これは良く締まった立派な大根だ」

 受けとるのかよ?! 土ついてるのに!

 という突っ込みは取り敢えず置いとこう。

 組合長はふふ、と空気が漏れるような声で笑った。

「……ここで野菜が採れることがそんなに意外かな? お嬢ちゃん」

 大根を鑑定するような六花の目と手が止まった。

「こんな荒れ果てた土地じゃあペンペン草も生えねぇとか思ってたんじゃねぇのかい?」

 相手をおちょくるような口調だった。

 組合長はこんな嫌らしい事を言うような人間ではないが、なぜかめちゃくちゃ感じが悪い。

「……思っていたよ。jpの野菜は全て工場で人工栽培だと聞いていたからな」

 六花は組合長の感じ悪さに気圧される様にして答え、組合長は押し潰すようなプレッシャーをそのままに続けた。

「まあ、仕方ねぇ。の学校じゃあこんな事ァ教えてくれねぇだろうしな」


 六花の瞳が一瞬鋭くなった。

 俺も彼女もまだ何も言っていないのに、組合長は六花を日本人と見なしている。

 六花が警戒を密にしていくのが手に取るように感じられた。


「……申し遅れた。橘六花だ。宜しなに」

 六花が自ら自己紹介すると、組合長もそれに応えた。

「俺は……まあ、『組合長』って呼んでくれ。名前なんて長いこと使ってないから忘れちまったよ」


 嘘かホントか、そんなことを言いながら組合長は六花と俺の間を割り込むようにしてビル内へと続く鉄扉へと向かった。

 そしてその取っ手に手をかけると、そのままで言った。

「話は事務所で訊くよ。着替えてくるから、事務所で待ってな」


 そう言い残し、組合長はビルの中へと消えていった。

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