第18話 僕がやりましたと言えなくて

「……え? 俺?」


 千鶴さんは全部分かってて、そう言っている。


 じとーっとした目で、あなたねぇ……と呆れた様に、それでも許してくれるあの顔で……いや、許してくれないときもあるけど。



 なぜ千鶴さんがを言うのかというと……一週間ほど前、俺はある物を拾った。

 頑丈そうな鍵のついた、立派な箱だった。


 落し物は警察へ届けるのが世の習わしだけど、生憎あいにくjpの警察はあまり信用できないので、俺は個人的に持ち主を探すことに決めた。


 そうと決まれば即実行。まずは何が落ちているのかを確かめねばと、鍵を銃で撃ち壊して箱を開け、中身を確認。


 シルクの袋に入ったそれは純白とも見紛う程、眩しく輝く銀色のシュライバーだった。

  試作品プロトタイプなのか、塗装や人工皮膚皮膜処理はされていなかった。しかし、それが故の一点の曇りもない鏡面……これが完成品と言われても、俺は納得してしまう。


 関節回りも丁寧で、指先に至るまで妥協の無い見事な逸品だった。

 しかし、起動はしなかった。そもそもスイッチの類いが無い。


 見た事もない不思議な造形に心惹かれ、俺はこのシュライバーをどうしても使ってみたくなってしまった。

 持ち主に返すのはそれからでも遅くない。


 そう考えた俺は最も信頼のおけるメカニックである千鶴さんに修理を依頼した。

 千鶴さんもそのシュライバーをひと目見て琴線に触れたのか、修理代は要らないから弄らせろと言ってノリノリで預かってくれた……それが昨日の晩に千鶴さんと話をしていた『アレ』の正体なのである。


 六花の言ってるシュライバーがもしそれなら……。


 そこで突然、六花が涙声でぽつりと呟いた。

「……盗まれたシュライバーはまだ世に出る前の試作品だ。機密保持の為に特殊な鍵付きの保管箱に入っていたが、箱の鍵は銃で撃ち壊されていた。箱は路上に放置されていたが、中身は当然のように消え去っていたよ……まさか鍵を銃で破壊されるとは想定外だった……」

 そして彼女の嗚咽と共に、一粒の涙がテーブルに落ちて砕けた。


 安心してください!

 そのシュライバー……ここの地下にありますよッ!


 なんて言えるわけない。


 くだんのシュライバーは千鶴さんの地下工房で修理中との事だ。

 今頃バラバラにされて、千鶴さんの可愛らしい指先で丁寧に丁寧に直してもらっていることだろう。

 つまり、すぐには返せないわけだ。


 俺は六花の肩を励ますようにポンポンと叩いて、

「大丈夫、きっと見つかるって」

 と、確信に満ちた笑顔で励ました。


 その様子を呆れ顔で見ていた千鶴さん。

「事情はわかったわ。その件はこれからなんとかしていくとして……六花ちゃん、私たちもあなたを探していたのよ。というより、探していたのがあなただったみたいって言った方がいいかしらね」


 千鶴さんが言うと、六花は不思議そうに顔を上げた。

「私を? どういうことだ?」

「今ね、この街に所謂いわゆる『辻斬り』が出没してるの。不幸中の幸いで死人は出てないけど、ここ一週間で何人も被害にあってるわ」

「……まさか、その犯人が私だと?」

「決めつけるつもりは全く無いわ。ただ、被害者はみんなでやられてるの。だから、あなたの刀で……」

「違う」


 六花は断言した。その表情には微塵の動揺もない。

「それは私の仕業ではない。そういうことなら、むしろ私も被害者だ。私も襲われたんだよ」

「あなたも? どういう事?」

「どうもこうも、言葉の通りさ。不意を突かれたこともあるが、賊の素早い動きに対応しきれずにその場での戦闘は回避したが……あの人間離れした機動力はそれに特化したシュライバーに違いないと踏んで警戒していたところにが現れたからな」

 そう言って、六花の視線が俺に投げられた。


「思わず先手を打ってしまったが、そいつは私を襲った奴じゃなかった。もしそいつがあの賊ならば、私が今ここにいるわけが無いからな」

 そう言って、六花は少しだけ自嘲するように笑った。

「……私はjpここに来て以来、出来るだけ身を隠して情報収集に徹していた。ましてや、私から誰かを襲う理由もない。つまり、その辻斬りは私ではないと言う事だ」


 六花の様子に嘘をついている素振りはなかった。事実、集音器マイクで彼女の心拍数を拾っているが、これといった異常なし。


 ふと千鶴さんに目をやると、彼女の耳にいつの間にかワイヤレスイヤホンのようなものが装着されていた。

 と言っても超小型の補聴器のようなそれはパッと見では装着けているかどうかは分からない。


 あれはのシュライバーで、相手の声や心音を集音して分析し、対象の心理状態……主に虚偽を見破る補聴器型シュライバーだ。

 その名も『エンペラーカード』!

 通称『イーカード』とも呼ばれる特殊なシュライバーだ。


 イランで開発されたそれは古代から中東に伝わる人心操作術の理論をベースに心理学や行動学のデータを盛り込み、「音」だけから相手の深層心理を紐解くという恐ろしいシュライバーなのだ。

『エンペラーカード』は主に政府機関にしか流通していないシロモノなのだが、一体どこから入手したのか、さすがは千鶴さんだ。


 千鶴さんは六花の話を聞き終えると、何かを咀嚼するような間を置き、言った。

「分かったわ。私はあなたを信じる。でも、私だけの判断ではこれからどうすればいいか決めかねるわ。だから、今からハナくんと2人だけで少し話をしても良いかしら。彼の意見も聞きたいの」


 千鶴さんの申し出に六花は素直に頷いた。

「私は構わないよ。……外そうか?」

 椅子から立ち上がろうとする六花だったが、千鶴さんはそれを制した。

「いえ、あなたはここにいて。私達が外すから、ここで少しだけ待っていてくれないかな」

「分かった。ただ、待つ間に少しでも情報を集めたい。jpにもネットはあるんだろ? 端末を貸して欲しい。 どうやら賊との戦闘の際に無くしてしまったようでな、見当たらないんだ」

「端末を?  それは困ったわね」


 そう言って、千鶴さんは戸棚の引き出しからいかにも型落ちっぽい端末ケータイを取り出し、六花に手渡した。

「私のお古でよければ、あげるわ」

「え? 頂いても? いや、しかし……」

「古いのは嫌? まあ、若い子はこんな古臭いのイヤかもね 」

「け、決してそんな訳では……何から何まで世話になって、申し訳ないなって……」

「遠慮しなくていいのよ。さあ」


 差し出された端末を、六花は両手で大切そうに受け取った。

「……かたじけない」

 そのルックスとかけ離れた六花のセリフに、千鶴さんはくすくすと微笑んだ。

「私にできることならなんでも言ってね」


 その言葉に六花は嬉しそうな顔で応え、もう一度深々と頭を下げた。

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