第17話 人間とシュライバー

義肢ぎし』とはつまり義足や義手の事で、平たく言えば失った手や足の代わりになるものだ。


 その歴史は紀元前に遡る。古代インドの医学書に登場して以来、人間の進歩とともに

 容姿デザインや機能を文字通り進化させ、それは今も現在進行形で続いている。

 俺たちの扱うシュライバーは人間の肉体フォルムに寄せてあるものの性能は様々で、その能力は元の手足の比ではない。

 それでなくては実用に耐えないし、仕事にならなきゃ御飯おまんまの食い上げだ。

 でも、それはシュライバーの話。

 六花の言う『義肢』というのは、少し違うようだ。



「ねぇ千鶴さん。そのなんとか義肢ってなんなの? シュライバーの版?」

 俺の素朴な疑問に答えたのは、六花の怒声だった。

「一緒にするな! お前たちのそれと、私たちの義肢は違う!」

 ……いきなりキレられた。

 よくわからんけどなんか俺、おかしなこと言ったか?


「な、何が違うんだよ。シュライバーなんでしょ? 千鶴さん」

 千鶴さんは少し困ったような顔で、息を荒げる六花をなだめながら答えた。

「……元をたどればシュライバーであることは間違いないけど、自律自動式の義肢は純粋な『医療目的の器具』なのよ。

 神経回路システムとシンクロして自動的に動いてくれるから『オートマチック』なんて呼ばれてるけど、機能は限りなく人間の身体に近く作られているの。それが本来の義肢の役目で、あるべき姿……あなたが言う義肢はそういうものなんでしょう? 六花ちゃん」


 千鶴さんがそう問うと、六花は幾分落ち着きを取り戻していたものの苛立ちを隠すことはせずに続けた。

「橘製作所は限りなく生身なまみに近い義肢を追求し、今日まで研鑽を積んできた。しかしそれはあくまでも副産物で、私たちの求めるモノは使用者ユーザーの幸福だ。失ってしまった肉体を再現させ、失いかけた希望を取り戻す。それが我々橘製作所の存在理由であり、企業としての理念だ。

 原理や機構がシュライバーと同一であることは認めるが、それは呼び方だけで信念は明らかに異なる。我々が求める物は、人類にとって真に平和と幸福をもたらす完璧な義肢なのだ」


 そう語る六花の顏も、瞳も、すべてが輝いて見えた。

 ……ただ、俺には少し眩しすぎるよ。


「それはご立派だこと。六花ちゃんが家業タチバナを自慢に思ってるのはよく分かったよ、でも、それが何? 俺達のシュライバーだってみんなの役に立ってるよ。自分たちの道具が清く正しく最高で、俺たちの道具がまがい物の三流品みたいな言い方、やめてくんないかな」

 俺が吐くように言い放つと、六花はその表情に露骨な嫌悪感を滲ませた。

「シュライバー本来の価値は如何にヒトの動きを再現できるかであって、ましらの如く跳ね回る事ではない。ましてや、お前のシュライバーの様に爆発する必要などあるはずがない」


 六花は俺のレッグシュライバー……『天衣無縫』を指さして言った。

「俺には必要あるんだよ。食っていくためには必要なんだよ」

「屁理屈だ。飛んだり跳ねたりだけが仕事でなはいだろう。他の仕事でも探したらどうだ」

「他の仕事なんて無いんだよ。嘘だと思うなら職安ハロワ行ってみろよ」

「詭弁だな」

「事実なんだよ。六花ちゃんみたいなお金持ちのお嬢様にはわかんねーだろうけどな」

「……なんだと?」

「何の苦労もせずにぬくぬく温室育ちしてきた天上界のお嬢様には、俺らみたいな底辺の事なんてわかんねえだろうって言ってんだよ」

「……お前に私の何が分かるというんだ。無礼者」

「何が無礼だ糞生意気な奴だな。その態度が人を見下してるって言ってんだよ」

「黙れ。それ以上愚弄すれば、斬るぞ」

「やってみろよ。そんななまくらで、やれるもんならな」

「……忠告はしたからな」


 六花が口を閉じた瞬間、空気が一気に張り付いた。

 気圧とか温度とか、そういう数値では計れない何か。

 成程、これが殺気ってやつなんだな。

 ようやく理解できたよ。

 理解できたから、俺もそれに応える事にした。

「……抜けよ」

 俺が六花の刀を一瞥して言うと、六花も俺の懐の銃を一瞥した。

「ハンデをやろう。先に抜け」

「……!」

 

 直後、俺の頭頂部で『すぱぁん!』と乾いた快音が鳴り響き、同時に破裂するような痛みが俺を襲った。

「痛ったッ!?」

 何事かと見やると、スリッパを片手に仁王立ちする千鶴さんが俺を鬼の形相で睨みつけていた。俺はそのスリッパで頭を思い切りはたかれたらしい。


「十歳も年下の女の子相手に何アツくなってんのよ!」

 千鶴さんは俺にそう怒鳴ると、今度は六花の頬をつねった。

「いたたっ!?」

 六花の短い悲鳴が響く。

「六花ちゃんも! お姉さんすぐケンカするのは良くないと思うなぁ!」

「ご、ごめんなさい……」

 まるで母親の様に叱る千鶴さんの迫力に、さすがの六花もしおらしくなってしまった。


 千鶴さんは俺と六花の間に立ち、ふうーっとわざとらしいため息を吐いて見せた。

「はい、終わり終わり。喧嘩は終わり! ハナくんは大人げなさすぎ! 六花ちゃんも怒り過ぎ! ということで喧嘩両成敗! 分かった? 分かったら二人とも握手して!」


 ……はぁ? と、俺と六花が同時に声を上げた。

「な、なんでこんな男と」

 六花がいかにもイヤそうな顔するが、それはこっちも同じだ。

「そりゃあこっちのセリフだよ。なんでお前みたいなクソガキと」

 お互いに舌戦の構えだったが、真ん中で佇む千鶴さんの気配が変わった。

「いいから、仲直り、しなさいよ」


 あ、殺気。


 びりっと張り付くような殺気それは六花の殺気とは比べ物にならないくらい強大で、なんていうか分厚い。


 瞬間、六花の背筋がピンと伸びた。

「わ、わかった」

 おぞましいまでの殺気を敏感に感じ取ったのか、流石はサムライ。

 六花が慌てて立ち上がって右手を差し出してきた。

「ち、千鶴さんに免じてだ。千鶴さんに免じて、今回は水に流してやる」

 六花はいかにも不服そうだったが、差し出した右手は指先まできれいに揃えられていた。

「……それもこっちのセリフだよ」

 俺も納得はしてないけど反省するべき点は多々あると自覚しているわけで、それに千鶴さんに嫌われたくないし、ここで和解を蹴るつもりは毛頭ない。

 俺も右手を差し出し、それらは千鶴さんの仲介によって固く繋がれた。

「うう……」

 俺との固い握手がそこまで嫌か。六花は眉をひそめて本当にイヤそうな顔をしていた。

 俺はというと、繋いだ右手の感触に言葉を失っていた。

 なぜなら、彼女の右手は驚くほど華奢で、薄く、か細かったのだ。

 少し力を入れたら砕けてしまいそうな危うさすらある。まるで薄い陶器だ。

 こんな手で、どうやったらあの重たい刀をブン回せるんだ?

 俺はふと、そんなことを考えた。

 それってちょっと……怖いな。


 ほんの少しだけ背中に冷たいものを感じていると、千鶴さんは「はい、これで良し!」と、いつもの笑顔で言った。

「とりあえずコーヒーでも淹れるわ。……ハナくんのせいで話も途中だし」

 ぐさっと刺さることを言ってくれるよ千鶴さんてば……


 でもまぁ、返す言葉もない。


 シュライバーを馬鹿にされた気がして、俺がイラついたのが事の発端なんだし。

 千鶴さんはすべてお見通しなのだ。

「……言い過ぎた。悪かったよ」

 俺は自分自身への戒めも込めて六花に声をかけたが、彼女は鼻を鳴らしてそれを一蹴しやがった。

「ふん。お前の戯言なんぞ、なんとも思ってないよ」

「お、おま……」

 俺の心に再び苛立ちの炎が湧き上がるが、六花が不意に表情を緩ませ、

「二度目の休戦だな。次は三度目の正直。覚悟しろよ」

 いたずらっぽくそう言った。

 冗談なのか本気なのか良くわからなかったが、意外な反応に俺の苛立ちは霧散した。

 一体、なんなんだよ……。


 とにもかくにも、話を前に進めなければ。

 千鶴さんは三人分のコーヒーを淹れ、俺たちは向かい合うようにして座った。


「じゃあ、話の続きね」

 再開の音頭は千鶴さんがとってくれた。

「さっき、六花ちゃんは自動式義肢オートマチックを直してくれる人を探しているって言ってたけど、その人の名前とかは分かるの?」

 すると六花は首を横に振った。

「分からない。ただ、jpにはを修理出来る技術者が居ると父や兄、それに工場で働く古参の職人から聞いたことがある」

「……お兄さんがいるの?」

「ああ。橘の副社長で、工場の技術責任者でもある。……母は既に他界し、父は病に伏せっている。だからそう遠くない将来……」

 どこか嘆く様に、彼女は言った。

「兄が会社を継ぐのだろう」


 ふーん、エリートなんだねぇ。立派なお兄さんだ事。

 俺にはどうでもいい話だけど、とりあえず話に参加しているふりだけでもしとかなきゃな。

「で? その肝心のオートマチックはどこにあるんだ?」

 俺の問いかけに、六花は目を伏せた。

「分からない」

 その返答に、俺も千鶴さんも顔を見合わせた。

「分からない? でも修理するんだろ? モノがなきゃ修理のしようがないだろ。そのオートマチック、持ってきたんじゃないのか?」

「勿論持ってきた。しかし、盗まれたんだ」

「ぬ、盗まれた?」

「一週間ほど前、私がjpに着いてすぐ……ほんの少し目を離した隙に、盗まれたらしい」

「ふ、ふーん、そ、それはたいへんなことになったねぇ」


 俺は自分の汗が冷えていくのを感じていた。

 恐る恐る顔を上げて千鶴さんを見ると、千鶴さんはジト目で俺を見ていた。

 そして一言。


「ハナくん、一緒に探してあげたら?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る