第15話 千鶴さんの内緒

「え? 何で知ってんの?」

 思わず声が上ずった。

 無理もないっつーか、何で千鶴さんがサムライちゃんの名前を?


 でも、千鶴さんは「?」って感じで小首を傾げていた。

「なんでって、何を?」

「いや、だって、今、タチバナって」

「そうよ。タチバナ

 千鶴さんは刀の根元、つばの一部分を俺に指差して見せた。

「このマーク。見たことない?」


 千鶴さんが指し示したマークは所謂いわゆるロゴマークで、菱形の中に小さな花と、独特の字体でTACHIBANAと記されていた。

「……橘製作所」

 俺はそのマークを知っていた。

 いや、でシュライバーを使っているなら知らないはずがないし、そうでなくても知らないヤツはいないだろう。


 シュライバーの産みの親と言っても過言ではない、シュライバー製作の先駆者パイオニアにして元祖オリジナル

 それが『橘製作所』だ。


 同社は『橘工房』という名前で19世紀前半に北海道で医療用義肢製作会社として産声を上げた、老舗中の老舗だ。

 橘工房は昔気質むかしたかぎの社風ながら時代の流れに沿ったモノ作りを目指し、その技術は常に最先端を求め、会社規模を拡大しながら成長を続けた。

 そして社名を『橘製作所』とする頃には生身の体と機械の四肢を生体接続させる技術を確立した世界のトップ企業へと躍り出ていた。


 今、現在のシュライバー産業の生みの親。

 創造神と崇めるヤツもいるほどの巨大企業。

 それが橘製作所タチバナなのだ。


 そしてサムライちゃんは橘六花タチバナロッカと名乗った。

 しかも自慢の刀に家紋よろしく社章まであしらっているこの特別感。


 この流れ、普通に考えれば……。


 千鶴さんは鍔に施された見事な橘のロゴをそっと撫で、呟いた。

「橘製作所の御令嬢……」

 その結論に行き着くのが自然だろう。

 俺はうん、と頷いた。

「……下の名前は『六花』ちゃんだって。橘六花って、自分でそう言ってた」


 そして俺は千鶴さんにここまでのいきさつをさっきよりは詳しく、それでいてシンプルに伝えた。

 要はあったことをそのまま説明しただけなんだけど。


 千鶴さんは俺の説明を聞き終えてから10秒ぐらい黙って、考え込むように腕を組んで眉間に皺を寄せ、ため息を吐いて、そして口を開いた。

「何が何だかよくわからないわ」

 うん、俺も。とは今更言わなかった。

 千鶴さんにもそれは十分伝わっているだろうから。


「でも、このが橘のご令嬢だって事は間違いさなそうね」

 千鶴さんはさっきの刀をじっと見つめていた。


 すやすや眠るサムライちゃんは俺達の事なんて全く気にせず、とっても気持ち良さそうだ。

 腹一杯食って寝てるんだ。そりゃあ夢見心地だろうなぁ。

 そんな彼女を見ていたら、俺も千鶴さんも考え込んでいるのが馬鹿馬鹿しくなってきた。それが表に出たのか、千鶴さんはふうっ、と大きめのため息を吐いた。

 それはなんていうか、区切りのような意味合いだったのだろう。

「……詳しい話は明日、六花ちゃん本人に聞きましょう」


 千鶴さんは立ち上がってクローゼットへ向かい、毛布を二枚持って戻ってきた。そして一枚をサムライちゃんに優しく掛け、もう一枚を俺に手渡した。

「ハナくんも今日は泊まっていきなさい。でも、あっちで寝てね」

 千鶴さんは工場こうばエリアの方を指差していた。

「えー? 床ぁ? 工作機械の間で寝るの? 寒いし暗いし嫌だよ〜」

「仕方ないでしょう。本当は六花ちゃんは私の部屋で寝かせてあげたいけど、私の部屋は狭すぎて無理だもの。かと言って女の子の側で若い男を寝かせるのも怖いし」

「何もしないって。この、まだガキじゃん」

「そういう問題じゃないのよ。もっと本質的な所よ」


 ……床で寝るなんざ10代の頃は何ともなかったけど、流石に最近は体が痛くて仕方ないんだよなーとかなんとか考えてたら、千鶴さんはキャンプとかで使う寝袋の下に敷く折り畳み式のクッションを持ってきてくれた。これは有難い。


「おお、これで寝心地アップは間違いないんだけどさ、そもそも千鶴さんの部屋行っちゃダメ? ベッドは1つで足りるじゃん」

「だーめ」

 千鶴さんはにっこりと微笑んで、両手の人差し指で可愛らしいバッテンを象ってみせた。

「六花ちゃんがいるもん。……だから、だめよ」

 と言って、どこか残念そう(俺にはそう見えた)な視線を俺に投げたのだ。


 あーーーやべーーー。

 ムラっときた。

 なんだその可愛らしさは!

 綺麗なお姉さん固有のスキルなのか??

 

 つーか『今日はだめ』とか言ってじゃん!


 ……と、心の中で叫ぶぐらいにしといて俺は猛り狂う下半身に冷静になれと言い聞かせ、ふふっとクールに微笑んであるはずのない余裕を醸して見せたけど、千鶴さんは全部お見通しなんだろうなぁ。


 ……そうだ。クールと言えば。

「あ、そうそう。今日、千鶴さんの知り合いにあったよ」

 俺がそう言うと、千鶴さんは意外そうな顔をした。

「私の? ……誰かしら?」

「栗鼠組の組長さん。今回の仕事に関係あるから詳しくは言えないけど、千鶴さんによろしくってさ。どんな知り合いなの? あ、いや、ヤクザだからとかどうとかじゃなくてね。なんか古い馴染みっぽい口振りだったから、気になってさ」

 変に受け止められたくなかった俺が慌てていると、千鶴さんは特に気にする様子もなく返答してくれた。

「ってことは、『コブラ』……見たの?」

「うんうん、見たよ。滅茶苦茶クールだった」

「それはいいモノを見せて貰えたわね。アレはもう世界に2具だけしかない超貴重品だから。私は栗鼠さんの『コブラ』のメンテナンスをさせてもっらってるのよ。それでなくても栗鼠さんは先代からのお得意様なんだから、粗相のないようにね」

 先代……つまり千鶴さんのお母さんだ。

「なるほどね。だからも知ってたんだね」

「っ!?」

 瞬間、千鶴さんの表情が強張った……様に見えたが、気のせいかと流した。


「組長が言ってたよ。『暮石くれいしさん』は元気かね? 的な……」

「やめて」


 千鶴さんの表情からいつもの穏やかさが消えていた。

 それは、明らかな拒絶の表情かおだった。

 でも俺、なんか変なこと言ったか?

「ご、ごめん、千鶴さん」

 とりあえず謝ってみたけど……千鶴さんの表情はいつもの千鶴さんには程遠い。

 まるで隠し事をするようなその暗い表情かおは、別人の様だった。


「……ううん、こっちこそごめんハナくん。私ね、その苗字……あんまり好きじゃないの」

 確かに、千鶴さんはあまり自分の苗字を言葉に出さない。

 それは前述の通り、日本人差別が端緒だろう。

『苗字』というのはの証拠みたいなもので、それだけで日本人と判断されることもあるくらいだ。

 そして千鶴さんのお母さんの世代にはその差別の被害者も少なくないという。


「まぁそういうわけだから、あんまりその苗字フレーズは出さないでね。じゃあ、私もう寝るね。おやすみなさい」

 そう言い残し、千鶴さんは足早に工場の2階にある自室へと向かってしまった。


(あー、なんか悪い事しちゃったかな……つーか、カラダ痛ぇ……)

 俺はその夜、ソファで気持ちよさそうに寝息を立てるサムライちゃんから離れた固くて冷たい床にマットを敷き、千鶴さんの事を考えながら体の痛みに耐えつつ、悶々としながら眠りについたのだった。

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