第14話 千鶴さんの秘密

 サムライちゃんはよく食った。

 とにかく食った。

「ハムッ! ハフハフッ! ゾボボホッ!!」


 熱々のお粥(雑炊と言った方が正しいかも)をおっさんのようにかっ食らい、米粒やら汁気やらを飛び散らせながらモリモリ喰いまくり、全てを食らい尽くすと糸が切れたように眠ってしまった。


 俺と千鶴さんはそれをただただ見守ることしかできなかったと言うか見てるしかなかった。

 それほどの食いっぷりというか、食い意地と言うか……とにかく、俺たちに出来ることは満腹に満たされて実に満足そうに眠るこのサムライ少女の寝顔を眺めることくらいだったのだ。


「……いやー、すげー食欲。よっぽど腹減ってたんだなぁ」

 俺が苦笑いで言うと、千鶴さんもにっこり微笑んで「そうね」と呟いた。

 そしておもむろにサムライちゃんの腰に差していた刀に触れ、大切な物を扱うように丁寧に机の上へとそれを移動させた。

「このままだと危ないからね」


 その刀は大小共に、黒い柄に黒い鞘。高級感のある深い黒は、威容すら放っている。

「それ、すごいね」

 俺が言うと、千鶴さんは「わかるの?」と意外そうな顔をした。

「いや、軽く解析スキャンしただけだけど……物凄く不純物の少ない鋼を何層にも折り返してあるからさ。それってあれでしょ? 鋼鉄を熱しては叩いて熱しては叩いてってやるんでしょ? 大昔の動画で見たことあるよ。……俺、マジでの刀って初めて見たわ」


 千鶴さんも並べた刀をじっと見つめ、頷いた。

「私も久しぶりに見たわ。昔ながらの製法で作られた、ここまでの業物わざもの……」

「すンげー手間暇かけて作るんだってね。現代技術ならもっと楽に作れそうなもんだけど」

「それをあえてしないのが日本人の精神なのよ。価値観といってもいいかもしれないわね」

「……ニッポンの精神ねぇ」

 俺はサムライちゃんの寝顔を見ながら頬杖をついた。


 ……遠い昔、日本は未曾有の大災害に見舞われた。

 らしい。

 本州の7割以上が海に呑まれ、都市機能は壊滅し、文字通りの国家存亡の危機に直面したが、当時の政治的主導者達は首都・東京の機能だけを丸々切り取り、それ以外をあっさり破棄して無傷だった北海道・札幌に首都を移して日本国を再興した。

 らしい。

 ざっくりだけど、以上が学校で習う世界史の中のニッポンだ。

 そもそも俺は学校をサボってばかりだったから、良く知らないんだけどね。

 ただ、に俺たちの街『jp』は出てこない。


 ニッポンはjpおれたちを文字通りに切り捨てて、無かったことにした。

 歴史の闇に葬り去ったのだ。

 jpに住んでる人間の中にはそんなふうに自分達を見捨てたニッポンを目の敵みたいに嫌っている奴も居ないことは無い。特に年寄りや偏った思想の奴らはね。

 だから昔はjpに残った日本人への迫害や差別みたいなものもあったらしいけど、それこそもう昔々のお話だし今はその差別も迫害もゼロではないにしろ、ほぼほぼないだろう。

 そんなすかしっ屁みたいな少数派を除けば、俺たちjpに住んでる奴らはそんな昔のことなんて、もう気にしていないのだ。


 それよりも今!

 それよりも今日!!

 今日の食い扶持にありつくことが、何より大事なのだ。


 俺はそんな小難しいことを考えているふりをしながら、本当はすやすやと寝息をたてるサムライちゃんの寝顔に見惚れていた。

 端正な顔立ちだ。ハッキリ言ってカワイイ。

 凛々しさの中にある微かな幼さがまた絶妙だ。

 さらさらと流れるような長くて黒い髪も美しい。

 まるで大昔のアニメにでも出てきそうな、典型的なサムライ少女だ。


(……日本の女の子って、カワイイ多いのかな)

 俺の視線は千鶴さんの可愛らしいお顔に向けられていた。

 なぜなら、彼女はだからだ。

 

 組合長から聞いた話では千鶴さんの両親はで、父親は知らないけど母親はjpで暮していたそうだ。でも千鶴さんが子供の頃に亡くなってしまったのだという。

 そしてそのお母さんも相当な美人だったそうだから、日本の女性は総じて美人が多いのかもしれない。


 と、そこで突然千鶴さんがサムライちゃんの刀を両手で持ち上げ、辺りを見回した。

「やっぱりここじゃダメね。そこの台の上のモノをどかしてくれないかな?」

 千鶴さんは作業台に視線を投げつつ、俺にそう言った。

「そこに置くの? そんな危なっかしいもん、その辺に置いといたら?」

 俺が床を指差すと、千鶴さんはダメダメ、と首を横に振った。

「刀は武士の魂よ。ハナくんも自分のお気に入りのシュライバーが床に放置されてたら嫌な気分でしょ? それと同じよ」

「なるほど」

 うん。返す言葉がない。

「……タマシイねえ。分からなくはないけど、そりゃまたスケールのでかいこと」

「そうね。私もそう思う」

 俺は侍の事なんて本とかネットとかの情報でなんとなく知っているだけで、北の大地ニッポンで未だにそんなもんがしぶとく生き残っているなんて正直、眉唾。

 でも、千鶴さんはちょっと違うみたいだ。

「本当に綺麗な刀ね」

 千鶴さんは刀を台の上にそっと置くと、その黒い鞘を指先で優しく撫でた。


 その表情はシュライバーを弄っているときの千鶴さんの目だった。

 だから彼女は俺とは全然違う目線でサムライというものを捉えているんだな、と感じたのだ。

「……」

 千鶴さんは刀を眺めたまま動かなくなってしまった。

 どうかしたのかな、と思って声をかけようとしたその時、俺の目が銀色の光に眩んだ。

 千鶴さんがゆっくりとその刀を抜いたのだ。

「え?」

 俺の間抜けた声を両断するように、しゃらん、と涼しげな音を鳴らして現れたのは美しく輝く銀色の刃だった。


「え? ちょ、千鶴さん??」

 突然の事に俺は焦った。だって、今それ抜く必要ある?

 だいたい今さっきまで武士の魂とか言ってたじゃん。

 だったら勝手に触るのもナシなんじゃないの?

 とか思ったけど……。

「……すっげ……」

 その刀身の恐ろしく綺麗なシルバーに思わず言葉を失った。

 話には聞いていたけど、日本刀の刀身がここまで綺麗で、ここまで威圧的だとは……。

 さっき斬られかけたとき、もしあのときが昼で、このシルバーをハッキリと目撃してしまっていたらと思うと、ゾッとする。


「……千鶴さん?」

 千鶴さんは輝く刀身を見つめて微動だにせず、ただ目を細めていた。

 その姿は、まるでの様だった。


 そして突然、彼女は呟いた。

「……タチバナ

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