第13話 とりあえずメシ

 減った?

 腹減った?

 痛いとかじゃなくて、減ったの?


 少女は苦しそうに呻いた。

「お腹……減って……死ぬ……」

 いや、いきなりそんな事言われても。

 ……困った。

 夜中でもメシ食えるところなんてそこら中にあるし、コンビニでなんか買ってきてもいいんだろうけど……。


 気がついたら俺はサムライちゃんを背負って猛ダッシュしていた。


 だってこんな夜中に女の子背負ってコンビニなんかに突撃したら即通報されそうだし、一番近い深夜営業の店(牛丼)は深夜バイトの質が悪くて不味くて有名だし、それ以前にここいらの店のバイトも社員も店主オーナーも顔なじみばっかりだから、こんな子供みたいな女の子を、しかも夜中に背中に背負って連れまわしているってだけで致命的に変な噂か即通報される確率100パーセント。


 だから俺は猛ダッシュで最も信頼出来てこの状況を打破してくれそうなの所へと向かったのだ。

 そう、千鶴さんだ。

 千鶴さん以外にこの状況をどうにかできる人はいない!


「というわけなんで、おーい千鶴さん! 開けてくれええ!」

 俺は固く閉ざされた千鶴さんの工場のシャッターをガンガン叩いて呼びかけた。

「頼む千鶴さん、開けてえええ!」

 とりあえず絶叫してみた。

 すると……。


「うるさいなぁ! いま何時だと思ってんの?!」


 シャッターの向こうから千鶴さんの怒号が響いた。

「もう寝るってメール見てないの? っていうか約束すっぽかしといてしかもこんな夜中にどのツラ下げて……」

「お願い千鶴さん、頼むから開けて!」

「もー、勘弁してよなんなのよー近所迷惑よー!」


 ガラガラと音を立ててシャッターが上がっていく。

 なんだかんだ言って千鶴さんは優しい。


「あのねぇ、わたしもう寝てたんだから諸々もろもろと明日にしてほしい………って、なに? その女の子……」

 千鶴さんは俺の背中で瀕死状態のサムライちゃんを見ると絶句し、その柔らかそうなほっぺたから血の気がどんどん引いていき、顔色は薄明かりの下でも見てわかるほどに青ざめた。


「……お、お休みなさい!!」

 全力でシャッターを降ろそうとした千鶴さんを俺は更に全力で止めた。

「待った! 待ってよ千鶴さん! これには深いワケがあってね?」

「そりゃ深いでしょうよ! だから尚更首を突っ込みたくないの! てゆーか何で裸足で半ズボンなの? 変質者そのものじゃないの!」

天衣無縫シュライバーのせいだから大丈夫! 大丈夫だからね? ね? 大丈夫だから」

「なんにも大丈夫じゃないわよ……って!? ちょっ、ちょっとハナくん!?」

「入れてくれー! 入れさせてくれー! ちょっとだけでいいからー!!」

「な、ちょ、きゃあっ!!」


 夜中にこんな騒ぎはヤバい。原因は俺だけど、ヤバいんだ!

 俺は千鶴さんを押し切るような形で工場内へと転がり込み、シャッターを思い切り下ろした。


 ガラガラガッシャーン!


 と、轟音を立ててシャッターは閉まり、真夜中の工場に静寂が訪れた。

 …… 間一髪!

 俺はシャッターに背を預けて安堵の溜息を吐き、床に両手をついてうなだれる千鶴さんは怨嗟にも似た溜息を吐いた。

「……ちゃんと説明してよね」

 千鶴さんは観念したような、呆れるような表情で俺を一瞥し、立ち上がった。

 今気がついたけど、千鶴さんはパジャマ姿だった。

 これは貴重だ!

「千鶴さん、写真撮っていい?」

「早く説明して!」

 ……怒られた。


 とにかく、俺は千鶴さんを安心させるためにも事の次第を速やかに正確に、分かりやすく、つシンプルに伝える必要があるだろう。

 だから俺はその通りにざっくりと説明した。

「この子が例のシュライバー破壊魔だよ。で、さっき殺されかけたけど、腹が減って動けなくなっちゃって。助けてあげたいなって思ってさ」

「ざっくり過ぎるでしょう……」

「何にしてもほっとけないっしょ。力を貸してよ千鶴さん」

「だからって何で私のところに来るのよ……」


 サムライちゃんを工場の隅にある休憩スペースのソファに寝かせて、俺はその傍にあった椅子に腰を下ろした。

 千鶴さんはキッチンで冷蔵庫を漁りながら、うーんと唸っていた。


「まぁ、下手にウロウロして警察に通報されるよりは賢明な判断ね」

「でしょ? 千鶴さんもそう思うよね?」

「うーん、まぁ、ね。……うーん」

 千鶴さんはうーんうーんと唸りながら食材を漁るが、思い通りのものがない様子だ。

「うーん、作れてもお粥さんぐらいかなぁ」


 さっきから何を唸っているのかと思えば、サムライちゃんに食べさせる献立を考えているようだ。

 いつだって千鶴さんは優しい。

「むしろお粥でいいんじゃない? 気絶するぐらい腹減ってんならお腹に優しい物の方が良くね?」

「そこまでお腹減る事ってある?」


 千鶴さんは炊飯ジャーから保温してあったご飯を茶碗に軽く盛り、鍋に湯を沸かすとそのご飯を鍋にぶち込んだ。

 そして半練りの中華調味料と顆粒の旨味調味料を大雑把に投入し、叉焼チャーシューをぶつ切りにして放り込むと、大量の白髪ねぎをカットし始めたので俺は止めた。

「千鶴さん、それって全然お腹に優しくなさそうだし体にも良くなさそうなんだけど」

「え? 美味しくなさそう?」

「いやむしろ美味そう」

「ならそれでいいじゃないの。お腹が減ってるなら体に良くなくても美味しいもの食べたいでしょ」


 ……返す言葉がなかった。


 千鶴さんの手料理はなんでもかんでも目分量で大雑把で旨味調味料モリモリだけど、正直言って旨かった。

 中華系の味付けを好んで使用し、基本ガッツリで脂っこい。ビールが進んでしょうがない。

 今作っているお粥さんも例に漏れず、ガッツリでこってりで脂っこいが、美味そうだ。


 ガス火にかけられた小さな土鍋がコトコト鳴る。

 吹きこぼれる寸前で噴出する蒸気がいい香りを撒き散らしていた。


「はい、出来上がり!」

 千鶴さんが土鍋の蓋を外すと、芳香を孕んだ蒸気がまるで花のようにふんわりと広がった……、

 その時だった。


「!!」


 突然、眠っていたサムライちゃんがギラリと目を見開き、ガバッと起き上がったのだ!


「……」

 無言。俺も千鶴さんもいきなりの事に言葉を失っていると、サムライちゃんはくんくん、と匂いを嗅ぐように鼻をひくつかせ、芳香の発信源である土鍋に視線をロックオンした。


「あ、ああ、あおお……」

 少女らしからぬ 獣のような唸り声をあげながら、ふらふらとゾンビみたいな歩き方で千鶴さんの方へと近づくと、千鶴さんの方からサムライちゃんに声をかけた。

「……召し上がれ?」

 にっこりと微笑む千鶴さんに、サムライちゃんは戸惑うような仕草を見せた。

 これはアレだ、まるで文明に触れた原始人のような感じだ。

「あ、あ、おお……」

「遠慮は無用よ?」

「ん、んほおお……」

 サムライちゃんはぶるぶると震えると、土鍋の前に跪き、両手を合わせた。

 そして……。


「ハムッ、ハフハフ、ハフッ!!」

 立ち昇る湯気すら喰らいつくす勢いで、眼前のこってりお粥に食らいついたのだ!!

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