第12話 俺は何も悪い事しとらんのに

 サムライ……。


 それは紋付袴姿に髷を結って、派手に殺陣チャンバラをかます……てのが、俺の知ってる侍だ。

 だから目の前に居るシャツとジャケットっぽいのを着て、袴というよりスカートに近いものを履いてて、足元は草履ではなくて編み上げのブーツでキメたオシャレサムライなんて、俺は知らない。


 でも、彼女の事を侍だと直感したのは腰に差した長物ながものと、その独特の構えが原因だろう。

 重心を落として、腰を切るような捻りを秘めた半身構え。

 突く、でもなく刺す、でもなく、為の構え。

 俺にだってそれくらい分かる。

 今までいろんな奴とやり合ってきたし、そいつらを乗り越えて、このjpで生き残って来た。

 もちろん「カタナ」を使う奴ともやりあった事がある。

 でも、そいつは単に格好だけだった。

 得物を制御できず、カタナに振り回されて不恰好に自滅していった。

 だから目の前のサムライちゃんも同じようになんちゃってシュライバー侍なんだろうけど、俺にはどうしてもそう決めつけることが出来なかった。

 その原因は『音』だ。


 俺は耳の集音装置をフルパワーで起動させていた。

 しかし、彼女からはシュライバーの駆動音が全く聞こえないのだ。

 モーター音を消す技術はあるけど、ここまで無音を貫けるとは思えない。


 その時、唐突にうどんちゃんの言葉が脳裏を掠めた。

『敵はモーターの駆動音すらしない上に動きがあんまりにも速くって、斬られてから斬られたことに気がつくんだってよ。まるっきり漫画の世界だよな』



 ヂッ!

 突然妙な音がした。


 それは俺のシステムの雑音ノイズじゃない。

 もっとリアルな、生々しい危険を孕む音。

 少女のブーツの靴底がアスファルトを踏んだのだ。


 その右足が高速で運んで来たのは彼女自身と、更に速いその右手が握る刀の切っ先だった。

はやっ……)


 感じる事が出来ても動けない。見る事が出来ても動けない。

 相手の動きが速過ぎて、 体を動かすための神経伝達が間に合わない。


 バァンッ!!


 前触れ無く、爆音と共に俺の足が爆ぜた。

 借り物の靴とズボンは粉々に吹き飛び、俺も後方に吹っ飛んだがそのおかげで助かった。

 レッグ天衣無縫シュライバーの発動が間に合ったのだ。


 あらかじめ起動しておいたシュライバーシステムに発動条件だけを入力インプットして、視神経センサーとシンクロさせておいたのだ。

 発動条件は『目視1メートル以内の侵入感知で即時発動』。


 水素爆発の爆風で激しく吹っ飛んだ俺の眼前を、サムライちゃんの放った切っ先が煌きながら通過した。

 あとコンマ1秒でも遅かったら、俺の顔面はあの刃の軌道上にあっただろう。

 ……斬るのはシュライバーだけじゃないのかよ!?

あっぶなっ……!」

 抗議の声も許さない白刃が、文字通り返す刀で再び襲い掛かる!


 バンッ、バンッッ!


 天衣無縫の二連発!

 1度目の爆発が俺を後方へと大きく浮かせ、途中にあった街灯の支柱を経由して二発目の爆発。その爆風が俺をそのまま上空へと打ち上げた。


(ここまで来れば――)

 とりあえず体勢だけでも整えられるか?

 或いは一旦退いて作戦を練るか……?


 そんな期待は淡過ぎた。


 驚くべき事に、サムライちゃんは俺の後を追って『跳んで』来たのだ。

「うっそだろ?!」

 その小動物の様な身体能力に目を見張った。

 彼女はまるで猫の様に、俊敏かつ軽やかに動いてみせたのだ。


 しかも、ここまでシュライバーの起動電波も駆動音も、熱排気すら一切無し。

 まさか、マジで生身なまみ……?

 いやいやいやいや有り得ない。

 生身の人間がシュライバーの機動についてくるなんてことが有り得て良いはずがない。

 もしそんな事があれば、俺は……自信なくしちゃう。


 と、思った矢先。

 サムライちゃんは急に失速し、落下した。

「え!? ちょ、おいおい!」

 俺のいた場所は地上から大体10メートル。

 高さにしてビルの4階程度だ。

そのまま地上に激突したらかなりやばかったんだろうけど、運良く落下点に路駐のセダンがあったので彼女はそこに落下して、アスファルトに激突は免れた。

だが……。

 ガッシャーン!! と、クルマが断末魔を上げた。


「うわ〜……」

 地面への激突は免れたとは言え、セダンは落下の中心だった天井がド派手に陥没し、その周りの全てがめちゃめちゃに壊れ、ガラスも全て吹っ飛んでいる。持ち主が気の毒だ。

 でもそのおかげでサムライちゃんの落下のダメージをほとんど吸収した様で、俺の見る限り彼女に大きな怪我はなさそうだった。


「お、おいおい大丈夫か?」

 俺はセダンの天井にめり込んだまま微動だにしないサムライちゃんに近づいた。

 さっきまで自分の命を狙って来ていた敵を心配するのもおかしな話だけど、こんな状態の女の子を放っておく事なんできるわけない。


「……うう」

 サムライちゃんは苦しそうに呻き、苦悶の表情を俺に向けた。

 心優しい俺はなんだか胸が苦しくなり、居ても立っても居られなくなってしまった。

「だ、大丈夫か? どこか痛くないか?」

 思わず取り乱す俺。少女は苦しそうに答えた。

「お、お腹……」

「お腹? 痛いのか? 血は出てないみたいだけど、骨とか折れてんのかな……」

 すると少女はゆっくりと首を振る様な仕草をして、声を絞り出す様に答えた。


「……減った……」

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