第11話 夜更けの街に雪が降るのだ
夕方から始まった大宴会は開始5分でトップスピードに乗り、そのまま深夜までノンストップで突っ走り、日付が変わった頃に燃料切れで終わった。
大宴会は大いに楽しかったけど組合事務所はとんでもない散らかり方で、酔い潰れた組合長と組長、そしてその部下達がそこら中で泥酔していた。
(つーか、サイボーグも酔っ払うんかい……)
A子ちゃんはいつのまにか帰宅していた。
俺はと言うと、大して飲んでもなかったので酔い潰れることもなく、この阿鼻叫喚の中で唯一自力で帰宅出来そうだった。
そして他の面々は明日の昼まで平気で寝ていそうな雰囲気だった。
「……盗られて困るもんもないだろうし、鍵は開けっ放しでいいか」
とりあえず帰ろう。鍵を掛けようにも肝心のキーがどこにあるかわからないし、寝てるおっさんばっかりだし、こんな小汚い事務所にわざわざ盗みに入る物好きもいないだろ。
俺は事務所の灯りを消し、ドアを閉め、管理組合を後にした。
時刻は午前1時だった。
千鶴さんの素っ気ないメールをもう一度見て凹んだ。明日甘いものでも持参して謝りに行こう。
俺は頬を膨らましながらも結局許してくれる優しい千鶴さんの顔を思い浮かべつつ、極寒の街で行倒れないように家路を急いだ。
……つーか、寒い。超寒い。
地球温暖化なんて嘘に思える。現に、北の大地に鎮座する日本の首都・札幌は夏こそ避暑地のような涼しさだが、冬は恐ろしいほど雪深い極寒の地になるらしい。
元・日本の首都だった俺達の住むこの街『jp』には少なくとも雪が降ることなんて無い。だから俺は写真や映像以外で雪を見たことがない。
…… いつかこの目で、本物の雪というものを見てみたいねぇ。
なんとなく、ぼんやりとそんな事を考えながら極寒の夜の街を俺は歩いた。
「日本って、どんなとこなんだろうな……」
……
その瞬間、一際強まる寒さに震えた。
「……?」
いや、この寒さは少し違う。
街灯よりもネオンだらけの夜の路地は薄暗かったが、この暗さを深めている何かがある。
サーモや索敵レーダーに異常……あり。
前方10メートル程のところに人影があった。
まぁ、夜中だからって誰かがいるのがおかしいってわけではない。
そいつは暗がりのせいで顔までははっきりと見えないが、看板の灯りのお陰で服装は確認できた。
変わった服装だった。
それをどう表現すればいいのか。
清潔? 整然? とにかくキレイだ。
乱れの無い服装には、その人物の内面が表れているのだろうか。
コートともジャケットとも違う、羽織のような外套を纏った上半身に、スカートとズボンの
全体的にシャープな印象を受けたが、ゆったりとした空気感も見受けられる。
どこかで見たことのある、その
腹が鳴った。
肉まんの恨みが鮮明に蘇ったのだ。
麦わら帽子のお化けのような笠を被ってなかったので直ぐには気が付かなかったが、そいつは一昨日の晩に出くわしたアイツだった。
(随分小柄なんだな……)
あの笠が無いだけで印象は随分違う。それだけに戸惑いのようなモノを感じないでもない……。
そんな俺の不意をつくように、そいつは言葉を発した。
「おい、そこの貴様……」
その声色は落ち着いていて、棘があり、凛然としている、女性のそれだった。
しかし、やや幼い。
「私に何か用か……?」
威圧する様な、その口調。
俺はその場で立ち止まっていたが、彼女の方からゆっくりと近づいて来た。
ややあって、近くの街灯がその姿をはっきりと、顔まで浮かび上がらせた。
俺はその顔を見て、正直困惑した。
(……子供?)
その不審者は、目鼻立ちのはっきりとした、小柄で美しい『少女』だった。
声の通りのうら若き少女。
だから俺は無意識に銃を握っていた右手から力を抜き、出来るだけ警戒を悟られないように声のトーンを優しく落ち着けて言った。
「……女の子がこんな時間にうろついてちゃあ、危ないよ」
俺は様々な疑念を押し殺し、純粋な老婆心で忠告したが彼女はそれを黙殺し、腰に差していた長い物に手を添えて重心を落とした。
「何用か、と訊いている!」
少女の髪は長いが、後ろで一纏めにしてあるので激しい動きの中でも邪魔にはならないだろう。
代わりに、あのスカートみたいな服が足元を隠す様にして俺の目視の邪魔をする。
ガキのくせに、隙がない。
それも不気味だったが、それよりも気味が悪い事に、腰に差した長い物から金属反応を検知したのだ。
……どう考えても、銃じゃないよな。
「まぁ、ちょっとキミに訊きたいことがあるっていうかなんていうか」
俺が朗らかに答えると、それを彼女は冷酷に突き放した。
「……ならば、なぜ私を襲った?」
「は? 襲う? 襲ってきたのはそっちだろ?」
「この期に及んで戯言を……!」
「んな事より肉まん返せよ……!」
こんな形で出会えるなんて、人生は何があるかわからない。
とはいえ、この殺気は尋常じゃない。
俺だって結構な修羅場を潜り抜けてきてるから、そう言うのは、なんとなくわかるっていうか……伝わってくる。
こいつが例のシュライバー破壊魔で間違いない。
ただ、こんな「子供」だとは思わなかったけど。
「
少女は宣言するように言った。
それが何かすぐにはわからなかったが、俺の反応を待つ様にそのままの姿をキープする彼女を眺めていたら、それが「名乗り」であったことに気がついてハッとした。
名乗られたら名乗り返さないとな。
「……俺はハナ。苗字とかは無ぇよ」
「はな?」
彼女は一寸咀嚼するように押し黙り、微かに口角を上げた。
「
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