第10話 友達っていいもんだ
兎にも角にも俺は組長のお眼鏡にかなった様で、仕事を任せてもらえることになったのだが、受けるにしても納得しておきたいことがあった。
でも、その話の前に……。
「ねぇ組合長、ズボン貸してくんない? あと靴も」
ようやく落ち着き、向かい合う様にソファに腰を下ろした俺たちにA子ちゃんが新しいお茶を淹れてくれた。
さぁ、仕切り直しだ。
俺は一口お茶を啜って唇を湿らせた。
仕事についていくつか確認をする必要があるのだ。
「組長、まず確認したいんだけど」
俺が切り出すと、組長はお茶を啜りながら目だけ俺に向けた。
「依頼主はあんただろ? ハロワの求人をわざわざ管理組合名義にした理由がわからないんだけど」
すると組長は苦々しい表情を隠そうともせず、声のトーンを一段落した。
「面子を潰されたんだよ」
「それってつまり、組員がやられたとか?」
言って、俺は腑に落ちなかった。
俺の持ってる情報だとシュライバー破壊魔の犠牲者はキョンキョンと鉄男と闇医者の3人だ。新たな犠牲者が出たんだろうか。
「組のモンじゃねえ……息子だよ」
組長が呻いた。深く彫り込まれた顔の皺が、一層深くなった気がした。
「息子さんが……?」
「
「
「いつかは組を任せてえ思ってんだけどな。ガキの頃からの夢だかなんだか知らねえが、朝から晩まで爆弾作ってばっかりでよ。そろそろ稼業に本腰入れてもらわねえと困るんだがな」
「爆弾作り……?」
「親馬鹿と言われても返す言葉がねえが、そんな不肖の倅でも俺にとっては大事な一人息子だ。組としてというよりも、親として俠太郎の仇を討ってやりてえ。
だが、武闘派で売ってる栗鼠組としては誰にしろ
「……もしかして、闇医者ボコった?」
「闇医者? ああ、侠太郎を診せた医者か。あいつは口止めしたにも関わらず侠太郎の事を吹聴したからな。さっきも言ったが組の面子に関わる事だ。言うことを聞かねぇとどうなるか、言葉じゃ分からねえようだから体で理解させたよ」
「闇医者はやっぱり違ったか……」
「なんだ? それがどうかしたか?」
「いや、こっちの話だよ」
思わず言葉を忘れ、沈思した。
爆弾作り?
シュライバー破壊魔の犠牲者?
きょうたろう?
……きょう……キョン……?
点と点が結ばれていく……
「……キョンキョン」
「キョン? なんだいそりゃあ」
「あ、いや……」
点と点が繋がって線になり、キョンキョンの不健康そうな顔を
現時点の犠牲者と、俠太郎という名前、それに組長の話。
それらが急激に結びついて行く。
キョンキョンは自分の素性や家族の話をしたがらなかったが、一度だけ子供の頃から使っているという爆弾作りの道具を見せてもらったことがあった。
その道具には「りすぐみ」と書かれた、古ぼけて破れかけたシールが貼ってあった。
俺はてっきり幼稚園の
「……組長の息子さんと俺、知り合いかも」
「なに? そうなのか?」
「多分ね。 今の話からすると……」
「そうか! そうかそうか!」
組長は立ち上がり、嬉しそうな声をあげた。
「んー、まぁ多分だけど……いや、ほぼほぼ確定かな」
「なんという事だ! どうしてそれを早く言わんのだ!?」
「いや、確信なかったし、今も眉唾な感じはしてんだけど」
「いやいや、間違いなかろう 俠太郎にも友と呼べる人間がいたか! よかったよかった! がははは!」
組長は俺の手を取ってぶんぶん振り回す。両腕のシュライバーが抜けそうだ。
なんていうかこの人、自分の息子に友達がいたのが心底嬉しかった様だ。
「よし、今回の件はお前さんに一任する! 必要なものがあれば人でもカネでもなんでも言ってくれ」
「そ、それはありがたいんだけど、その前にまず情報貰えないかな。キョンキョンがいつどこで襲われたとか」
「犯人が何者か知らんが、栗鼠組の看板に泥塗った事を後悔させてやる……生死は問わん。絶対に俠太郎の仇を討ってくれ! いや、お前さんにとっては親友の仇だ。殺してしまっても構わん!」
「あ、あの、組長?」
「そうと決まれば景気付けに一席設けよう! 酒持ってこい!!」
組長の鶴の一声で部下達が酒や食べ物を担いで部屋に入ってきた。
「ちょ、組長!? 今からやんの?」
「善は急げだ。じゃんじゃん持ってこい!!」
「あ、あのさ、俺この後で千鶴さんの工場に行く約束があんだけど……」
「酒だ酒だ! 酒が足らねぇぞ!」
「……聞いちゃいねぇ……」
部下達は次から次へと宴会の用意を整え、薄暗かった事務所はあっと言う間に華やかな宴会場へと化してしまった。
「おいおい、いいのかよ組合長。まだ仕事中だろ?」
俺は組合長を探したが、彼はすでに瓶ビールをラッパ飲みし、A子ちゃんは自分の机で高そうなブランデーを静かに
「さぁハナ、お前さんも飲めや。それで、俠太郎が普段どんな感じか、教えてはくれないだろうか」
「は、はぁ……」
突如始まった大宴会はそのまま深夜まで続き、俺は千鶴さんからの「待ってたけど、今日はもう寝るから」という冷たくあしらう様なメールを眺めて肩を落とすしかなかったのだった。
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