第9話 オールドシュライバー
「ただのやくざ
組長は《嗤わら》った。
挑発するような顔だった。
その時、突然部屋の入り口が騒がしくなった。
外にいた別の護衛達が部屋の中の組長の身を守ろうとしてなだれ込んで来たのだ。
しかし組長が彼らに向かって
「
と一言。
その低い声の一言だけで、護衛達は蜘蛛の子を散らしたように居なくなった。
それは威圧感とか存在感という抽象的なモノが、形として目に見えるようだった。
目に前にいた老いぼれジジイが、いつのまにか超えられない壁のような得体の知れない何かに変貌してしまっている。
「おい
組長の声はドスが効いてて迫力満点だ。
俺は年長者に対する尊敬の念を十分に込めて、至極丁寧に答えた。
「思ってるよ。つーかジイさん、この街で
「……威勢のいいガキは嫌いじゃねえよ」
組長はゆっくりと立ち上がった。
その途端、熱風のような闘気が俺に向かってぶち当たって来た。
しかも、爺さんの体が見る見るうちにデカくなっていく……?
筋肉が盛り上がって、マッチョになっていく……!?
「喧嘩売る相手は選びなよ、兄ちゃん」
変身を終えた組長は、まるで化け物の様なガチムチの筋肉ダルマに変貌していた。
それだけならまだいい。
それよりも問題なのは、俺のセンサー類が目の前の怪物に何の反応もしていない事だった。
全ての計器が無反応を示している。サーモグラフさえ何も表示していない。
こんな事は有り得ない事で、もしあるとしたら……
「……
「気付くのが遅ぇぜ」
タダの爺さんだと思って油断していたのもあるけど、組長は妨害電波で俺のセンサーを眩ませ、視覚情報を書き換えていたのだ。
実際は筋骨隆々な自分の姿を、ヨボヨボのジジイとして偽っていたのだ。
つまりじーさんは最初からマッチョで、おれはそれを勝手に「死にかけの爺さん」だと思い込んでたんだ。
やられた。
何がマズいかって、俺は手の内を晒してしまっているけど、爺さんは未知数。
形勢としては俺の圧倒的な不利。
……でも、こういうのが面白いんだよね。
いつだって逆転満塁サヨナラホームランを狙う俺はこの状況を打破すべく策を練る。
そんな俺の心中を見透かすように、組長はニヤつきながらそのド迫力な眼光をギラつかせていた。
「天衣無縫をあそこまで使いこなすとは、見事と言う他は無ぇな。大した
「そりゃどうも。 過分なお言葉で」
「この状況でもまるで臆さず、勝ち筋を探る胆力も中々」
「褒めたって何も出ないよ」
「……兄ちゃん、気に入ったよ。冥土の土産に、俺の
組長はおもむろに左手を伸ばし、その手首に右手を添えた。
そして、その右手をゆっくりと弧を描く様にスライドさせると、左前腕が涼やかな金属音とともに抜けてしまった。
シュライバー!?
組長の様な年代の人間がシュライバーを装着しているという、ただそれだけでも驚きなのだが俺はそのシュライバーを見て更に驚いた。
「コ……『コブラ』!!!」
組長の左腕から銃身が伸びていた。
左腕に仕込み銃。あれは、あのシュライバーは、紛れもなく……
「コブラじゃん! すげえええ!!! 嘘だろおおお!?」
「ほう、コレが分かるか。若いのに好きだねぇ」
分かるも何も、このシュライバーは幻の逸品と称されるマニア垂涎のシュライバー「コブラ」だ。
とある伝説に登場する
発射されるレーザーは伝説の様に精神エネルギーでは無いにしろ破壊力は軍用レベルと言われ、全世界限定10具という超絶希少品として世に出た。
しかし発売から数年で製造元が倒産。その後は修理も不可となり、現存するのはイギリスの大英博物館に寄贈された使用不能の1具のみというのが世界の常識……の筈。
「く、組長。ほ、本物っすかそれ……」
思わず声が震える。嫌でも畏敬の念が顔に出てしまう。
「当たり前だろう。やくざもコレも、伊達じゃねえさ」
「さ、触ってもいいっすか……」
「構わねえよ」
そう言って組長は銃口を俺に向けた。
それだけで俺は失禁してしまいそうになる。
このまま撃ち殺されてもいい……そんな気にすらなった。
俺はゆっくりとその銃身に触れ、磨き上げられた黄金の光沢に見惚れ、見事な鋳造技術に感嘆し、接合部にまで拘りの詰まった人工皮膚の繊細な仕上げに匠の技を見た。
「……眼福でありました」
俺が涙を拭いながら
「面白え兄ちゃんだ。ますます気に入ったぜ」
そして組合長の方を見て口角を吊り上げ、言った。
「シュライバー好きに悪い奴はいねえ。組合長、今回の仕事……このハナに任せるとするぜ」
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