第8話 中国・ミリオンゴッドカンパニー社製 マニューバシュライバー・天衣無縫

 マニューバとは航空機の機動を指す。


 俺のレッグに装着されたこの中国製のシュライバーはまさにマニューバを人間のサイズで再現してしまおうという意欲的な製品で、今や世界の航空機製造ナンバーワンの中国の技術力と、長い歴史を誇る中国体術の芸術性が見事に融合して生まれた、現時点で世界唯一の「空中戦を前提とした」シュライバーなのだ。


 その名も「天衣無縫てんいむほう」!


 俺は戦闘開始と同時にその場で跳ね上がった、と言うより飛んでいた。

 両脚に装着した『天衣無縫』の側面と足底面から圧縮された空気が爆発的に排気され、俺はその推進力で真上に吹っ飛んだのだ。


 お陰で靴もズボンも一発でズタボロだけど、それくらいのパワーが無ければ意味がない。そのパワーのおかげで、文字通り俺は宙を舞う事ができたのだ。

 天衣無縫シュライバーが自動的に宙空でのバランスを取り、僅かな間だけど羽のような浮遊を可能にする。

 天井付近からは周りの様子がよく見えた。

 まるで時間が止まっているかの様な、浮遊感。


 俺に銃口を突きつけていたヤツは何が起きたのかわからない様子で、アホみたいに口を半開きにさせていた。


 組長は俺の動きについて来られない様子で、未だに俺のを見ている。

 組合長は上目遣いで俺を見て、ニヤリといやらしい笑みを浮かべていた。

 他の護衛たちも何が起きたのかわからない様子だった。

 A子ちゃんは我関せずで机に向かったままだった。


 数瞬の沈黙。

 だが、確実に時間は流れている。

 一番早くこの状況に対応したのは、俺に銃を突きつけていた奴だった。

「この野郎ォ!!」

 威勢のいい声と一緒に銃口が空中浮遊中の俺へと向けられるが……

 遅い!

「おぅらぁ!」

 バンッ! という爆発音と共に俺の蹴り足が一瞬でそいつの顔面をぶち抜いた。

 その速度も威力も半端なく、そのサイボーグは漫画の様に吹っ飛んでいった。


 ……その爆発。正確にはシュライバー内部で小規模な水素爆発が起こったのだ。

 これが天衣無縫の特徴ウリだ。

水素爆発のエネルギーで宙を舞い、しかもそれを攻撃にも使えるなんて最高だろ!


 俺はその爆風の威力で蹴り足を加速し、すぐそばにいた別のサイボーグが手にしていた銃を蹴りで叩き落とす!

 がんっ! という鈍い音と同時に拳銃が蹴り落とされ、床にめり込む。

 それほどの威力と速度スピード

 俺の蹴りが速すぎて、そいつは何が起きたのか分かっていない様子だ。


 そりゃあ水素爆発の推進力だから火薬のそれとはモノが違う。

 威力が強すぎて、俺は銃を蹴った後も空中で高速回転したままだったのだ。

 ……目が回っちまう前に、さっさと決めるか!

「おらああああ!」

 気合一閃、俺の脚は更に爆発。

 その衝撃がそのまま推進力となり、俺の蹴り足は今度は銃ではなくて他のサイボーグ野郎の顔面を蹴り飛ばした。


 大男が軽々と吹っ飛んで扉を突き破り、廊下まで吹っ飛んでいく。

 ……すげえ威力! 気ン持ちイイ〜!!


「しゃああッ!!」

 俄然、乗って来た! 思わず声が出る!!


 バンッ!

 バンッ!!

 バンッ!!!


 連続する爆発音。その威力で俺は跳びまくる。

 それはまさに、ましらの如く。戦闘機の曲芸飛行かドッグファイトさながらに、俺は爆発の推進力を利用して事務所中を縦横無尽に飛び回る。

 そして邪魔な奴等を1人残らず空中からの蹴りや膝やドロップキックで返り討ちにしてやった。


「フィニーッシュ!」

 俺は最後の護衛を蹴り飛ばした後、その勢いのまま跳躍してさらに必要以上に回転してひねりも入れて、着地も完璧に決めた。

 決めたった。


 開始から10秒くらいだろうか。

 まだまだ飛べるけど、護衛は全員戦闘不能。

 彼らは皆、あちこちに散らばって気絶していた。

 文句なしの完全勝利だ。


 俺は芸術的な着地も決めて大満足だったので、無意識とはいえ自分でも恥ずかしいくらいのドヤ顔を組長に向けていた。

 組長は最初こそ無反応だったが、すぐにニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「なるほど。だから水を飲んだのか」


 それは意外な反応だった。

 そんな俺の心中を表情から察したか、組長はニヤリと笑みを浮かべ、続ける。


「天衣無縫は装着者の水分をシュライバー内に取り込んで電解液を作り、それを電気分解させて酸素と水素を取り出し、水素爆発を発生させる事で空中戦を可能にするほどの推進力を得る稀有なシュライバーだ。そうだろう?」

「……へぇ、年寄りの癖にシュライバーに詳しいんだね。天衣無縫、知ってんだ」

「これも経験の賜物さ。……だが、先程お前が組合事務所ここへ来て、茶を飲み干してすぐ水を欲しがった時に気がつくべきだった。よもや、あの時点でこの喧嘩は始まっていたとはな。しかも圧勝とは恐れ入る。お前さん、この状況を読んでそのシュライバーを装着けて来たのかい?」

「まさか。今日、帰りに千鶴さんの工場に行って調整してもらう予定だから装着けてきただけ。偶然だよ。でも、水を飲んだ理由はご明察。千鶴さんに見てもらう前に慣らし運転が出来てラッキーだったよ」


 すると組長はふふっと気持ちの悪い笑い声を漏らし、窺うように口を開いた。

「……千鶴? 暮石千鶴くれいしちずるか。しばらく会っていないが、彼女は元気かね?」


 驚いた。

 天衣無縫だけじゃなく、千鶴さんの事まで……千鶴さんのフルネームまで知っているなんて。

 俺は思わずシュライバーの安全装置を全解除し、いつでも飛び出せる心持ちで言葉を絞り出した。


「……組長、あんた何者?」

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