第7話 俺が会いたいのは組長じゃなくて組合長なんだけど
建物へ入るなり別のサイボーグヤクザが俺にぴったり張り付いて来て、鬱陶しいことこの上ない。
「ひとりで行けるって〜」
あっちいけしっしっという仕草をしてみたが、そいつは無反応。
こういうお仕事サイボーグは融通が効かなくてイヤだ。
そんな奴らが階段や廊下に何体も配備されていて、俺の一挙手一投足に目を光らせている。
「あーもう、めんどくせぇなぁ〜」
俺はそんな警備だらけの薄暗い廊下を抜け、ようやく組合の事務所へと辿り着いた。
(
サイボーグのせいだけではなく、建物内の空気が明らかに変だ。張り詰めている。
いつも感じる様な、ゆるーい感じがまるで無い。
ただ事ではない何かが現在進行形で動いている。
そんな気がした。
「お連れしました」
事務所の扉の前でサイボーグが畏まった声で言う。
すると部屋の中から「入れ」と、短く太い声が応えた。
組合長の声ではなかった。
するとサイボーグが一歩下がり、俺に入室するよう促した。
俺はとりあえず、
「そんじゃ、入るよ」
と、紳士的に断りを入れてから扉を開けた。
部屋の中には事務員の女の子が1人とサイボーグヤクザが5体。
そして中年のおっさんを絵にかいたようなフォルムとツラの組合長。
そして『組長』がいた。
組長はかなりの高齢である事は一見しただけで分かる。
しかし、醸し出している空気はこの建物に漂う空気のそれと同質だ。
このじーさん。只者じゃない。
その組長を守る様な配置で突っ立つ5体のサイボーグは言うまでもなく組長の護衛だ。
だけど、この5体は何となく人間のような雰囲気があった。
外のサイボーグとはなんて言うか、質が違う。
(……『鉄』臭えな)
そいつらからは、血の匂いがした。
「おう、ハナ。まさかお前が来るとはなぁ。とりあえずこっち来て座れや」
組合長が俺に向けて満面の笑みを浮かべ、手招きする。
部屋の中央のソファに組合長と組長は向かい合って座っていた。
組合長は前述の通りのおっさんで、詳しく言うと『冴えないサラリーマン然とした髪の薄い小太りのおっさん』だが、この状況に呑まれている様子は無かった。
ヤクザに囲まれようと、そのボスの正面に座っていようとも、いつも通りのヨレヨレのジャケットとセンスのないネクタイの、無遠慮で品のないおっさんのままだった。
その様子に、俺は安心した。
俺は勧められるままにソファに腰を下ろし、目の前のお茶を啜った。
うーん、緑茶。落ち着く味だ。
思わず一気に飲み干してしまった。
「……組合長、水もらえない? 喉乾いちゃってさ」
俺がそう言うと、事務のA子ちゃん(22歳♀・彼氏無し)がペットボトルの水を持って来てくれた。
「ありがとね、A子ちゃん」
「……」
A子ちゃんは無口でいつも無表情だけど、無愛想というわけではない。
彼女は俺に向けて僅かに目礼し、事務机に戻った。
「……あと、なんか食い物ない?」
「お前なぁ」
呆れつつも組合長は茶菓子の饅頭を目の前においてくれた。有難い。
「それにしても遅かったな、ハナよ。俺はお前がすっぽかすんじゃねえかとヒヤヒヤしてたぞ」
「バカ言うなよ。久しぶりの飯のタネだぞ? そう簡単に逃すかよ」
俺が饅頭をもぐもぐしながら答えると、組合長はフヒッと品のない笑い声を上げた。
すると組長が『ごほん』と大きな咳払いをしてその存在をアピールしてきた。
無視されていると思って怒ったのだろうか。でも、俺は気にせず2個目の饅頭に手を付けた。
しかしそこは組合長がフォローに回った。この人にも立場があるから仕方ない。
「おっとすまねえ旦那、紹介が遅れたが、こいつがさっき話してたハナだよ」
組合長はそう言って組長に俺を紹介するが、組長は大して興味がなさそうに鼻を鳴らした。
「若造じゃねえか」
「年寄りよかマシだろ?」
「遊びじゃ無ェんだぜ」
組長はジジイのくせに妙に張りのある、太く低い声で言う。
「こんな小僧にまともな仕事が出来るのかい、組合長」
この口ぶりではっきりした。
今回の仕事の依頼人は組合じゃなくてこの組長だ。
……なんてことはもう分かり切ってることなんだけどね。
問題は、「ハロワの求人広告にヤクザのヤの字もなかった」ってこと。
別に隠す必要もないだろうに。だからそこが妙に引っかかる。
組長は不愉快そうに続けた。
「俺は
組合長は『さぁね』とでも言いたげな表情で肩を竦めて、俺の顔をチラリと見た。
……ああ、これはあれだ。
組合長は「ハナ、おめー自分でなんとかしろよ」と、俺に無言で訴えているのだ。
俺も「ええーやだなぁ。めんどくせーよ組合長がやってよ」という顔で組合長に俺の心中を訴えてみたが、ガン無視された。
仕方ない。俺はわざとらしく咳払いをして、組長へ向き直した。
「えっと、はじめまして
「ほう、ウチの組を知ってるのかい?」
組長はその睨みつける様な視線で俺を刺し殺すつもりなんだろうか。品定めにしては物騒な目つきで俺を見ている。ムカつく。
「そりゃあ、その
『りす組』なんて、保育園のクラスみたいな組の名前だけど、この界隈じゃ結構名の知れた奴らの親分なだけあってなかなかどうして。
老人のくせにやたらとギラついた瞳が俺を捉えて離さない。
「……お前さん、ハナというのは
「いや? 普通に俺の名前だよ。孤児院育ちなんでね。俺、花籠に突っ込まれて捨てられてたらしいから、ハナって名前付けられたんだってさ」
「同情はせんぞ。捨て子なんぞよくある話だ」
「同情? 訊かれたから答えただけだよ」
「まあいい。問題はお前さんが仕事を任せるに足るかどうかだ」
「そうだね。それは期待してもらうしかないかな。俺が若造なのをずいぶん気にしてるみたいだけど、そんなに不安?」
「現場じゃ経験がモノを言うからな」
「愚者は経験に学ぶって言うよ? 俺は歴史を切り拓いてきた若人の力を信じて欲しいね」
「大した自信だな。その自信の根拠を今ここで示せと言ったら?」
「示す? どうやって?」
瞬間、俺の感応センサーが一斉に
反応は背後。分析結果は例の護衛のうちの1体。
直後、俺の後頭部に何か硬いものが押し付けられた。
「……」
センサーの分析結果は拳銃。
つーか、この状況ならそれ以外ないだろ。
「……ズルくねー?」
俺はそのままじっと動かず、組長に向かって唇を尖らせた。
「こっちは丸腰だよ。しかも、あんたら信じて
しかし組長は悪びれる様子も無く目の前のお茶を啜り始めた。
「油断するお前が阿呆なのよ。この程度の
「じゃあ、この状況切り抜けたら仕事任せてくれる?」
「ほう……いいだろう。しかし、どうやって切り抜けるんだい? 坊や」
「組長はさ、『マニューバ・シュライバー』って知ってる?」
組長が眉を微かに動かした。 俺にとってはそれが合図だ。
瞬間、俺の体が爆音と共にその場で跳ね上がった!
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