第5話 うどんちゃんとハロワで仕事を探そう!

 俺たちの住むこの街は、かつてこの国の首都であったそうな。

 近代的な高層ビルが立ち並ぶ世界有数の大都市で、その名は『東京』といったそうな。

 じゃあ今は? と問われると……。


『薄汚い街だなぁ』


 と、どこかで誰かがそう言ったような気がした。

(……空耳?)


 まぁ確かにその通り。

 世界有数の大都市も今は昔。

 大昔に起きた大地震でボロクソになった日本は唯一無事だった北海道に首都を移転して、その他を完全に切り捨てた。


 お陰様でこの街は自由と自己責任の面白可笑しい街になりました、と。

 まぁ、そんなことはどうでもいいよね。

 俺は空耳が気になって職安ハロワの入り口の前で周りを見回したが、俺の他には誰もいない。 

(……気のせいか)


 子供っぽい女の子の声だったが、こんなところに子供がいるわけないか。

 兎にも角にも、俺は千鶴さんの言いつけどおり、ハロワにやってきていたのだ。


「こんちわー。いい仕事ネタ入ってる?」

 俺は行きつけの寿司屋に入るようなノリでハロワのドアを開けるのだが、こいつは建付けが悪くていつも途中で止まるのだ。

 早く直せよなぁ……とか思ってると、ハスキーな女性の声が俺を呼ぶ。

「あるわけねぇだろそんな仕事モン。何もかもが腐ってるよ」

 誰かと思えば、ハロワ仲間の「うどんちゃん」だった。

 うどんちゃんは絶望的なセリフの割に、顔は笑っていた。


「やあうどんちゃん。……あのさ、さっき薄いとかなんとか言った?」

「あ? 薄味のうどんなんかうどんじゃねーよな。つーかお前、昼飯まだならうどん食いにいかねーか?」

「今はいいわ。また今度ね」



 うどんちゃんは黒くてサラサラのロングヘアーとスマートな長躯がトレードマークの見目麗しい大人の女性で、夏でも冬でもスーツでバッチリ決めている見た目からしてデキる女……なんだけど、がさつで乱暴な上に重度のなのが玉にキズな、頼れる俺の仲間だ。



「そういえばハナ、鉄男がやられたってマジか?」

「情報早っ! そうなんだよ聞いてよ。昨日千鶴さんとこで見せてもらったんだけど、あいつの馬鹿みたいなシュライバーがバラバラになってんの。俺、笑うの堪えんの大変で」

「マジかよウケるな。それうどん食ってる時に聞きたかったわ」


 そんな感じで俺とうどんちゃんは馬鹿話に花を咲かせつつ、ハロワの廊下を奥へ奥へと進んで行く。

 廊下の壁一面には様々な求人広告が張り出されているが、どれもこれも荒事ばっかりで見る価値なし。そんなもんには俺もうどんちゃんも興味ないのでスルーだ。


「……しっかし、鉄男やられるのは意外だったけどな」

 うどんちゃんの何気ない一言に、求人広告をめくる俺の手が止まった。

「キョンキョンの事、知ってんの?」

「それに関しちゃあ、この辺じゃもう知らねーヤツは居ねぇよ」


 うどんちゃんは求人広告を眺めつつ、続けた。

「最初はキョンキョンだったんだよ。そんで鉄男。あとキョンキョンを世話した闇医者……まぁコイツは違うと思うが、人数だけで言えばここ1週間で3人もやられてる」

「やられたのはシュライバーだけ?」

「ああ。闇医者はシンプルにボコられただけだが、他はシュライバーをぶった斬られてる。それ以外、怪我は無しさ」


 うどんちゃんは求人広告のあまりのクソさにうんざりと肩をすくめ、近くのパイプ椅子に向かってその細い腰と尻を乱暴に落下させた。


「聞いた話じゃ、そのが強すぎて反撃の暇もなかったって話じゃねーか。しかもモーターの駆動音すらしない上に動きがあんまりにも速くって、斬られてから斬られたことに気がつくんだってよ。装着者マニピ相手にそんな立ち回りが出来るなら、まさか『生身なまみ』ってワケでもねーだろ? まるっきり漫画の世界だよな」

「……ホント情報早いね」

「面白そうな事には、特にな」

「じゃあ、俺がそのサムライに出くわしたって事は?」

「知ってるよ」

「……なんで黙ってたんだよ」

「お前の口から直接訊きたかったんだよ」

 そう言って、うどんちゃんはその細い指先で俺の唇を優しく摘んで妖しく微笑んだ。

「リベンジ、するんだろ?」


 うどんちゃんは茶化すような口ぶりと艶っぽい瞳で俺をかどわかすように囁く。

 彼女が何を思い、何を考えているのかわからないけど、俺は俺の思っていることをそのまま言葉にした。

「……あたりまえだろ」

 そして腹が減っていることも思い出した。

「肉まんの無念も晴らしてやる」

「なんだそりゃ?」

 さすがのうどんちゃんも、肉まんの件までは知らなかったようだ。


「……お前もホント好きだよなぁ、ハナ」

 彼女は呆れたように笑うと、俺の鼻先に一枚の求人広告を突きつけた。

「今回はお前に譲ってやるよ」

「なんだよ、これ?」

「この仕事ネタ、お前にゃ一石二鳥じゃね?」

 そう言って、うどんちゃんは可笑しそうに笑った。


 その仕事の依頼主はこの街のシュライバー管理組合で、仕事内容にはこう記されていた。


『ここ数日で頻発しているシュライバー破壊犯の捕獲、又はその駆除』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る