第3話 義肢屋の千鶴さん

 『義肢屋ぎしや』って知ってる?

 読んで字の如く、義手や義足の専門業者の事だ。

 でもそれは大昔の話で、俺達はシュライバーの専門業者って意味合いで使ってる呼び方なんだけどね。


 シュライバーの製造販売、修理、整備、改造……腕にもよるけど、シュライバーの事ならなんでもござれって職人達だ。

 この街にもたくさん義肢屋があるけど、俺の行きつけは千鶴ちずるさんの所だね。

 義肢屋も大小様々、実力も玉石混交だけど、千鶴さんの腕はこの街一番だと言ってもいい。


 千鶴さんは人を雇わずに先代から受け継いだボロくて小さな工場をひとりで切り盛りしてるんだけど、彼女あのひとが居るだけでそこは一流の工場だ。

 あのにある世界一のシュライバー企業・橘製作所たちばなせいさくしょに負けずとも劣らないと、俺はそう思ってる。

 あの日本、なんて言ったのはここが日本じゃないからなんだけど、その話はまた今度。

 今は千鶴さんに会いに行くのが先だ。



 というわけで翌朝、俺は千鶴さんの工場へ。

「ちーずるさんっ」

 半開きのシャッターをノックしながら声をかけると、工作機械の奥から年季の入ったエプロンを掛けたキレイなお姉さんが顔を出した。

「あらハナくん。いらっしゃい」

 千鶴さんはいつもの笑顔で出迎えてくれた。


 千鶴さんは俺より4つ年上の29歳で、独身彼氏ナシのおねーさんだが、美人っていうかカワイイ人で、しかもスタイルが良くて腕が良くて優しくて……この街の仕事人はどんな荒くれ者も千鶴さんの前ではみんないい子ちゃんになってしまうのだ。


「今日もステキだね千鶴さんっ。今度の日曜映画でもどう?」

「昨日、鉄男くんが来たわよ」

 千鶴さんは俺の誘いを完全スルーしつつ、ポットからコーヒーを淹れてくれた。


「ああ、サムライに斬られて全身縦に真っ二つになったって噂の?」

「真っ二つではなかったけど。サムライの事、知ってるの?」

「まぁ、シュライバー屋の兄ちゃんから聞いた程度だけどね」 

「……キョンキョンもやられたって、知ってる?」 

「ええ? キョンキョンも?」


 キョンキョンとは鉄男と仲の良い爆弾魔の事で、奴らはよくコンビを組んで仕事をしていた。

 キョンキョンは手先が器用で、それを活かした爆弾づくりじゃこのあたりで彼を知らない仕事人ヤツはいないっていうほどの腕利きなんだけど、青白い顔と今にも死にそうな掠れた声の不健康な奴で、ほとんど外に出ない。

 日光に当たると脳に仕込んだ自爆装置が働くとかなんとかで引き篭もりを正当化してるんだけど……。


「あいつ、滅多に家から出ないのにどこでやられたんだろう」

「それが全くわからないのよね。私も又聞きだから……でもやられたのは確かだって。キョンキョンの応急処置をした闇医者が言いふらしまくってたから」

「その闇医者も大概だけど、言いふらされるやつが悪いよね」

「でも、ここからがこの話の闇が深い所で……」


 千鶴さんはそっと耳打ちをするように近づいてきたので俺はマジでドキッとした。

「その闇医者も半殺しの目にあったのよ」

「……それはサムライ関係あるの?」

「闇医者の装着けてたシュライバーは無事だった。て言うことは、この闇医者はサムライにやられたわけじゃないってことじゃないかしら。サムライはシュライバーを親の仇みたいにバラバラにしてるらしいし」

「う~ん、わかんねえなぁ」


 分からなくても問題なさそうなことは深く考えないことがモットーな俺。

「ま、キョンキョンの事はいいとして、鉄男の事を教えてくんない?」

 話を変えると、千鶴さんは別にそれを気にする様子もなく俺の話に乗ってきた。


「鉄男くんの? どんなこと?」

「あいつのシュライバーだよ。ぶった切られてたって話は聞いたけど、どんな感じなの?」

「……見る?」

「え、いいの?」

「ええ。むしろ私も誰かの意見が聞きたかったのよ」


 そう言って千鶴さんは工場の隅に置かれている大きな段ボール箱を指さした。

「そこに彼のシュライバーがあるわ」

「段ボールに入れられてるとゴミみたいだね! 捨ててこようか?」

「他に適当な箱がなかったのよ」

 箱は荷台に乗せられており、引っ張り出してみると案の定、かなり重たかった。


「……クッソ重たっ!!」

 鉄男のシュライバーは金属製の合成筋繊維が主な構成要素なので重量がヤバい。

 その代わり頑丈だし、なによりパワーが他のシュライバーとは段違いなのだ。


「……?」

 箱の中でやたらとゴロゴロ音がする。

 不思議に思い、箱を開けてみて驚いた。

「げ、マジでバラバラじゃん!」

 パワー重視で超丈夫なだけが取り柄の鉄男のシュライバーがまるで廃品回収に出されたおもちゃのようにぶつ切りにされていたのだ。


「……普通、そんなふうに切れないよ。ナイフみたいな刃物で切るのなんてまず無理」

 千鶴さんは視線を鋭く、虚空に投げて思案する。

「かと言って鋸刃チップソーで切った形跡はないし、水や油が溜まってないからウォーターカッターのような特殊工具で切ったわけでも無い。ハナくんはどう思う?」

「全くわかんないね」

「……そう」


 千鶴さんは俺に訊いたことを後悔するような顔でため息をついた。

 彼女にそんな顔をされると悲しいっていうか俺の株が下がった感がしてすごく嫌だったんでとりあえず取り繕った。

「さ、サムライにやられたんならやっぱ日本刀サムライソードなんじゃない?」


 咄嗟の冗談のつもりだったのに、千鶴さんはその言葉を真に受けたのかうむむ、と唸って腕を組んだ。

「やっぱりそう考えるのが自然よね」


 あれ、意外に乗ってきた。

 だから俺もちょっと乗ってみた。

「……カタナってそんなに切れ味ヤバいの?」

「ピンキリよ。でも本物の刀工が造り上げた刀と本物の侍の技術があれば、可能だと思う」


 千鶴さんはそのカワイイお目々を鋭くして、どこか物憂げに鉄男のシュライバーを見つめていた。

 ……何か思い当たる節でもあんのかな。


 ま、俺にはなんにも分かんないけどさ。


「へぇ。……じゃあ俺もヤバかったのかなぁ」

 俺はなんてことのない風に言ったんだけど、千鶴さんの鋭くなったお目々が俺を見てギラリと光った(気がした)。

「……どういうこと?」

「ん? いやね、実は俺も昨日の晩に出くわしたんだよ。そのサムライに」


 すると千鶴さんはずずいと近寄って来て、なんだかマジな顔で俺に凄んだ。

「その話、詳しく訊かせて!」

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