第2話 それ、コスプレじゃなくて?

 何でこんな事に……!


 目の前にはマジで『麦わら帽子のお化け』を目深に被ったヤツが物凄い殺気を放っている。

 なぜヤツかというと、俺のイメージしていた『侍』とはかなり違ったからだ。

 

 目の前『侍』は袴じゃなくてミリタリーチックな外套コートに、ブーツを履いている。 

 笠もよく見ると、笠というより帽子のような、なんかオシャレなカタチだった。

 でも、カタナを持っていることはどちらも共通していたのでヤバさは変わらない。

 アレが本物でもそうでなくても、斬られたら痛そうだ。


 つーか、聞いてた話と随分違う。身長2メートルには全然届かないほど小柄だし、カタナも2本しか差してない。目も別に光ってない。

 まあでも、このヤバげな雰囲気はコイツが噂のサムライなんだろうなという妙な説得力があった。


 で、そのサムライ。にじり寄ってくるような殺気というか気迫は物凄いが、すぐに襲ってくる様子はなかった。

 なんていうか、登山中に熊に出くわしたらこんな感じなのか?

 よくわからんにらめっこ状態だったのだ。


 だから俺は現状打破のために状況を整理することにした。


 ………

 ……

 …



 シュライバー屋から出た時刻は夜の10時半。

 小腹が空いた俺はコンビニで肉まんとホットコーヒーを買い、雪のチラつく夜の街から家路を急いでいた。


 この街は夜も昼も品のない活気に溢れていて結構な事だが、品がないのでそれ系の誘惑も多い。


「おいハナ! ちょっと揉んでけ!」

 野太い声で俺を呼びこむガラの悪いキャバクラ店長や、

「ハナくーん! 溜まってない? スッキリさせたげよーか?」

 筒状に握った手先を口元で前後させるキュートなおねーちゃん達のお誘いの多い事多い事。

「ごめんね今、カネねーんだわ。仕事入ったらまた行くからー」

 なんて返すと、みんな口を揃えて「いつになるんだよ!」と、突っ込んでくれる。

 友達っていいよね。


(いやーマジで仕事探さなきゃな……パックマン買ってカネ無くなっちゃったし)


 そう、お察しの通り俺は絶賛求職中で、つまり無職……いや、フリーランスの仕事人ワークマンなのだ。


 まーでも今そんなことはどうでも良くて、とりあえず早く家に帰って風呂に入って新品おニューのシュライバーを眺めながら眠りにつきたい。抱きしめながらでもいい。


 ワクワクが止まらなかった俺は、普段は使わない路地裏でショートカットを試みた。 


 夜はヤバいヤツが多いから普段はこんな暗い道は避けるんだけど、おニューのシュライバーが俺の判断を狂わせた。

 まさか、こんな究極にヤバそうなヤツに出くわすなんて。



 サムライはじりじりと間合いを詰めて来ていた。

 俺は視覚を暗視ナイトビジョンに切り替え、身構えた。

(やるか……?)


 俺の装備は腰のホルスターに銃が一丁と右手に肉まん。左手にホットコーヒーだが、コーヒーはこの寒さでアイスコーヒーになってしまった。

 肉まんがアイス肉まんになる前になんとかしなければ。


 と、思っていた矢先だった。


 ざっ!


 サムライのブーツが鳴り、突っ込んできたと思った瞬間、俺の眼前をサムライの切っ先が閃いた。

っや……!)


 サムライは突然抜刀。俺はその凄まじい速さの斬撃を奇跡的に避けはしたが、バランスを崩して後方にぐらついてしまった。

(やっば……!)


 サムライの踏み込みは深かった。

 気づいたときにはサムライは既に返す刀を斜め上段に構え、俺を袈裟斬りで真っ二つに……!


「なるかぁ!!」


 俺は咄嗟にバク転でそれを回避!

 バク転というかバク宙。かなり高く上がったので跳んでる俺の足元を刀が掠めて行ったが、あと一瞬遅かったら……。


アブッ!危危危アブアブアブ!)


 着地した俺はそのまま体操選手よろしく後方に連続バク転で間合いを取った。


 我ながら見事な軽業かるわざ……これを可能にしたのもシュライバーのおかげだ。

 今現在装着中のレッグシュライバーはパルクール競技用に開発された軽業特化型アクロバティックシュライバー『SASUKE』。製造は知る人ぞ知る老舗・松田精巧㈱。この松田精巧は……って、今それどころじゃねーな。


 5メートルは距離が取れたが、こんなもんはサムライにとっちゃあ一瞬の距離だろう。

 俺は決断を迫られた。  

 バク転の最中、コーヒーは全部こぼれてしまった。肉まんは無事だが、もう冷めかけている。


 ……食うなら今だ!


 しかしそんな暇は無さそうだ。

からのコップを手放し、左拳を握り締めてハッとした。

コイツはおニューのシュライバー……こいつを斬られでもしたら俺はもう立ち直れない。

 結論は出た!


「畜生! 食い物の恨みは怖ぇんだぞ!!」


 俺は右手の肉まんを思いっきり放り投げ、銃を抜いた。


 右のシュライバー『ガンスリンガー・ガバメント』は銃大国アメリカが生んだ早抜き早撃ち百発百中の傑作だ。

 サムライのカタナが速いか、俺が弾くのが速いか……勝負だ!!


「……ん?」


 おかしな事が起きた。

 サムライが消えたのだ。というか、逃げていった。

 俺が銃を抜いたから……?

 いや、そんな感じじゃなかった。


「肉まんを追いかけていった……?」 

 俺の見間違いじゃなければ、サムライは俺が放り投げた肉まんの方へ走って行ったように見えたのだ。しかも全力で。


「腹が減ってはいくさはナントカかぁ? そりゃこっちも同じだよ」

 とりあえず危機は去った。

 あんなクレイジーと命の取り合いにならないで済むなら、それに越したことはないだろう。

「……ま、いっか」


 俺がホルスターに銃を仕舞うと、思い出したように腹が鳴った。


 ぐう。

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