幻肢のシュライバー

おしやべり

第1話 人工四肢・シュライバー

 『腕』が

 左腕が

 液体の中で

 ぷかぷか浮かんでいる


 気持ちよさそうに

 まるで熱帯魚だ


 愛おしい……!


 俺はその腕に見惚れていた。


 それこそ楽器屋の店先に飾られたトランペットを、ショウウインドウに張り付いて見つめる幼少期のマイルス・デイヴィスのように……!

(早く装着めてぇ……)


 マイルス・デイヴィスがそんなことしてたのかは知らないけどね。



 今、俺の目の前にある消毒&培養液で満たされた水槽にぷかぷか浮かんでるのは、俺のだ。


 ならまだしも、だったこれはそれなりに汚いのでどうしても消毒が必要なのだ。

 それに装着者オレ肉体カラダにピッタリ適合させるための『人工表層適合最適化』が必要な為、かれこれもう1時間以上このお預け状態だった。


「ああ、早く早く……!」

 俺ははやる気持ちを抑えつつ、今直ぐにでも装着できるように左肩の付け根の接合部と、接合ピンをその辺にあったウェスで拭き拭きした。


 つまり今現在、俺の左腕は肩の付け根にあるから先が無い。


 あるのは規格統一された肩関節部の接合システムと、その真ん中に突き出ている神経系を繋ぐ金属製の突起ピンだけだ。


 で、ここに何がくっつくかといえば、目の前の水槽でぷかぷか浮かんでいる人工四肢『シュライバー』だ。



 ……ここでちょっと、説明しとこうか。


 この接合部。初めて見る人なら「うわぁ……」とか思うんだろうけど、『シュライバー』の装着者マニピュレーター、略して『マニピ』なら、みんなもれなく同じようになっている。


 この先っちょの接合部とピンにシュライバーをはめ込むと、自分の神経系と『シュライバーシステム』がリンクして自由に動かせるようになるってわけ。


 で、そのシュライバーが何かって言うと、なんでも出来ちゃう夢の義肢ぎし。つまり人工の手足……なんだけど、俺らにとっちゃあ、バイクとかクルマみたいなもんかな。

 スピード上げたりコーナーリング良くしたいならそれ相応の改造カスタムをするでしょ? それを自分の腕とか脚でやる的な感じ。


 早い話が義手とか義足とかの超ハイテクかつエキサイティングなのが『シュライバー』ってわけ。


 わからない? じゃあ、見てく? 

 百聞は一見にかずって言うだろ?

 今日、俺は前からずっと欲しかったシュライバーをついに手に入れたから、そのテストに来てるんだよ。 

 シュライバーがどんな物か、見せてやるよ。




 というわけで、この真冬に暖房もろくに効いてない安普請プレハブのシュライバー屋でかれこれ1時間以上も待たされて、さすがに冷えてきたんだけど。


 と、思っていたらメカニックの兄ちゃんが俺を呼んだ。


「ハナさん、そろそろイイよー」


「おっ! 待ってましたぁ!!」

 寒さなんて一気に吹っ飛んじまった。


 兄ちゃんが水槽からシュライバーを取り出したので俺も意気揚々と「」へ向かった。


 試装着室には俺の『新しい腕』が整備台の上に置かれていた。

 筋肉や肌の感じは俺に最適化されてるから、違和感ゼロ。

 よし、早速……と思ったら兄ちゃんが俺の右腕を指差して言った。

右腕みぎ、そのまんまでいいの?」


 俺の右腕はもともと装着けていた射撃特化型シュライバー『ガンスリンガー・ガバメント』だ。

「いいんだよ。だから早く装着けさせてよ」

「んー、でも射撃型と格闘型とじゃ相性悪いでしょ。多分まともに動かないよ?』

 兄ちゃんは俺が今回新たに購入した格闘型ボクサースタイルシュライバー『パックマン』を抱えて言う。

「大丈夫だって。兄ちゃんだってだろ? だから早く早く」

「……動かなくても保証外だからね」


 兄ちゃんは『パックマン』を俺の腕に装着しながら不思議そうな顔をしていた。

「なぁ、ハナさん。あんた、なんで別々のシュライバー装着けてんのに普通フツーに動けるの?」

 俺はフツーに答えた。

「そんなもん、才能センスに決まってんだろ」


 俺は右腕のシュライバーも同期して、シュライバーシステムのオートチューニングの完了を待った。


 兄ちゃんは手元の端末で俺のシュライバーのデータを見るふりをしてエロサイトを見ながら言った。

「ハナさん、一応説明しとくけどパックマンはボクサースタイルシュライバーだから、そいつで銃は撃つなよ。射撃の反動でセンサーがイカれて、パンチの命中精度が落ちるからね」

「ボクサースタイルの痛いところだよな。繊細すぎるんだよ」

「あと、フィリピン製独特の癖もある」

「それは嫌いじゃないね」


 チューニングが完了したので俺はすぐ側にある『試し打ち』用のサンドバッグへ向かった。


「そんじゃ、早速……」

 俺は踏み込み、思いきり左のボディーブローを放ってみた。


 ドゴァアッ!!


 鈍い音と共に一瞬、サンドバッグが『くの字』になった。

 それを見た兄ちゃんが、歓声代わりに口笛をピュウッと吹いた。


「うん、いいね!」

 俺はジャブ、フック、コンビネーションと様々なパンチを繰り出し、揺れるサンドバッグを体捌きと足捌きで躱しながら、まさに舞うようにサンドバッグを打ち込みまくった。

 そして……


「おいおい、壊さないでよ!」

 という兄ちゃんの忠告を無視して渾身の左ストレートを繰り出した。


 ドッコォッ!!


 サンドバッグが今日イチに跳ね上がり、その止め金具がギシギシと嫌な音を立てたものの、サンドバッグが落ちてきたり壊れたりすることは無かった。


「うーん、ぶっ壊せると思ったんだけどなぁ」

 俺が呟くと、兄ちゃんは「勘弁してよ」と言いながらサンドバックを引っ込めてしまった。


(ちょいタイムラグがあるかな……明日にでも千鶴ちずるさんの工場行って調整してもらお)

 俺は左拳をにぎにぎしながらそんなことを考えていた。


 ちなみに『千鶴さん』とは俺的にこの街一番のメカニックで、美人で可愛くて優しくてスタイルまで良い凄腕のシュライバー職人だ。

 まぁ、彼女についてはまた追々おいおいね。



 俺は兄ちゃんに支払いを済ませてさぁ帰ろうかな、と思った矢先、

「ねぇ、ハナさん。最近噂の『シュライバー破壊魔』の事、知ってる?」 

 なんて興味深いことを聞かれたもんだから、とりあえず食いついた。


「え、なにそれ。破壊魔?」

「知らない? なんでもやたら切れ味のイイ刃物でシュライバーぶった斬ってく辻斬りがいるらしくて、昨日の晩、鉄男テツオがやられたって」

「マジで?」


 鉄男とはこの界隈ではちょっとは知られたパワー系シュライバーマニアで、スピードやスタイルを無視したゴツいシュライバーばかりを装着けてる、悪いやつじゃないんだけど頭は悪い奴のことだ。


「で、鉄男は死んだの?」

「いや生きてるよ。でもシュライバーはバラバラにされちゃって、しばらくは車いす生活だってさ」

「あららぁカワイソ。つーか馬力ばっかり追い求めて建機の部品パーツなんて組み込んでるからそんなことになるんだよ」


 と、いいつつも鉄男の事は気になる。

 別に鉄男の様子とかじゃなくて、あいつのシュライバーをバラバラにしちゃう『破壊魔』の方が気になる。


(アイツのアホみたいに硬そうなシュライバーをぶった斬るなんてどんな刃物だ? それとも斬った奴が凄いのか??)


「ハナさんも気をつけなよ」と兄ちゃんは心配してくれるけど……。

「ホントかなぁその噂。嘘くせぇなぁ」


 そんなモンは鉄男の妄言じゃねーの? と言って一蹴しようとしたが、兄ちゃんは「俺も最初はそう思ったんだけどさ」と、前置きをして続けた。


「目撃情報もあるんだよ。その破壊魔、大昔ののサムライみたいな格好なりで、カタナで襲ってくるんだってさ」

「カタナぁ? じゃあ、あの麦わら帽子のお化けみたいなカサ被ってたりすんの?」

「らしいよ。身長が2メートルぐらいあって背中に何本もカタナ差して、暗闇で目が光ってるんだってさ」

「マジかよそんなヤツに殺されかけるなんて鉄男、ツイてるな。つーかそんなバケモンがホントにいたら、目でピーナッツ噛んでやるよ!」

 俺と兄ちゃんは大笑いし、近いうち傷心の鉄男をお見舞いついでにからかいに行こうと約束した。


 ……その時はまさか、俺が次のターゲットになるなんて思いもしなかった。


 シュライバー屋の帰り道、俺は獣の様な殺気を放ちまくる『サムライ』と出くわしてしまったのだ。


 俺は直感した。

 ヤバい。

 これはヤバい。


 どうしよう……!


 目でピーナッツ噛んでやるなんて、言うんじゃなかった!

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