#33
会議場に足を一歩踏み入れると、なにかの攻撃だと勘違いするほどの閃光と喧噪に襲われた。
光感知の閾値を下げつつ壇上に立ち、一呼吸おいてから言葉を発する。
「この度は突然の会見にお集まりいただきありがとうございます」
口を開いた瞬間、より一層のフラッシュ攻撃に遭い、たまらず閾値を最低に下げる。
「今回ご両親を訴えられたというのは本当でしょうか」
「会見をオフライン限定にされたのはなにか意図があるのでしょうか」
「他にも両親を訴えられた方がいると聞いているのですが、互いに連携してのことでしょうか」
記者が次々に質問を投げかけてくるのを手で制止する。
「詳しいことについてはこれから入ってくる生身の私から説明させていただきます」
ヒューマノイドの覆現を切って自律制御に切り替え、私は監獄の体へと戻る。
先ほどまでフラッシュを浴びていたせいか、会議場に続く廊下はひどく暗く見えた。
私はもう一台の自立制御のヒューマノイドが押す車いすに載せられ、会議室へと入場する。
先ほどのような眩しさと喧しさを覚悟していたのだけれど、待ち構えていたのは底冷えするような静粛だった。
なにか手違いをしたのだろうかと不安になるが、彼らのまなざしが私の身体に注がれていることに気づくと、合点がいった。
私は見えない存在だった。
私が世間に注目されるようになってこの方、生身の身体を表舞台に露出したことはなかった。
下調べの甘い記者の中には私が身体障碍者であることをそもそも知らない人間もいるだろうし、たとえ知識として知っていたとしても生身の私を見て、この一〇年間まるで自分そのもののように偽ってきた堅強なヒューマノイドの私と車いすで無気力に運ばれる私を無理なく同一人物だと認識するのは難しい。
「みなさん、生身でお会いするのははじめてですね」
ユーモア交じりの挨拶で場を和ませようとするけれど、緊張の糸は張ったまま。
誰も笑わず、私が醜く顔を歪ませるだけ。
「こ、今回みなさんに、集まって、」
早く本題に入ってしまおうとするけれど、乱れるはずのない合成音声がひび割れたような気がして、それ以上言葉を告げられなくなる。
私は取り返しようのない過ちを犯そうとしているのではないか。
「ご両親を刑事告発されたと伺っておりますが、どのような罪状でご両親を訴えられたのでしょうか」
言葉に詰まる私に、ある記者が挙手し、質問を投げかけた。
最前列に座るその女性はアイ。
怯え、竦む私の様を見ても、彼女は苛立ちを見せることなく、いつもの超然とした艶笑のまま、下げたままの左手をそっと自分の下腹部へと添えた。
「もうあなたは一線を越えてしまったのよ」
覆現のリンクは切っているはずなのに。
耳元でそう囁かれた、そのような気がした。
慌てて彼女から目線を離すけれど、否応なしに股間が盛り上がっていくのを感じた。
「彼らは国の推奨する遺伝子検査を怠り、私に回避可能な障碍を負わせたとして、本日付けで両名を傷害罪で告訴いたしました」
私がそう言い切ると、一瞬の静寂の後、途端に場が騒がしくなった。
嵐のように投げかけられる質問に淡々とアイと一緒に練った回答を答えながら、私は隷属欲とも呼べる、薄ぼんやりとした幸せに似た情動に打ち震えていた。
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