#3
私の些細な不安をよそに、義胎妊娠の手続きは順調に進んだ。
産休・育休の取得相談と仕事の調整、役所への凍結配偶子使用申請に義胎妊娠費制度の申し込み。
顕微授精は覆現越しに別室で見学するだけだったが、胚盤胞の義胎移植は直接立ち合った。
清潔感を強調するかのように真っ白な処置室の真ん中に義胎のピンクの外殻が鎮座し、その周囲を青色のガウンとヘルメットで完全防備を備えた人々が囲む姿はまるで異星人の集まりのよう。
観音開きになった外殻の中にロボットアームが入っていき、人工子宮の表面にプローブを押し当て、超音波によって非侵襲的に得られた子宮内部の様子が覆現の白黒のマッピングとして示される。
「この白く光る線が子宮内膜です。ここに胚盤胞を着床させます」
医師の解説と共にもうひとつ別のアームが義胎の中へと入っていき、人工子宮内にカテーテルが挿入される様が覆現に映った。
「準備ができました。このシリンジを押し込めば胚盤胞が移植されます」
医師に促され、ツキミが注射器のピストンを恐る恐る押し込む。
カテーテルの根本に装着されたシリンジの内容物がカテーテルを通り、子宮の中へと押し込まれていく。覆現内の子宮内膜の表面に光沢のある粘着質な液体が盛られていく。
「これで、私たちの子どもができるなんて不思議な気分だね」
「そうだね。あんまり実感がないよね」
覆現の、受精卵が漂っているであろう部分に手を添え、ツキミが素朴な感想を述べる。
「おめでとうございます。これで胚盤胞移植は完了です」
医師はロボットアームが引き抜かれた義胎に異常が生じていないか目視で確認した後、祝いの言葉を述べた。
「これで妊娠したんですか」
手術の補助をしていた看護師たちがてきぱきと道具を仕舞うのを脇に、ツキミが尋ねる。
「いえ、着床率は一〇〇%ではないのでまだ分かりません。胎盤から分泌されるホルモンが検出されたら妊娠が確定するのですが、その検査ができるのは一〇日後になります」
「そうですか」
「通常の妊娠でも受精しても、着床しないことは多々あります。受精卵は複数個用意して冷凍保存していますので、妊娠が確認されなかったらすぐに再トライできますよ」
医師はそう言い、再トライの費用はお取りしませんので、と付け加えた。
「いえ、費用については心配していないんですが。こんなに頑張って受精卵を送り込んだのに、それがダメになったらいやな気分になるだろうなと思ってしまって」
ツキミのその言葉を聞き、その通りだと思った。
通常の妊娠でも受精卵が着床しなかったり、自覚症状のないまま超早期に流産することはあるのだろうけど、それはだれも知らぬ間に生じていることだ。
医学的根拠はともかくとして、こうやって受精卵を送り込んだ時点で私たちは子どもができるのだろうと感じてしまう。覆現の輝く光点の中にふたりの受精卵、十月十日後にはこの世へ生れでる赤子がいるのだろうと、そう信じたくなってしまう。
「こればっかりは生命の神秘の話ですので」
医師はそう言って、苦笑いを浮かべる。
生命の神秘。どれだけ技術が進歩しようとヒトのあずかり知らぬ領域はあるのだろうが、体内に覆い隠された人体の働きの秘密さえも3Dモデルとして詳らかに示されて、純真に神秘を信じ切れるのだろうか。
「ともかく二週間後を楽しみに待っています」
ガウンとヘルメットを脱ぎ、首元の汗を拭いながら、そんなことを思った。
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