#16

「視聴者が討論番組に求めるものは何だと思う」


 リアル・ディベートの生放送開始前、暗い舞台裏で緊張感と共に出番を待っていると、フウマが不意に呟いた。


「一貫性、かな」


「なら一貫性って何だと思う」


「理論じゃないの」


「君はそうかもしれないけれどね」


「笑わないでよ」


 茶化し交じりのおべっかに頬を膨らませ抗議する。


「筋の通った理論だけじゃ他人は説得できない。ニートが語る仕事のコツなんて空虚だろう。どんな事を言ったかよりも、誰が言ったかの方が大事なのさ」


「それは、そうかもね」


「妊娠の存続を訴える以上、俺たちは『お前はどうなんだ』という問いに答えなければならない」


 彼がどうして突然こんな話を振ってきたのか、ようやく理解した。


「なに、私を同伴させたことへの謝罪」


 プロデューサーが送ってきた企画書ではフウマと母親の一騎打ちだったのを、私も討論に同伴できるよう交渉したのはフウマだった。


「義妊クリニックの不正を暴いた主役をそろえなければ片手落ちだって説明でも納得していたわよ」


「ノゾミは聡いからね。分かってたろ」


 茶化すような言葉、けれど彼の目はまるで懇願するようだった。


 妊娠存続を主張することは、良く言えば妊娠の主体を女性に取り戻すことであり、悪く言えば子を産む責任を女性に押し付けることだ。


 これから先、私たちの主張を世間に広めていく上で、妊娠の尊さを唱える中心人物が男性なのは都合が悪い。


 だって男性は妊娠から疎外されているのだから。


 自ら子を産まない人が子を産む権利を声高に主張しても、どうやったって色眼鏡で見られてしまう。


 母胎妊娠の守護者として相応しいのは、自ら妊娠することを望む女性だ。


「さあ、今日もこの時間がやってまいりました。リアル・ディベート。変わりゆく世の中で今をとらえる感覚型討論番組。本日は特別番組。いつもの百家争鳴は今日はお休み。今、世間をにぎわせている義胎妊娠クリニック不正問題について、論争の渦中にある二陣営にがっぷり四つに組んでもらいます。まずは二年前の初登場から何倍何十倍にもビッグになって帰ってきた出世魚。もみじの会代表の吉野フウマさんと副代表の住吉ノゾミさんです」


 芸能人上がりの司会の流暢な紹介と共に、目前の数メートルはある大きな引幕が開かれていく。


「私たちは手段を選ばない、そうでしょう」


 彼の肩に手をかけ、背伸びをする。カーテンが開き切って多くの光源と歓声に私たちの姿がさらされたその瞬間、彼の唇に私の唇を重ねる。


「おおっと。入場から、お熱いところを見せつけてきますねえ」


 司会の冷やかしにニコリと笑みを返し、彼と手をつないだまま会場の中心、壇上に設置された円卓へと向かう。


 円卓の周囲は階段状になった観客席に囲まれ、リアルの観客や覆現でリモート出演する芸能人、専門家、コメンテイターたちが座っている。


「さて、それに対面するのは元厚生労働省事務次官、持続可能な社会の実現対策室政策参与の吉野イズミ。これまでありとあらゆる出演依頼を断り続けた影の巨人がリアル・ディベートで初オン・エアです」


 天井まで届く巨大な引幕が開き、小柄な女性がライトの閃光に照らさた花道をゆっくりとした確かな歩調で円卓へと歩んでくる。


 綺麗な人だと思った。


 たしか今年で五八だったか。生まれながらの容貌だけでなく、これまでの半生で日々積み重ねてきた節制によって磨かれた美しさをたたえた女性。


 彼女が円卓に座ると同時に、覆現に両陣営が獲得しているプラスとマイナスのポイントを示すバーがそれぞれふたつ表示され、私たちの赤いプラスのバーと彼女の青いマイナスのバーが一気に伸びる。


「おっとまだ始まってもないのに、すでに応援票が入っておりますね」


 司会が目ざとく反応し、

「さて、イズミさん。お相手方がタッグを組んでいるのに対し、おひとりでの参戦、しかもアウェイですが。どうでしょう勝利への意気込みは」

 と尋ねる。


 イズミの几帳面そうな表情が、少しだけ緩んだ。


「親子喧嘩に彼女を連れてくるような息子には負けませんよ」


 わざとらしい挑発的な言葉。


 融通の利かないタイプかと思っていたけれど、案外プロレスを理解している。


「あら、義母様ったらひどいわ」


 ジョークにはジョークを返してあげるのが筋だ。

 大げさに悲しむそぶりを見せ、冗談で返す。


 会場にひとしきり笑いが起き、騒がしさが止むとともにイズミが口火を切った。


「私は義胎妊娠こそが二一世紀の女性をエンパワーメントする原動力になると信じています」


 強く、信じている、と言い切られた言葉には本心が籠っていた。


「妊娠は女性を縛り付けるものだと」


 フウマの問いに彼女は肯定も否定も見せずに、

「元始、女性は実に太陽であった」

 と続けた。


「平塚らいてうの言葉ですね」


「これは比喩ではありません。古い神話の多くは、太陽神に女性の姿を見ました。日本の天照大神もアイヌのトカプチュプカムイも北欧のソールも。ですが文明の発展によって女性としての太陽神は消え、太陽は男性の姿に変わりました。エジプトのラーもギリシアのアポロンもメソポタミアのシャマシュもその姿は男のものです」


「なぜそのような変化が生じたのですか」


 司会の問いにイズミは、

「生産性の向上です」

 と答えた。


「集産、分業、機械化。多くのテクノロジーによって人類は自らの価値を向上させてきました。一人で野兎を取るのではなく大勢で畑を耕す。汗のしみ込んだ田畑を守るため、戦うことを生業とする者たちに年貢を差し出し代わりに守ってもらう。腰の痛みに耐え落穂拾いに勤しむのではなく、エアコンの利いたリモート室からトラクターを遠隔操作し収穫する。生産性の向上は格差を生みましたが、それでも現代では誰しもが縄文時代の王より豊かな生活を送ることができるようになり、我々が知性によって作り出したものは我々自身をエンパワーメントすることになりました。しかし、妊娠は長らく文明化の恩恵を受けませんでした。何十億年か前、生物が初めて分業化したはずの生殖は、サピエンスが地に満ちてもなお、ひとりの女性が十月十日の間その身体を差し出さなければならない旧態依然のままでした。労働の生産性が向上する一方で女性のみが従事できる妊娠という労働の生産性は伸びることなく、結果社会は男性化し、神々の姿すら女性から男性へと変化したのです」


 イズミの静かな語り、けれどもそれを聞く人に有無を言わせないような強い重力を持った語りは、フウマのそれと似ていた。


「フェミニズムはこの男女の不均衡をただすため、多くの路線に分岐しました。女性も男性と同じように投票し働く権利を求めたリベラル・フェミニズム、男性を女性の抑圧者と見なしたラディカル・フェミニズム、資本主義こそが女性抑圧の土台だとしたマルクス主義フェミニズム、男女の差異を認め男性的な『正義の倫理』に比べ女性的な『ケアの倫理』の軽視を問題だと見なしたカルチュラル・フェミニズム」


 ピントの外れた答えを言った生徒に呆れる先生のようにイズミが頭を横に振った。


「けれどもマルクスの、土台が上部構造を規定するというテーゼに従えば、男女の不均衡という上部構造を変えるためには、土台である女性的な労働の生産性の低さを変革せねばなりません」


「それが義胎だと」


 イズミはうなずき、

「義胎妊娠や自律ヒューマノイドを活用した保育など、多くのテクノロジーによって妊娠、出産、育児の生産性は大幅に向上することになり、これらの産業に従事する医療者や保育士、教育者の待遇も改善されつつあります。私たちはこの第四次産業革命の波を止めてはなりません」


「その結果、私たちが告発したような多くの腐敗が生じても、ですか」


 フウマが挑発的な問いかけを投げかけるけれど、イズミは落ち着き払った態度を崩さず、一瞬彼の顔を見つめてから答えを返した。


「今回の告発を受けて、制度の見直しを進めています。クリニックの急増が当局の監視能力を上回ってしまったのが主因ですので、今後は義胎数が二〇基を下回る小規模クリニックは認めず、大規模病院に人口再生産機能を集約するような仕組みが構築されていくことになるでしょう。今回問題を告発してくださったもみじの会には感謝しています」


 感謝の言葉と共に、イズミは素直に頭を下げた。


「ほう。ずいぶんと素早い対応ですね」


「以前から問題視されていたことですから」


 司会が改革案に興味を示し、その内容を深堀する。

 覆現で共有されている、共感度メーターを確認する。開始直後は応援票もあってこちらが大きくリードしていたのに、イズミが主張を終えた今ではそのゲージは拮抗している。


 まずいな、と思う。


 イズミに口火を切らせたのは失敗だった。


 義妊クリニック不正問題の糾弾から攻めるつもりが、彼女が義妊の是非そのものに切り込んだことで、不正問題があっさりと片付けられてしまった。


「革命が人々を常に幸せにしてきたとは限らない」


 司会の相槌を遮るようにフウマが発言する。


「世界で初めて産業革命を経験したイギリスは、それに先立つ農業革命によって食文化の衰退を招いた。農業革命・産業革命によって人々はより多くの熱量を摂取できるようになり、トロール漁業で乱獲されたタラと貧者のパンであるジャガイモで作られたフィッシュアンドチップスによってイギリスの人口は急増したけれども、中世までの農民たちの食卓を彩っていた多種多様な食材は囲い込みによる入会地の消滅により消え去り、イギリス料理の多様性は失われた」


「義胎妊娠の広がりが、人々の生活を苦しめることになると、そう仰りたいので」


 イズミは眉をわざとらしく吊り上げ、問う。


「出生の多様性は失われるでしょうね」


「出生の多様性というのはつまり望まぬ母胎妊娠によって生じるトイレでの墜落分娩や親の宗教的エゴによって行われる危険な出産のような多様性のことですか」


 挑発にフウマは乗らない。


「パレンス・パトリエ制度の利用を希望する人間は、国が定めた基準を満たしているか審査を受ける。子の養育に相応しい環境を今後も整えることができないと判断された人々は制度から弾かれ、義胎へのアクセスを実質的に制限される。義胎は身体的・精神的・社会的障碍により母胎妊娠を行えない人々のためにあったはずなのに、親として相応しくないと共同体によって判断された人々が子を持つことを妨げるようになる」


 フウマの指摘に、イズミは一度唇をぎゅっと結び、それから重々しく口を開いた。


「公金を支出する事業である以上、私たちはパトリエ制度によって生まれてくる子どもたちが健やかに育つことができるか、パレンス・パトリエの名の通り、親として責任を持たなければなりません。結果として不利益を被る人々がいることも否定はいたしません」


「それだけではありません。パトリエ制度では、これまであった義胎妊娠は成人ふたりのカップルの同意によって行われるという制限すら取っ払ってしまいました。ひとりの成人が子を持とうと希望すれば、自分の配偶子と番になる配偶子をいくつもの選択肢から選ぶことになるのです。いわば遺伝子のウィンドウショッピングを国が認めてしまった」


「それのなにが問題ですか」


 フウマの主張にイズミが鋭く割って入る。


「親となる権利の制限が問題だというのなら、現代の自由恋愛こそが親となる権利を制限しているでしょう」


「どういう意味ですか」


「性淘汰ですよ」


一言。切り捨てるようにイズミが告げる。


「貴方」


 唐突にイズミが私に呼びかける。


「貴方はどうしてフウマと恋仲になることを選んだの」


 あまりにも直截的な言葉が刺し込まれた。


 プライベートですから、と逃げたらいいと気付いた時には既に遅かった。


 円卓の外周を囲むモニターに映るのは言葉に詰まった私の姿。


「当てましょうか。フウマが優秀だったからでしょう。妊娠の尊重という古臭くて宗教臭い観念をナチュラル・フェミニズムと今風にリパッケージして若年層への訴求力を獲得、組織を拡充し、手に入れた動員力で反対勢力の弱みを探る。彼でなければ私もこのような番組に出ることもなかったでしょう」


 自分の子を褒めているはずなのに彼女の言葉は淡々としていた。嫌味を言っているとかじゃない。太陽が東から昇るみたいな当たり前の事実を語るような様。


「そしてこれは逆も言えます。貴方がフウマと恋仲になれたのは、貴方が魅力的だったから。ずいぶん可愛らしい彼女をお持ちのようで、お母さんは誇らしいわ」


 本気か皮肉か、にっこりと柔和な笑みを浮かべるイズミ。


 私は突然の彼女の褒め殺しに何も返せず、ただ顔を赤くさせて俯くだけ。


 彼女の言葉を素直に否定するには、私は自分の性的魅力にあまりに自覚的だったし、謙遜で否定するには、私に向けられたレンズの数が多すぎた。


「自由の名のもとに、恋愛の欲望は肥大します。より美しい恋人を、より有能な恋人を。だれしもが一途な恋愛に憧れるだなんてうそぶきながら、その目はすれ違う異性を自然と追う。たとえ瞼を閉じても、覆現を覗けば自分より素晴らしい女性が、自分の彼氏より魅力的な彼氏と、自分たちより幸せそうな笑顔を世界に振りまいている」


 そうではない、と否定したかったけれど、今この場で言ってもそれは単なる保身としてしか聞こえないだろう。


「私たちみんながみんな、貴方のような立場にいるわけではありません。肉体的・精神的に親たる資格があっても、社会的にその資格がない、つまり番となる相手を得られない人々も望みの配偶者を得ることができない人々も多く、山のようにいるのが事実です。日の当たる場所から日陰は見えづらいとは思いますが」


 お前は特権階級だと糾弾されている気分だった。


「解決策のひとつは、時計の針を戻す事です。村や家、会社といった共同体の計らいによって成立していた二〇世紀までの皆婚時代。もちろんお望みなら、の話ですが。一方、パレンス・パトリエ制度は二〇世紀までのような人々の性生活を制限するような押しつけがましいものではありません。それはただ、自ら親となることを志す人々に広く門戸を開くための制度です。何度でも言いましょう。私は義胎妊娠こそが二一世紀の女性をエンパワーメントする原動力になると信じています」


 力強く言葉を締めくくり、円卓にしばしの沈黙が流れた。


 人口再生産の産業革命。


 それがもたらす恩恵は分かりやすい。


 マルサスが人口論で指数関数的に増加する人口が招く破局の危険を説いたように、人口統制は長らく為政者の悩みの種だったのだから。

 産むも殺すも結局は親の胸三寸であり、聖職者たちがいくら嬰児殺しの罪を説こうと口減らしはなくならず、統計学者が人口減少がもたらす帰結を暗示しようとベビーブームは起きなかった。


 けれど義胎は違う。


 セックスすればできてしまう、その気にならなければ産めない妊娠とは違う。ほとんどの女性が生まれながらに持つ子宮とは違い、現代技術の粋である義胎の所有権は病院、企業、国家、つまり共同体にある。


 妊孕性さえあればどのような女性であれ母親になれる妊娠とは違い、義妊では親となる資格は共同体によって付与される。義胎妊娠は身体的に親になれない人々を救うが、同時に社会的に親に相応しくない人々から親となる権利を奪う。


 それは実質的に女性から子宮の所有権を奪うことになる。


 そして厄介なことにこれは私たちにとってもまたとない話なのだ。


 もはや私たちは自分が子を産むかどうか選択に悩まなくともいい。


 子を産むことで自分の人生を子に明け渡すことも、子を産まずただ衰え行く人生のさみしさに浸ることもなくなる。


 私の与り知らぬところで次世代の子どもたちは生まれ、老いた私は盤石な労働人口に支えられて後ろめたいところのない老後を過ごすことができる。


 本当の意味で私は私の人生を生きることができるようになるのだろう。


「本当にそうでしょうか」


 沈黙を破る私の声にイズミが意外そうな顔を見せる。


「なぜイズミさんは出産への助成金の取り止めも推進しているのですか」


「義胎妊娠と母胎妊娠の自己負担額には大きな差がありますから。その是正のためです」


「なぜ両者の負担が等しくならなければならないんですか。元々の費用が異なるというのに。義胎妊娠が自由で持続可能な社会のために必要なことは分かります。ですが子を成し、育てる過程を外注するとき、私たちは誕生から疎外されることになります。生誕というヒトの原点が人生から消し去られることになります」


 そうなった先、何歩か先の未来を夢想する。


 見ず知らずの他人を支えるためだけに生み出されるヒト。愛なく産まれる単なる歯車。


 その時私たちは誕生から疎外される。


 私は嫌だ。そんなのは嫌だ。


「イズミさんは優秀ですから、義胎妊娠の普及を性急に進めることで生じる数々の摩擦にも思い至っていたはずです。出産への助成金の廃止なんて特にそう。もっとソフトなやり方があったはずなのに」


 ずっと思っていたことを言う。


「あなたはまるで妊娠を憎んでいるように思えます」


 反論が来ると思ったのに、イズミは言い詰まったまま。


 息を吸い込み、次の言葉を準備する。


 フェミニズムは母になることを肯定する理論を構築してこなかった。


 いや、できなかった。


 それが女性への再分配の増大を要求する社会運動である以上、妊娠は自ら進んで引き受ける責任ではなく、野蛮な苦役でなければならなかった。


「貴方の言うように私は恵まれているのでしょう。両親に恵まれ、パートナーに恵まれ。さらに自らの胎で子を成したいという夢まで求める強欲張りなのでしょう」


 私はさしずめバイロンだ。


 産業革命の反動として起きた機械打ちこわし運動、ラッダイト運動を称賛した詩人バイロン。


 私は反動に過ぎない。


 薄れつつある過去を惜しみ、いつまでも生まれた頃の原風景の中で過ごしたいと願う懐古主義者。


 この討論に勝ったところで、それはピュロスの勝利でしかない。


 自ら責任を持って子を産み育てる尊さ、そこに籠る愛を説いたところで、私たちは自由の煌めきに堪えられない。責任からの逃走は止められない。


 そのうち、世のすべてのヒトが義胎から生まれるようになって、母体からヒトが産まれることを不自然な産まれ方、気持ち悪いと率直に感じるようになるのだろう。


「私は義胎妊娠を否定しません。ただ、子どもを自分自身で産むことを過去のものと投げ捨ててほしくないのです」


 けれども一〇〇年後の未来に私が間違っていたとしても、今の私まで否定されていいわけじゃない。私はしょせん一世代、二〇年を繋ぐつながりのひとつだ。


 蟷螂の斧でもかまわない。

 ドン・キホーテでもかまわない。


 たとえ私たちが自分たち自身から疎外されることになっても、私たちがそれを当然のものと受け入れることがないよう、私は今ここで謡わなければならない。


 だから私は自分の言葉を詩のように語ることにした。


 かつて善きものとされていた愛の形を謡った吟遊詩人のように。


「私にとって愛は責任です」


 イズミは敵ではない。それは打てば響く鐘だ。


「愛は見えないものです。耳元でささやかれても、指輪に思いを込めても、結局それはただの言葉でただの宝石です。でも、ですから、私たちは手を変え品を変え、様々な絵の具で愛を描くんです。そして愛の軌跡を描く絵の具の一つとして、愛の結晶をこの胎で育て、つながりを感じたい」


 言葉を切り、となりのフウマの顔をチラリと見やる。


 ずっと考えていたことだったけれど、いざ言うとなるとあまりにも恥ずかしかった。


「つまり、私は母親になりたいのです。貴方のように」


 私がそう宣言した瞬間、イズミの顔に悲しみの影が掛かったように思えた。

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