第102話 地獄のブーケトス戦争ね【後編】

 アリシアの放ったブーケゲベゲベ(シオン様)を巡り、凄絶な争いを行う女性陣。

 俺が階段の上から見下ろしている形だが、そのあまりの迫力と勢いにすっかりビビってしまっていた。


「貰ったぁぁぁぁぁぁっ!」


 他の参加者を一掃し、ブーケへと向かおうとするマリリーさん。

 しかし、彼はちょっとしたミスを犯していた。


「なっ!?」


 彼が直前に放った衝撃波によって、地面に落ちかけていたゲベゲベが再び空高く舞い上がってしまったのだ。

 そして、未だに空中ではイブさんとマインさんが激しい争いを繰り広げている。


「忍者のくせに、金騎士を名乗るとはおこがましいっ!!」


「騎士風情が、貴族の私に舐めた口を!!」


 落下しながらシュババババババと高速で攻撃しあう2人。

 うわ……落ちながら戦っているなんて、すげぇ……!


「邪魔をするなレイナ!! 貴様はどうせ相手などいないだろう!?」


「そっちこそ、アドルブンダ如きと結婚するのに……ブーケは必要ない」


「如き、だとぉ!? よくも妾のだいすきちゅっちゅなダーリンを侮辱しおったな!!」


「うぇっ!? キモォ……!」


「キモくないわ!!」


 そしてあちらでは、もはやお遊びの領域を越えた頂上バトルが繰り広げられている。

 慌ててアドルブンダ様様がレイナ様とイリアノ様を包み込む結界を張ってくれなければ、この結婚式場は更地と化していたに違いない。


「は~な~し~て~!!」


「離しませんよ! スズハさん!! 貴方にも女の子と気持ちよくなる方法をお教えして差し上げます!!」


「案外一度ヤったら病みつきになるものよ!!」


「いやぁー!! アリシア助けてぇー!! 穢されちゃいますー!!」


 さらに反対方向では、スズハがファラさんとリムリスさんに尻尾を掴まれながら追いかけ回されている。


「おのれ!! 我が妹に何をするか!!」


 そこへ怒り心頭のご様子のドラガンさんが駆け寄っていく。

 その凄まじい剣幕に、ファラさんとリムリスさんはギョッとしたご様子。


「我の命の代えても、妹を傷付けさせはせん!!


「……なんて素敵なお兄ちゃんなんでしょうか。私、兄姉にはいつも虐げられてきたので……すごく羨ましいです♡」


「こ、怖い……でも、こんなに激しく怒鳴られたのは初めて♡」


「は?」


 なぜか目をハートにして、ドラガンさんを見つめる2人。

 これにはドラガンさんも、追いかけられていたスズハも目を点にしている。

 この状況では戦線復帰は難しそうだ。

 となると、残る候補は――


「おい! 大丈夫か!?」


「うっ……」


 先程、マリリーさんにぶっ飛ばされた主任さん(30歳:胸の中にピンクスライムを隠していなければ即死だった)を抱きかかえているのはモリーさん。

 どうやら、間一髪で彼女を受け止めたようだ。


「ごめん、ね。私、頑張ったけどダメだった」


「いいんだよ。ブーケなんか無くても、俺の気持ちは変わらないから」


「モリー君……」


「君を愛してる。今度正式に、ご両親に挨拶をして……許可が貰えたら結婚しよう」


「!!」


 抱きしめ合い、見つめ合う2人。

 どうやら、彼女達にはブーケなど最初から必要無かったようだ。

 ああ、モリーさん! 主任さん(30歳)! 本当におめでとうございます!!


「グレイ、感動で涙を流すのはいいけど。もう決着が付きそうよ」


「おっと、そうだった」


 拮抗状態のイブさんとマインさんは動けない。

 アドルブンダ様の結界内でレイナ様とイリアノ様は戦争中。

 揉め事を起こしているスズハ、ファラさん、リムリスさんもほぼリタイア。

 プロポーズを受けた主任さん(30歳:幸せになります)も戦意喪失。

 これで残ったのは――


「今度こそ、ゲットしちゃうわ!!」


 空に舞うゲベゲベに近付く影――マリリーさん。

 彼に対抗出来うる戦闘力を持っているイブさん、マインさん、レイナ様、イリアノ様が手を出せない状況である以上、勝敗は決したかに見えた。


「まだまだぁー!!」


「なんですって!?」


「大地の精霊よ! 永劫の檻となりて、我が敵を捕らえたまえ!!」


 しかし、思わぬ伏兵がここで牙を剥く。

 先程までダウンしていたはずのフランチェスカが、その手を伸ばしてマリリーさんへと魔法を放ったのだ。


「ぐっ……!?」


 地面から隆起した岩の柱がマリリーさんへと迫り、彼を岩の中へと幽閉する。


「この程度でぇっ!!」


 だが、俺よりも数倍上の筋力を持つマリリーさんを魔法で閉じ込める事は厳しい。

 きっとすぐに、岩の牢獄は破壊されるかと……思われたのだが。


「させるもんかぁ!! ここで勝って……フランちゃんは、アリシア姉様に認めて貰うんだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「くっ!?」


 マリリーさんの抵抗でバキバキとヒビが入る。

 しかし、それでも壊れない、砕けない。

 まさにそれは……フランチェスカの金剛の如き想いの強さを現していた。


「フッ……腕を上げたわね、フランチェスカちゃん」


 そして遂にマリリーさんは抵抗をやめて瞳を閉じる。

 ズブズブと柱の中に沈み、全身を牢獄の中へと完全に取り込まれた。


「よ、よし……」


 今の一撃で魔力をほとんど使い切ってしまったのか。

 フランチェスカはおぼつかないふらふらとした足取りで、落ちてくるブーケゲベゲベの方へと歩みだす。

 

「勝ったんだ……! フランちゃんが、ようやく……!」


 虚ろな瞳で両手を広げ、ゲベゲベの落下地点で待ち受けるフランチェスカ。

 そして遂に、ゲベゲベが彼女の手に触れそうになった瞬間。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


「!?」


 フランチェスカの指がゲベゲベに触れた瞬間。

 真横から伸びてきた右手がゲベゲベの頭を掴んだ。


「あっ」


 フランチェスカにとっては、恐らくスローモーションのように時が流れているだろう。

 確実に勝利をしたと思った瞬間、真横から掠め取られたブーケゲベゲベ。


「ふぎゅっ!? うにぇっ!? ひゃふっ!?」


 ソレを掴んだ人物は、凄まじい勢いのままゴロゴロと地面を転がっていき……最後は地面に突っ伏したまま、ゲベゲベを握る右手を弱々しく掲げた。


「……と、取った、どぉー……」


 額から血を流し、全身擦り傷だらけで勝利宣言をしたのは――

 参加者の中で一番戦闘力が低く、勝算が無いと思われていた……そばかすがよく似合うメイドさん。


「まさかの結末ね……グレイ」


「ああ、俺も予想外だった」


 俺とアリシアは驚嘆の声を呟きながらも、ゲベゲベを手にした彼女の傍へ駆け寄る。


「メイさん!! 大丈夫ですか!?」


「メイ! どうしてこんな無茶をしたの!?」


「うぇ、うぇへへへ……ひゅみまへん」


 どうやら顔面を強打した時に歯が折れてしまったのか。

 笑うメイさんの白い歯は、見るも無惨にボロボロになっていた。


「……すぐに治療してあげる」


「ひょょんな! わらひなんかのために、ありがとうございます……!」


 アリシアが光る右手をかざすと、メイさんの顔の傷や、折れた歯がみるみると回復していく。


「わぁ……気持ちいい」


「これで良し、と。全く、ヒヤヒヤさせるわ」


 治療を終えたアリシアは、メイさんの額を指でちょんと突く。

 するとメイさんは再びはにかみながら、嬉しそうにゲベゲベをギュッと胸に抱きしめた。


「えへへへ……申し訳ございません」


「一歩間違えば大怪我でしたよ、メイさん」


「……分かっています。だって、命を掛けましたから」


「「え?」」


 メイさんの返答に俺とアリシアは困惑する。

 他の参加者達ならいざしらず、メイさんがこんな事を言うなんて思っていなかったのだ。


「だって私……ちっとも強くなんかなくて。お花の手入れくらいしか、御役に立てる事がまるでなくて。いつも……アリシア様とグレイさんの事を陰から応援する事しか出来ずにいました」


「「……」」


「お二人がとても辛い時も、苦しんでいる時も。ただ見ているだけ。だから、こんなに影が薄くて……他の皆さんのように、グレイさんへの想いを表に出す事が出来ずにいたんです」


 そう言いながら、メイさんは泣いていた。

 大粒の涙が、ボロボロとこぼれ落ちて地面に点々とシミを作っていく。


「それで、ずっと諦めようと思っていました。アリシア様に勝てるわけがない。私なんかがグレイさんのお傍にいるなんておこがましいんだって」


「そんなことは……!」


「でも、出来なかった。私、他の皆さんのようにドラマ的な理由なんて持っていないかもしれないですけど……グレイさんが好きなんです。大好きなんです」


 顔を真っ赤にして恥ずかしがりながらも、メイさんの潤んだ瞳は俺の目を捕らえて離さない。


「だから今回、自分の想いに決着を付ける為に全身全霊で挑みました。もしもこれでブーケを取れないのなら、潔く身を引くと決めて」


「メイさん……」


「ふぅん? それで? 一世一代の賭けに勝利した貴方は、一体何を望むの?」


 凍えるように冷たい声で、アリシアがメイさんに訊ねる。

 それは恐らく、彼女の覚悟を最後に確かめる為のものだ。


「多くは望みません。グレイさんに振り向いて貰えなくても、愛して貰えなくても構いません。ですから、たった1つだけ……!!」

 

 メイさんはゴシゴシと涙を拭うと、キッと鋭い瞳でアリシアを睨み返す。


「わだすを一生! お二人に仕えさせてくんろ!! グレイさんのお傍にいられるのなら、わだすは他になんにもいらねぇべ!!」


「…………」


 興奮のあまり、訛り全開で叫ぶメイさん。

 アリシアはしばらく、そんな彼女を見つめていたが……


「ぷっ、くくく……あははははっ!」


 とうとう堪えきれずに大笑い。

 メイさんはポカンとしていたが、すぐに自分が何を言ったのか思い出したのだろう。


「ほわわわわっ!? すみません!! 恥ずかしい訛りが出てしまって!」


「ふふっ、いいのよ。ワタクシが笑ったのは、貴方の訛りについてじゃないもの」


「ほえ?」


「ねぇグレイ、そうでしょう?」


 ウインク一回。

 俺にその解答を求めるアリシア。勿論、俺にはその答えが分かっている。


「だって、メイさんがあんな真剣におかしい事を言うんですから。そりゃあ笑いますよ」


「うっ!? やっぱり、一生お傍に……なんていうのは望み過ぎでしたか」


 しゅんと項垂れるメイさん。

 そんな彼女を見て、俺とアリシアはますます笑う。


「その逆ですよ。俺もアリシアも、メイさんにはずっとお屋敷にいて欲しいって思っていたんです」


「……ふぇ?」


「だから、わざわざ勝者の権利を使ってまでお願いしてきた事がおかしくてアリシアは笑ったんですよ」


「アリシア様……?」


「貴方がいなくなったら、中庭の花壇は誰が手入れをするのよ。貴方が嫌と言っても、手放す気は毛頭ないわ」


「で、でも……! 私は、グレイさんをお慕いしていて!」


「そうね。ワタクシがグレイを繋ぎ止める為の鎖の一本として、貴方を採用するのも悪くはないかもしれないわね」


「鎖……?」


「側室の一人って事よ」


「ひゃふぁっ!?」


 側室、と聞いてカァッと頬を染めるメイさん。

 その視線はしっかり、俺の股間へと注がれている。


「……あ、あんなに激しいの……わだす、耐えられる自信がねぇべ」


「へぇ? まるで見た事があるかのように言うのね?」


「あっ……その、朝、起きてこないお二人に朝食のご連絡をしにお伺いした時。扉を開いたら、はぅ……」


「えっ」


 まさかメイさんに情事を見られていたとは。

 ショックを受ける俺に反し、アリシアは笑顔のままだ。


「それなら分かるでしょ? グレイの相手をするには、ワタクシだけだと辛いの」

 ん? 今のはまるで、俺の方から求めてばかりいるような口ぶりじゃないか?

 実際はアリシアに搾り取られているというのが正しい気が……


「スズハが第一候補だったけど、マンネリを防ぐにはもっとバリエーションを増やしても楽しそうだと思わない?」


「お、思います!!」


「じゃあ、決まりね?」


「………はい。ふ、不束者ですが……」


 ペコリと頭を下げるメイさん。

 アリシアはそんな彼女の頭を撫でて、優しい声で囁く。


「その時が来たら、よろしくね。期待しているわよ」


「お任せください!!


「えー……」


 こうして、地獄のようなブーケトス戦争は集結を迎え。

 アリシアの判断により、メイさんがいつの間にか俺の側室2号さんとなってしまった。


「アリシア……前々から言っているけど、俺は別に側室なんて」


「それならそれでいいわよ。貴方が望まない限り、ワタクシから強制するつもりはないもの」


「グレイさん……私とのえっち、お嫌ですか?」


 ウルウルとした瞳で、懇願してくるメイさんはなんとも健気でいじらしい。


「私は……グレイさんとえっちしたいです」


 俯き、小声でボソッと呟くメイさん。

 不覚にも、その言葉に俺の愚息がピクリと反応してしまう。


「あはっ! 脈アリ、ですね!!」


「……うぅ」


「グレイ、もう少し抵抗してくれないと張り合いがないわよ?」


「ごめんなさい」


 すっかりアリシアの手のひらの上で踊らされているな、と肩を落としつつも。


「ふふふふっ、私! 頑張りますよー!」


 満開の花のように笑うメイさんの顔を見て。

 こんな関係もまた心地いいのかもしれない。

 俺はそう思うのだった。

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