第103話 魔法の言葉を聞かせて

【王都リユニオール 披露宴会場】


 誓いの言葉、ブーケトスと、大々的なイベントが終わり。

 今度はいよいよ披露宴の時間。

 俺達は揃って、教会近くにある会場へと移動する。


「グレイ、お待たせ」


「ああ、アリシア。何もかもが綺麗だよ」


 お色直しを終えて、別のドレスへと着替えたアリシアは……ウェディングドレス姿を凌ぐ程に美しい。

 先程は白地の布に青白い装飾のドレスであったが、今度は黒い布地に紅い装飾の施されたエキゾチックなドレス。

 ドレスだけ見ると派手に思えるかもしれないが、アリシアの抜群のプロポーションと絶世の美貌の前では問題ない。

 アリシアという完璧な美を引き立たせる脇役にしか過ぎないのだから。


「安心して。ウェディングドレスもこのドレスもちゃんと持って帰るから。この格好で今夜は……うふふふ♡」


「……ははは、ちゃんとご馳走を食べて精力を付けておくよ」


 腕を絡めて耳打ちしてくるアリシアの誘惑にドキドキしながら、俺は一緒に新郎新婦が座るメイン席へと移動した。

 すでに参列者達は席に着いて、それぞれが談笑に耽っている。


「アドルブンダ、いつになったらお前は妾にプロポーズをする?」


「いや、じゃから! ワシは理事長としての仕事が忙しくてのぅ……」


「ならば妾が族長をやめて、学園の副理事として勤めようぞ」


「いぃっ!?」


 アドルブンダ様と二人きりの席で、結婚を迫っているイリアノ様。


「可愛い我が娘よ。推しだと思っていたカップルが結婚するのだから、もっと歓喜に満ちた顔をしてはどうだ?」


「……うるさい」


「ははははははっ!! 初いのう、初いのう!! 横恋慕ほど、傍から見ていて面白いモノはないぞ! これからもせいぜい、初恋を引きずって生きるがいい!」


「殺そっかな……クソ親父」


 親子水入らずのはずが、一触即発の状態に陥っているナザリウス様とレイナ様の席。


「に、兄さん。大丈夫?」


「……お前の友達は一体なんなのだ? 我は女というものが怖くなってきたぞ」


「うーん。2人とも悪い子ではないけど。兄さんもその歳まで童貞なんだし、そろそろ女性と交際したら?」


「ど、童貞で何が悪い!! 我の純潔は心から愛する女性に捧げるのみだ!」


「もう……!」


 大声で童貞宣言をするドラガンさんと、その横で恥ずかしそうに俯くスズハ。


「くふっ……♡ ドラガン様、童貞なんですね……♡」


「炎で炙られるってのも、案外痛気持ちいいのかしら……? ふふっ、それともあの尻尾でお尻をペチンペチンと叩かれたり、鋭い爪で胸を弄ったりして貰えたら……あんっ♡」


「何故だ? 何故私には一票も入らなかった? イブ殿は私と似たような立場なのに5票も貰っているし……そもそもなぜディラン様に3票も入っている? おかしくないか? 挙げ句の果にはマリリー殿にも1票だと!? ここは私だろう!! お前達が私に票を入れてくれれば、遂に私が主役になれる瞬間がやってきたというのに! 私の何が気に入らないというんだ!? 女騎士、中性的、水色の髪、男口調、病み気質!! どれも人気になれる要素だと私は思っているんだが!? いるんだが!?」


 隣のスズハ・ドラガンさんの席を見つめながら、恍惚とした表情のファラ様とリムリス様。

 それとブツブツ、何やら小声で呟いているレイプ目のマインさん。


「うーん。我ながら完璧にアリシアちゃんを仕上げちゃったわねぇ」


「本当です! マリリーさん、もしよろしければ正式にうちの店と提携しませんか?」


「あらぁ、いいわねぇ。もっと詳しく話を聞かせてほしいわ。前々から、貴方の店が作る服はどれも素敵だって思っていたのよ」


 アリシアが贔屓にしている2店舗のオーナー同士で、盛り上がっている店長さんとマリリーさん。


「アリシア様……本当にお綺麗だなぁ。グレイ君もカッコイイし」


「うん。でも、君が作った服が2人の魅力を際立たせる役目を担っているんだよ」


「ありがとう。私、モリー君のタキシードもバッチリ作るからね!」


「ああ。早く君のウェディングドレス姿が見たいよ。なぁ、ピンクスライムちゃん」


「きゅぃー!」


 もはやあちらが主役なのではと思ってしまう程に仲睦まじいモリーさんと主任さん(30歳:肩に載せているピンクスライムも嬉しそう)の姿も眩しい。


「ピ、ピンクスライム……!」


『あら、ディラン。貴方も昔はよく、ピンクスライムで遊んだでしょ?』

 

「遊んだというか、遊ばれていたというか……」


「またボク達、あんな風に楽しく遊べたらいいのにね……」


「シオン……ん? なんだか、まだまだ平気そうだな。もうすぐ消えるんじゃなかったのか?」


「ああ、さっきイリアノ伯母様が魔力を注いでくれたから。もうしばらくは平気みたい。というか、定期的に魔力を貰えば……まだまだイケるっぽい」


「……えっ!?」


 お義父様はゲベゲベ(inシオン様)と何やらヒソヒソと小声で話している。

 満面の笑みで泣いているようだけど……どうしたのだろうか。


「ぐやじいぐやじいぐやじいよぉぉぉぉっ! あともうちょっとだったのにぃぃぃっ!」


「目先の相手に気を取られ、目標を逃すとは……一生の不覚です!」


「イブ! こうなったらもう、フランちゃんと貴方で揉めている場合じゃないよ!」


「そうですね。これからは2人で協力して、グレイ君とイチャイチャする為に頑張りましょう!」


 近くの席では、フランチェスカとイブさんがガッチリと握手。

 ブーケを逃して落ち込んでいると思ったが、もうちゃんと回復したらしい。


「まったく。ワタクシ達を放って、みんな盛り上がっているわね」


 参列者達を見つめながら、アリシアは少し呆れた様子で漏らす。

 

「俺達に気を遣ってくれているんじゃないか?」


「そんな殊勝な子は……貴方くらいのものよ、メイ」


 アリシアはそう呟きながら、後方で控えているメイに声を掛ける。


「うぇ!? 私ですか!?」


「メイ、食事の配膳や支度は会場のスタッフがしてくれるのよ。だから貴方も、みんなのように席に着いてゆっくりしなさい」


「で、でも……私はメイドですし」


「それを言うならモリーだって掃除係じゃない。貴方がお世話しようとしてくれる気持ちは嬉しいけど、それは屋敷でお願いするわ」


「わ、分かりました!」


 メイさんはペコリと一礼してから、トテトテとテーブルに戻っていく。

 この日の為にアリシアと話し合い、シェフとあれこれ打ち合わせした料理の数々を……メイさんにもちゃんと味わって貰わないとな。


「本当に……ワタクシと違って素直な子よね」


「ははっ」


「何よ、今のは笑うところかしら?」


 俺が思わず笑うと、アリシアがムスッと頬を膨らませた。

 俺はそんな彼女の頬を突きながら、その理由を話す。


「ごめんごめん。アリシアってさ、スズハといいメイさんといい……素直で純粋な子をよく気に入っていると思ったんだ」


「……言われてみるとそうかもしれないわ」


 そう答えながら、アリシアはじぃっと俺の目を見つめてきた。


「??」


「そんな人をこうして、旦那に選んでいるんですもの」


「え? 俺、素直で純粋かな?」


「そういうところは本当に鈍感ねぇ」


 呆れた顔で、俺の頬をペチペチと軽く叩いてくるアリシア。

 俺がなんとも言えずにいると、司会進行役を務める式場のスタッフがマイクでアナウンスを入れてきた。


「ご歓談中の皆様、大変失礼致します。ただ今より少し、お耳を拝借させて頂きます」


 ざわついていた会場内がシーンと静まり返る。

 それを確認したスタッフさんは、言葉を続ける。


「ありがとうございます。それでは、本日の主役であるグレイ様とアリシア様より……それぞれ、お言葉を頂戴したいと思います」


 言い終えるのと同時に、パチパチと拍手の音が一斉に沸き起こる。

 ああ、もうスピーチの時間か。

 俺はアリシアの手を取ると、2人で一緒にマイク台の前へと向かう。


「ではまず、新郎のグレイ様から」


「は、はい」


 俺はスタッフからマイクを受け取り、カチコチになりながら前へ出た。

 すると会場内の照明が落とされ、俺にだけスポットライトが当たる。

 うぅ、ますます緊張してきたぞ……!


「こ、この度は……私とアリシアの結婚式にお越し頂き、ありがとうございます」


 パチパチパチパチ。拍手が再び。

 ピュイーピュイーと口笛を鳴らしている人もいるようだ。


「この日を迎えるまでに、いろんな事がありました。最初はアリシアとこういう関係になってはいけないと自制していましたし、そうなる事はありえないと思っていたんです」


「……」


「でも、そんな私をアリシアが引っ張ってくれました。勇気づけてくれました。多くの人が支えて、導いてくれました。だから……この場にいる人達全員に、私は死ぬまで感謝の気持ちを忘れないでしょう」


 深々と頭を下げる。

 足元を見る視界が、徐々に滲んできて。

 ああ、自分は今泣いているんだと……ぼんやり思う。


「本当に、本当にありがとうございました!」


 拍手は無い。

 俺が顔を上げると、誰もが目元をハンカチで拭っていた。

 それに驚く俺の手を、アリシアがそっと握る。


「次はワタクシの番よ」


 俺からマイクを奪い、アリシアはさらに前に出る。

 そして彼女は、とても晴れやかな笑顔で。

 この場のしんみりとした空気を吹き飛ばすかのように……自信満々の一言。


「貴方達のおかげで、こんなに素敵な旦那様を手に入れる事が出来たわ。だから特別に、感謝してあげなくもないわ」


 ポカーンとする参列者達。

 しかしすぐに、アリシアが何をしようとしているのかを理解したようで。

 ニヤニヤとしながら、口々に叫ぶ。


「酷いですよアリシアさん!!」


「そうよアリシア!! アタシ達に感謝してないってわけ!?」


「アリシア姉様なんて、やっぱり【氷結令嬢】だぁー!!」


 飛び交うアリシアへの批判。

 しかし、その誰もが笑って……俺を見つめている。

 いつものアレを見せてくれと、言わんばかりに。


「ふんっ、負け惜しみばかりね」


 アリシアがそう鼻を鳴らし、俺にマイクを手渡してくる。

 俺はそれを受け取ると、みんなの期待に応えるように……口を開いた。


「待ってください、皆さん! これは誤解です!」


「「「「「!!」」」」」


 俺とアリシアが結ばれるきっかけのひとつ。

 素直になれず、閉ざされていたアリシアの心を開いた――


「アリシア様は、本当はこうおっしゃりたかったんです!!」


 魔法の鍵とも呼べる一言を。






【グレイとアリシアの結婚式編 完】








【ネクストグレイズヒント!】

・女王への道

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