第99話 ずっと見守ってくれていたのね……
【オズリンド邸 玄関】
まだ朝日も登らない明け方。
しかし屋敷内はバタバタと大忙しであった。
「それじゃあグレイ。ワタクシは先に向かっているわね」
「ああ、俺もすぐに後を追うよ」
今日は待ちに待った、俺とアリシアの結婚式当日。
ウェディングドレスの支度などで時間が掛かるアリシアだけ先んじて式場へと向かい、俺は後でディラン様と一緒に屋敷を出る手筈になっている。
「アリシアのドレス姿、楽しみにしているよ」
「ええ、ワタクシも貴方にお披露目するのが楽しみだわ。それに、貴方のタキシード姿も早く見たいし」
ただでさえ美しいアリシアが、ウェディングドレス姿になるなんて……想像しただけでメロメロになってしまいそうだ。
しかもそれが、俺の花嫁なのだから――幸せ気分も倍増というもの。
「アリシア……」
堪らなくなって、アリシアを抱き寄せてキスをしようとする。
しかし、唇が触れる寸前でアリシアが人差し指でキスを封じてきた。
「だぁーめ♡ 今日のキスは結婚式の為に取っておかないと」
「……うん。我慢するよ」
それを言われては、無理やり唇を奪うわけにもいかない。
お楽しみは後に取っておくとしよう。
「……待っているわよ、アナタ♡」
アリシアは笑顔で手を振りながら、馬車に乗って屋敷を出ていく。
さて、名残惜しんでばかりもいられない。
「俺もちゃんと準備していかないと」
「おー、グレイ。こんな場所にいたのか」
「あれ? モリーさんも、もう出るんですか?」
振り返ると、そこにはスーツ姿のモリーさんが立っていた。
彼も結婚式に招待しているので、格好そのものに問題はないが……参列者が式場に向かうにはまだ早すぎる時間だ。
「ああ、アイツが衣装の用意で早めに式場に向かうから。俺も一緒についていこうと思ってさ」
「ああ、主任さん(30歳:モリーととうとう交際&婚約しました)ですね。もうすっかり仲良しカップルですね」
「そういう意味じゃ、お前には本当に頭が上がらないよ」
「気にしないでください。俺も親しい友人同士が結ばれて、とても嬉しいので」
「俺だって、親友と主人が結ばれてくれて嬉しいよ。俺の人生において、こんなにも鼻が高い事はないかもしれねぇな」
そんな風に笑うモリーさんを見て、俺は思い出す。
最初にこの屋敷に来た時、俺は彼から屋敷の掃除を教わって。
その最中に、メイド達といざこざを起こしているアリシア様と出会った。
俺の運命の人との出会いに、少なからず彼も関わってくれているのだ。
「グレイ……俺もさ、お前達に負けないくらいに幸せになってやる。だから、俺達がもっともっと嫉妬して頑張りたくなるくらいに……幸せな姿を見せてくれよ?」
「ええ、勿論です。お二人には悪いですけど、世界一幸せなのは俺とアリシアなので」
「ひゅぅー! 抜かしおるわー! その言葉、忘れんなよー!」
「はい。勿論ですよ」
笑って茶化してくるモリーさんと別れ、俺は屋敷の中へと戻る。
すると今度は、礼服姿のお義父様とバッタリ遭遇した。
「おはようございます」
「おお、グレイ君。昨晩はゆっくり眠れたかな?」
「はい。アリシアも早めに解放してくれたので……」
「ははは、そうか。それであの子はもう式場へ?」
「ええ。自分もすぐに準備して、後を追う予定です」
俺がそう言うと、お義父様は微笑みながら頷く。
「ではグレイ。これから、私と一緒にある場所へ向かってくれないか」
「ある場所、ですか?」
「ああ。それと、お前達の部屋からゲベゲベを持って来てほしい」
結婚式当日の朝に、それもぬいぐるみのゲベゲベを連れてどこへ行こうというのか。
理由は分からないが、お義父様は意味のない事を言うような人じゃない。
「分かりました。では、すぐにご用意します」
「ああ。では、馬車の前で待っているぞ。式場へはそのまま向かうから、最後の準備を終えてから来なさい」
「はい!」
俺は急いで部屋に戻ると、手早く支度を済ませる。
それからゲベゲベを抱きかかえ、お義父様の待つ馬車へと向かうのだった。
【とある小高い丘】
お義父様に連れられ、馬車で揺られる事……十数分。
王都からほんの少しだけ外れた小高い丘に、俺達はやってきていた。
「ここは……?」
馬車を降りて進むと、そこには綺麗な石碑があった。
そこに刻まれている文字はシオン・オズリンド。
という事は、これは……!
「そうだ。我が妻、シオンの墓だ」
「お義母様の……」
名前や噂に関しては、これまでに何度も耳にしていた。
しかしアリシアやお義父様があまり率先して話したがらないようなので、こちらからもこれといった話題を切り出せずにいたのだ。
「しかし、なぜこのような丘に?」
「ここはリユニオールを一望出来る場所。昔からシオンは、この場所から王都を見渡すのが好きだった」
だからここに墓を建てているというわけか。
なぜだろうか。俺はシオン様とお会いした事は一度もないが、アリシアのお母さんというだけで……それを望むのも頷ける気がする。
「グレイよ、ゲベゲベをここへ」
「はい。でも、どうしてゲベゲベを……」
俺がゲベゲベを出すと、お義父様はそれを受け取って墓の前に置く。
「ゲベゲベは元々、シオンが大切にしていたぬいぐるみ。もっとも、この名前を付けたのはアリシアで……当時はもっと違う名前が付けられていたが」
「ああ、そうだったんですね」
という事はやはり、ゲベゲベはアリシアのネーミングセンスなのか。
「シオンは流行病で死を間近にした時。残されるアリシアを不憫に思ったのだろう。残された力の全てを使い……ゲベゲベに使い魔の魔法を施した」
「使い魔の魔法……あっ!」
そう言われてみると、ゲベゲベはどことなく普通のぬいぐるみじゃなかった。
よく目が合うし、なんだか時々心の声が聞こえていたような気もしていた。
「でも、全然動いたりしませんけど」
「シオンに残された魔力は少なかった。だから、普段はこうして完全にぬいぐるみとして動きを制限し……特別な条件の時のみ動けるようにしてある」
「特別な条件?」
「この墓にゲベゲベを連れてくる事だ」
俺が首を傾げるのと同時に、お義父様に抱かれているゲベゲベが光り輝く。
そしてすぐに、もごもごと体が蠢いたかと思うと。
『……よっ!』
ぴょいんっと、お義父様の腕から飛び降りるゲベゲベ。
そのまま、俺の方へと顔を向けて――
『ようやくちゃんと話せたね、グレイ』
「ゲベゲベ……!?」
『きゃあああああああ! ぬいぐるみが喋ったぁぁぁぁぁぁぁ!!』
『喋る妖刀には言われたくないよ』
妖刀ちゃんの絶叫に呆れた顔でツッコミを入れるゲベゲベ。
そんなやり取りを、お義父様は笑いながら見ていた。
「久しいな、シオン」
『うん、君は相変わらずイケおじだねディラン。こんな体じゃなければ、また君といっぱいえっちしたいよ』
「???????」
ゲベゲベをシオンと呼ぶお義父様。
お義父様の方を見ながら、くねくねと体を動かすゲベゲベ。
俺はぶっちゃけ、頭がパニック状態だった。
「ゲベゲベがシオン様だったんですか!?」
「いいや、正確には違う。これはシオンがゲベゲベに植え付けた残留思念のようなもので、シオン本人ではない」
『そういう事。可愛いアリシアの結婚式に参加する為に、過去のボクが遺した……未練のようなものだよ』
「……シオン様。そうとは知らず、今まですみませんでした」
『あはははっ! 何を謝る事があるのかな? 君がアリシアを大切にしていた事はちゃんと見ていたし、ボクが一番不安に思っていたアリシアの性欲も受け止めてくれている。何も問題はないし、こちらがお礼を言いたいくらいさ!』
あっけらかんとした態度のシオン様。
そう言えば、俺とアリシアの情事をずっと間近で見ていたんだよな……この人。
「義理のお母さんに見られていたとは……」
『ディランほどのテクは無いけど、サイズと持久力が段違いだね。そうそう、昔お尻にピンクスライムを突っ込んだ時なんてさー』
「ごほん!! シオン、あまり時間が無いのだから無駄話は控えなさい」
『あっと、そうだった。下手に話しすぎると、結婚式の途中でぬいぐるみに戻っちゃう』
恥ずかしい秘密の暴露を中断し、シオン様は再び俺の方を見る。
そしてその右手を俺の方へと差し伸べてきた。
『グレイ君。あの子、ワガママで強引でプライドが高くて……そのくせ甘えん坊で、素直じゃなくて。とても苦労したよね?』
「いえ、そんな事は!」
『うん、知ってる。そんなあの子でも、君は深く愛してくれた。いい部分を見つけてくれて……あの子に対する誤解を解いてくれた。あの子に居場所を与えてくれた』
だからね、と続けてシオン様が俺の手を握る。
俺はそれを優しく握り返す。
『あの子をよろしくお願いします。君になら、大切な娘を託せます』
「はい。俺が必ず、シオン様の分もアリシアを幸せにしてみせます」
『んふふふ、なら安心だ』
俺から手を離したシオン様は、お義父様の胸の中へと飛び込んでいく。
『それじゃあ、後は式を楽しみにしているね』
「あ、でもその前にアリシア様に!!」
『それはいいの。もうそれほど力は残っていないし、アリシアもボクがゲベゲベの中にいるという事は知らない方がいいと思う』
「式が終わる頃には、ゲベゲベは完全にぬいぐるみに戻ってしまうからな」
そうか。せめて少しくらい会話できればと思ったのだが……
『もしもボクに気を遣うなら、最高の式を見せて。それが何よりの贈り物だからさ』
「……お約束します!」
『ならよし! ほら、早く式場へ行こうよ! 一秒でも長く、アリシアの晴れ姿を見せて!』
急かすシオン様の言葉に従い、お義父様は馬車へと戻ろうとする。
しかし俺は、途中で足を止めた。
「グレイ君?」
「折角なんですから、二人きりで式場へお向かいください。私は自力で向かいますので」
俺は妖刀ちゃんを引き抜くと、龍化の力を発動させる。
これによって、俺は龍のように空を自在に飛び回る事が可能となった。
「グレイ君……君という男は」
『ありがとう……』
「それじゃあ、また後で!」
俺は翼を広げ、空を舞う。
ちょうど登り始めた朝日に照らされながら、まっすぐに。
目指すは俺とアリシアの結婚式を行う式場。
「さぁ、いよいよだ!」
アリシア、幸せになろうな。
【次回 第100話 ハッピーエンドは始まりにすぎないわ】
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