第89話 愛しい人が食べられちゃうわー!
【ヴォルデム魔導学院 理事長室】
とある物を入手するべく、アドルブンダ様を頼った結果。
エルフの里に、それに相応しい物があると教えて貰えた。
しかもそれだけではなく、エルフの里へのガイドまで紹介してくれるというのだが……
「レイナ様が付いてきてくださるんですか?」
「うん。よろしく」
その人物とは、つい先日アリシア様と継承戦で争ったレイナ様であった。
「エルフ族の長老とは面識がある。きっとグレイ様の力になれると思う」
「それはありがたいですけど……」
「安心して。もう変な事はしないから」
ニコッと微笑むレイナ様から悪意は感じない。
そもそも、別にそんな事を危惧していたわけでもないが……
「いえ、レイナ様のような方に案内をさせるなんて……ご迷惑じゃないかなって」
「気にしないで大丈夫。継承権を失ったから、むしろ出かけたい」
「どうしてですか?」
「王城にいるとクソババア……じゃなくて、姉が口うるさい。それにクソ鬱陶しい双子のガキやムッツリエロ眼鏡を殺したくなるから」
表情こそ笑顔のままだが、眼の先からバチッと電気を迸らせるレイナ様。
詳しい事情は分からないが、どうやら彼女は彼女で苦労しているらしい。
「分かりました。では、お願いします」
「うぃー」
「話はまとまったようじゃな。ではレイナよ、グレイ君を頼むぞ」
「うぃうぃー」
レイナ様はアドルブンダ様に向かって頷くと、俺の左手を握ってきた。
「転移魔法の為に必要だから」
「あ、はい。大丈夫ですよ」
手を握られるくらいなら別に気にするほどでもない。
俺は握られた手を見つめ、転移魔法の発動を今か今かと待っていたのだが。
「……ダメ、上手く集中できない。もっと密着が必要」
「へ?」
突然、レイナ様が手を離したかと思うと。
今度は両手を広げ、俺の腰に手を回して抱き着いて来た。
「んふー……これで万事オッケーかも」
「あの、できればもっと普通に……」
「無理」
「そうですか……」
「(やれやれ、困ったのぅ)」
「じゃあ、行こう」
俺に抱きついているレイナ様の全身がパァッと輝きを放つ。
「レイナ、イリアノによろしくのぅ」
「うん、伝えとく」
レイナ様とアドルブンダ様がそんな会話を交わす。
一体誰の事だろうと、俺が考えた次の瞬間……視界全てが真っ白な光に包まれる。
「!?」
「到着」
ついさっきまで理事長室にいたはずなのに、周囲の景色が緑一色の森へと変わった。
どうやら無事に転移魔法が発動してくれたらしい。
「ここがエルフの里ですか?」
「ううん、エルフの里に続く道の途中。里には強力な結界が張られているから、転移魔法で直接入る事は出来ない」
「強力な結界、ですか?」
「そう。レイナでも破れないレベルの」
七曜の魔導使いでも破れないのか。
エルフ族は魔力に優れているというのは常識だが、そこまでとは……
「だからここからは歩いて行く。この森には魔物が多いから……気を付けて」
「はい。俺がレイナ様を守ります!」
「……ありがとう」
一応男なので、格好つけてみたのだが……冷静に考えると俺が守らなくてもレイナ様は魔物なんて一捻りだろう。
しかし彼女は好意的に受け取ってくれたようで、嬉しそうに笑う。
なんだか以前よりも砕けた感じで接してくるので、俺としてもこれはありがたい。
と、思っていたのは最初の内だけで。
【エルフの森】
あれから、レイナ様と森を歩き続けること十数分。
俺達は遂に、森に生息する魔物と遭遇した。
「ギャオオオオオオオオッ!!」
「きゃっ、こわーい(棒)」
「おわっ!?」
襲いかかってきたキマイラを迎え撃とうとしたら、レイナ様がいきなり俺の胸に飛び込んでくる。
これでは迎撃どころではないので、俺はレイナ様を抱き抱えて高く跳躍。
「レイナ様! 邪魔しないでください!」
「むー……守ってくれるって言ったのに」
「守ろうとしていたんですよ!」
俺は着地と同時にレイナ様を地面へと下ろす。
それから妖刀ちゃんを抜いて、キマイラの方へと向き直る。
「いくぞ……!」
俺達に噛みつこうとして失敗したキマイラは、俺達の位置を見失っている。
今なら無防備な背後に渾身の一撃を叩き込めそうだ。
「はぁぁぁぁぁぁっ!」
妖刀ちゃんの刀身から噴き出した炎が俺の体を包み込む。
その炎が次第に晴れていくのと同時に、龍化した俺の体が……
「えいっ」
ドガァーンピシャーンゴロゴロゴロゴロゴロボグォーン!!
「……」
龍化した俺の目の前で、キマイラが一瞬で黒焦げステーキへと大変身。
恐る恐る横を見てみると、レイナ様が不機嫌そうに左手の先をキマイラだった炭へと向けていた。
「こんなザコ相手に、グレイ様がわざわざ手を下す必要はない」
「……そうですか」
数十秒前にこわーい、とか言っていた人物のセリフとは到底思えないが、凶暴な魔物を倒して貰えたのなら良しとしよう。
「それにしても、キマイラなんて物騒な魔物がどうして森に……」
昔、冒険者の手伝いをしていた時に得た知識なのだが、キマイラというのはダンジョンなどの門番をしている事が多い魔物だ。
要するに主となる存在に仕え、命令を忠実にこなすタイプという感じ。
「答えは簡単。このキマイラはエルフの里の入り口を守る番犬」
「……ほわ?」
今、レイナ様はなんておっしゃったんだ?
あのキマイラが……エルフの里の入り口を守る番犬だって?
「じゃ、じゃあ……殺しちゃったらマズイんじゃないですか?」
「……てへっ♡」
頭を掻きながら、ペロッと舌を出すレイナ様。
なんてことを……! と俺がドン引きしたのも束の間。
「そこを動くな!! 侵入者共め!!」
「「!!」」
俺とレイナ様を取り囲むように、四方からゾロゾロと人影が姿を表す。
その全員が女性で金髪……そして耳が尖っている。
「先程の爆音は貴様達の仕業か!?」
「キマイラをどこへやった!? 隠し立てするなら許さぬぞ!!」
エルフの戦士と思われる女性達が、次々と凄まじい剣幕で捲し立ててくる。
その全員が俺達に向けて、木製の長杖を向けていた。
下手な真似をすれば魔法の集中砲火を受けると思った俺は、まずは両手を高く上げて降参の意を示しつつ……スッと視線を地面へと落とす。
「貴様! どこを見ている!?」
「いえ、あの。キマイラさんなら、そこにいるというか……キマイラさんだった物体が残っていると言いますか」
そんな俺の言葉に、エルフ達全員の目線が俺の見ている先へと向かう。
そこにあるのは、黒い炭の塊となっている哀れなキマイラ君の残骸である。
「ば、バカを言うな!! キマイラをあんな風に出来るはずがない!!」
「そんな真似が出来るのは、我らが族長様くらいなもの!!」
「我々を甘く見おって! 隠し立てするのならば、容赦はせんぞ!!」
「ひぇー」
美女揃いと評判高いエルフ族なだけあって、全員が綺麗なお姉さんなのだが……これほど凄まれると普通に怖い。
どうにか弁明しようにも、相手は相当に怒っている。
上手く説明するにはどうすればいいか、俺が迷っていると……
「お前達、やめぬか。杖を納めよ」
「「「「!!」」」」」
突然、鈴の音のように綺麗な声が辺りに響き渡る。
それを耳にしたエルフ達は一斉にハッとしたように顔を見合わせ、すぐに杖を下げてその場に跪いた。
「これは……?」
一体何が起きているのか分からずに俺が困惑していると、俺とレイナ様のすぐ目の前の空間がブゥンと音を立てて真っ二つに裂けていく。
「この者達は侵入者などではない」
そうして発生した空間の裂け目から、何者かが姿を現してきた。
俺はその人物の顔を見て、思わず絶句してしまう。
「アリシア、様……? いや、違う……」
出てきたのはエルフ族の女性だったのだが、その顔立ちがとてもアリシア様に似ている。
美しい顔。流れるような金髪。豊満なムチムチ淫乱ドスケベボディ。
それらはほぼアリシア様と変わらない。しかし、蒼い瞳や髪型、ちょっとアリシア様より大人びている風貌などから……完全に別人だという事が分かる。
「ほう? そうか、お前がアドルブンダの言っておった男か。我が妹エリアの孫娘……アリシアの婿殿よ」
「我が妹エリア……孫娘アリシア?」
え? エリア様というのはたしかに、アリシア様のお祖母様だ。
そのお祖母様の姉……? 姉ぇっ!?
「ええええっ!?」
ありえない。どう見ても目の前の女性は20代後半から30代前半くらいの見た目だ。
いや、でもスズハ様のように亜人種ならば……有り得るのか。
「歓迎するぞ、グレイ殿。それと……妾の愛猫を灰にした金閃の小娘、お前もな」
「うぃー。よろしく、イリアノ」
俺には微笑み、レイナ様にはジト目を見せる……イリアノ様、でいいのかな。
ちょっと堅苦しい口調だけど、案外面白い人なのかな?
「……ふむ、アリシアめ。しばらく見ぬ内に、こんなにも美味しそうな男を手籠にするとは……少しくらいつまみ食いしてもバレないかの」
「ウェッ!?」
「ホホホホホ、なんでもない。さぁ、ついてまいれ」
そう言いながら、イリアノ様は胸元から取り出した扇子で口元を覆い隠す。
そしてそのまま、さっきの空間の裂け目へと入っていった。
うわぁ、仕草までアリシア様にそっくりだ……!
「グレイ様、気を付けて。あの色情ババア……危険」
「あはは、ご忠告どうも」
とりあえず、アリシア様のご親戚であるとはいえ油断は大敵。
エルフの里……気を抜かないようにしないとな。
アリシア様の為のアレを、しっかり用意する為にも。
【グレイとアリシアの結婚式まで残り11話】
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