第90話 給料三ヶ月分って言うけれども

【エルフの里】


 イリアノ様に案内され、エルフの里へと足を踏み入れた俺とレイナ様。


「すっご……」


 初めて目にするエルフの里は、予想を遥かに越える場所だった。

 魔物が徘徊する森の中にあるというのに、王都とほとんど変わらないような都会の街並みが広がっている。

 レンガ造りの建物が多く、市場は賑わって活気に満ち溢れている。

 ただ1つ違う部分があるとすれば、街を行き交う人々が全員エルフであるという事くらいだ。


「驚いたか、グレイ殿。これがエルフの里だ」


「凄いですね。まるでリユニオールみたいですよ」


「元々、この土地には国が建っていた。しかし、かつてのエルフ狩りの際に他国に攻め入れられてしまってな。先々代の族長が国を守る為に、エルフの里を森の中に隠してしまったというわけだ」


 なるほど。それで入り口が空間の裂け目だったというわけか。

 

「国そのものを覆い隠すなんて、魔導使いクラスなんでしょうね」


「そう。先々代の族長……イリアノの祖母は優れた魔導使い。今はもう亡くなっていて、イリアノが後を引き継いでいるけど」


「え? じゃあ、イリアノ様が……」


「うむ。この里の族長にして、七曜の魔導使いの一人……【木錬のイリアノ】である」


 そう答えながら、イリアノ様がチュッと俺に向けて投げキッスをしてきた。

 すると俺の目の前にポンッと綺麗な赤色の花が現れる。


「これは先程、部下達が無礼を働いた詫びだ。受け取って貰えるか?」


「ありがとうございます。でも、あんなの全然気にしていませんよ。アポ無しで来て、キマイラを始末しちゃった私達が悪いので」


 亜人族は警戒心が強いからな。

 前に龍族の里を訪れた時も、警備に襲いかかってこられたし。


「うむ、殊勝な態度でよろしい。それに引き換え、貴様は相変わらずだなレイナ」


「べぇー」


「チッ、クソガキが……」


 にらみ合いながら、バチバチと火花を散らすレイナ様とイリアノ様。

 七曜の魔導使い同士仲良くすればいいのに、と思ったところで気付く。


「あれ? この前の継承戦の時には、来ていらしたんですか?」


「ん? ああ、あの時なら……アドルブンダのろくでなしが誘いに来たぞ。あまりにもしつこいから、ビンタしてやったが」


 アドルブンダ様の名前を口にするのと同時に、イリアノ様の眉間に深いシワが寄る。

 どうやらアドルブンダ様は嫌われているようだ。


「……素直じゃないね、イリアノ。本当は昔からずっとアドルブンダの事……」


「レイナよ、それ以上口を開いたら殺すぞ? あ?」


「は? やれるのものならやってみれば?」


「はんっ! 魔導を覚えたての我が大姪に敗北したザコの分際で粋がるなよ」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴッ。

 二人が臨戦態勢に入った事で、大地が激しく揺れ始める。


「ちょ、ちょっと! 喧嘩は良くないですよ? ね? ね!?」


「「………チッ」」


 プイーッとそっぽを向き合う二人。

 やれやれ、なんで俺が肝を冷やさないといけないんだ。


「それで? アリシアと共に結婚報告に来るのならともかく、なぜこんな小娘と共に妾の元へやってきたのだ? そろそろ教えて貰えるかの」


「あ、そうでした。実は……」


 イリアノ様に道案内されながら、俺は簡単に事情を説明する。

 結婚の前にある物を用意しようと考えていて、それに相応しい物がこの場所にあると聞いてやってきたと。

 その話をイリアノ様は静かに聞いていたが、やがてニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべると……俺の肩に手を回してきた。

 そのままグイッと引っ張られたので、俺の顔はイリアノ様の大きな胸の間に挟まれる事となってしまう。


「ホホホホホッ! 可愛いのぅ、可愛いのぅ!! 若い男のプライド可愛いのぅ!!」


「むぐぐぐぐぐっ!!」


「いいだろう。我が大姪の為にも協力は惜しまぬ」


「むむー……! グレイ様を誘惑するなクソババア」


「黙れ、小便臭い小娘が。嫉妬など見苦しいぞ」


 とまぁ、そんなやりとりを繰り返しつつ。

 俺達はようやく、イリアノ様の屋敷へと辿り着いた。


【エルフの里 イリアノの屋敷】


「グレイ殿よ。お前が欲している物はこの屋敷にある」


 屋敷に到着してそうそう、おっぱいに挟んでいた俺を解放したイリアノ様が言う。


「げほっげほげほっ! あ、ありがとうございます」


「可愛い大姪の為にも、それをお前に渡すのはやぶさかではない。だが、アレは我が一族に代々伝わっている秘宝――簡単に渡すわけにはいかぬ」


「ドケチババア」


「殺すぞ、チビガキ」


「あの、いちいち喧嘩をしないでください」


「……こほん。とにかく、ディラン坊やアリシアと違い、妾はお前がどういう人間なのかを知らぬのだ。そこで、ちょっとしたテストをしようと思う」


 そういう事か。まぁ、誰かに試されたりテストされたりするのは慣れているし、俺としては断る理由もない。


「分かりました。受けて立ちます」


「その心意気は良し。では……覚悟してもらうぞ」


 俺がテストを承諾すると、イリアノ様は黒い笑みを浮かべる。

 それを見たレイナ様が、俺の服の袖をギュッと掴む。


「……グレイ様、言っちゃったね」


「え?」


「くれぐれも、死なないで」


「ちょっ、一体何をさせるつもりなんですか!?」


「さぁ、グレイ殿。妾にお前の強さを見せておくれ」


 ブゥンッと俺達の前に空間の裂け目が現れる。

 そしてその隙間の奥には、うじゃうじゃとひしめき合う魔物の群れが見えた。


「キマイラが殺されてしまったからのぅ。新たな門番となる魔物を捕まえてこねばならん」


「うぇっ!? この中からですか!?」


「うむ。この中で一番手強い魔物を連れて戻ってこい。あ、くれぐれも殺してはならぬぞ? この飼育空間に住んでおるのは、全員妾の可愛いペットだからな」


 そう注意してから、イリアノ様は俺の背中をゲシッと蹴りつけてきた。

 その衝撃で、俺は空間の裂け目へとダイブ。


「うぉぁぁぁぁぁっ!?」


「「がんばれー」」


「ああああああああああああああああ!!」


 こうして俺は、大量の魔物達の中心へと落とされる。

 魔物達からしてみれば、活きの良い餌が降ってきたようなものだ。


「くそっ!! 上等だ!!」


 俺は妖刀ちゃんを引き抜き、構える。

 どれほど苦しい試練であろうとも!!

 アリシア様の喜んだ顔を見る為なら――!!


「うぉらぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」






【王都リユニオール マリリーの店】


「ふんふふ~ん♪ アリシアちゃんのウエディング姿を見るのが楽しみねぇ~」


 客が誰一人としていない店内。

マリリーは、時期の迫ったグレイとアリシアの結婚の準備に取り掛かっていた。

 すると突然、カランカランとドアベルの音が鳴り響き……二人の女性が入ってくる。


「やっほ」


「久しいな、マリリーよ」


「あらぁ。レイナちゃんにイリアノ様じゃなぁい。ご無沙汰~♪」


 エルフ族の族長と王族の来店だというのに、まるで緊張していない様子のマリリー。


「今日はどうしたのぉ? もしかして、アタシのメイクが恋しくなった?」


「フッ、お前の手を借りずとも妾は美しいから問題ない」


「レイナも」


「それは残念ね。アタシが手を入れれば、もぉっと二人は素敵になるのにぃ」


「お前の才能は買っておる。もっとも、妾としては剣の腕の方が……」


「イリアノ様」


 イリアノの言葉を遮るように、マリリーが低い声で名前を呼ぶ。

 それだけで店内の重力が数十倍にもなったように重苦しい雰囲気が漂い、イリアノとレイナの額に大粒の汗が流れる。


「……すまぬ。失言だったな」


「いいのよぉ。それより、二人はどうしてここに?」


 謝罪を受けた途端に、元の雰囲気へと戻るマリリー。

 イリアノはホッとしたのか、胸元から派手な扇子を取り出すと……それを軽く振ってみせた。

 すると何も無かった空間から突如、ひゅぅーんと何かが落ちてきた。


「ぐぇっ!?」


「まぁ、グレイちゃん!!」


 潰れたカエルのように両手両足を開いたまま床にうつ伏せになっているグレイ。

 その体は全身ズタボロで、疲労困憊のせいか意識も定かではない様子。


「イリアノ様、まさかグレイちゃんを苛めたの?」


「ホホホホホ、人聞きの悪い事を言うな。ちょっとシゴいてやっただけだ」


「スパルタババア」


「は? 死にてぇのかお漏らし娘が」


 バチバチバチバチ。火花を散らす二人をスルーして、マリリーはグレイの股間を指でツンツンと突いて遊んでいる。


「うーん、柔らかい。ちっとも興奮していないのね」


「そりゃあ、百を越える魔物と闘い続けておったからな。欲情する暇などあるまい」


「うぅ……」


「そして妾達がここへ来た理由だが、それはコレをお前に渡す為だ」

 

 イリアノは再び、自分の胸の谷間に手を入れて……それからあるモノを取り出す。

 そのあまりにも美しい輝きに、レイナもマリリーも釘付けとなった。


「これは妾の母から受け継いだエルフ族の秘宝。マリリー、これをお前の知り合いに渡し……アリシアに合うように調整を」


「ああ、そういう事だったのね。まぁ、なんて素敵なのかしら」


 マリリーはそれを受け取ると、さらに間近で見つめる。


「さて、用事も済んだし……妾はそろそろ戻る。あまり里を長く空けるわけにもいくまい」


「あら、もう少しくらいいいじゃない。どうせ転移出来るんだし、アドちゃんにも会っていったらどうなのよぉ」


「……そんな必要はない」


 マリリーの言葉に背を向けるイリアノだが、その頬はわずかに赤い。

 レイナはそれが面白いのか、ニヤニヤしながらイリアノの周りを回る。


「ひゅーひゅー。ひゅーひゅー」


「……」


「なんなら、アタシがメイクしてあげるわよ? そうすれば、あの鈍感も……」


「要らぬ世話だと言っている!!」


 最終的には顔を真っ赤にしたイリアノがパチンと指を鳴らし、転移魔法を発動させてしまい……彼女はマリリーの店から消えてしまった。


「あら、余計な事をしちゃったかしら」


「ううん、そんなことない」


「どうして?」


「さっきの転移魔法……魔力反応が弱すぎる。アレじゃせいぜい、行けてもヴォルデムくらい。エルフの森までは届かない」


「まぁ! まぁまぁまぁ!」


「……ちょっぴり、イリ×アド推しになりそう」


 クスクスと笑い合うマリリーとレイナ。

 そんな中、未だにダウンしたままのグレイ。


「さぁて、それじゃあ大急ぎでコレの準備を進めないと。グレイちゃんとアリシアちゃんのためにもね!!」


「うぅ……お願い、します……うぷっ」


 こうして、お目当てのモノを手に入れるのと同時に。

 アリシアの大伯母とも親交を築く事に成功したグレイ。

 だが、彼の真の目的はまだ果たされていない。


「俺……ちゃんと、アリシア様にプロポーズしてみせますから」


 呟くグレイの視線の先には、マリリーが手に持つ指輪がある。

 美しい赤い宝石付きの指輪を、一刻も早くアリシアに渡したい。

 そう思いながら、グレイはゆっくりと瞳を閉じて……意識を手放したのであった。



 


 

 【グレイとアリシアの結婚式まで残り10話】

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