第87話 婚約しましたわ!婚約しましたのよ!!

【オズリンド邸 食堂】


「もっとグリッと強くっ! 激しく踏んで欲しいのぉっ♡」


「気持ち悪い。貴方みたいな変態、誰も愛してくれないでしょうね」


「あひぃぃぃぃぃんっ♡」


 食堂で繰り広げられている主従プレイ。

 そんなものをいきなり見せつけられた俺は、どうしていいか分からず。


「……」


 俺は何も言わずに食堂の扉を閉めようとする。

 だが、運悪くアリシア様と目が合ってしまった。


「あら、グレイ。ようやく目覚めたのね」


「いっ!? あ、はい」


「グレイだってぇ!? アタシからご主人様を奪った泥棒犬の分際でぇ!!」


 アリシア様が俺に声を掛けると、リムリス様が牙を剥いて俺の方へと突進してきた。

 一応説明すると、本物の犬のように四足歩行でシャカシャカと。

 ぶっちゃけ恐怖のあまり、俺は「ひぃっ!」と悲鳴を上げてしまった。


「犬は貴方でしょうが」


「ふぎっ!?」


 しかし彼女が俺に噛みつくよりも先に、アリシア様の魔導……魔法?(俺に違いは分からない)によって、リムリス様は氷漬けにされてしまった。


「金騎士となった貴族の特権などについて教えて貰おうと思って呼んだんだけど。結婚の話をしたら、朝からずっとこの調子で困っていたのよ」


「そ、そうだったんですね」


 リムリス様の祖先は金騎士。

 そこから貴族の地位を得て、今のカルネルラ家があるらしいからな。


「ずっと眠っていてお腹が空いたでしょう? 昼食を一緒にどう?」


「あ、はい。でも……」


「バカね。もう貴方はワタクシの婚約者なんだから、一緒の席に付いても問題はないわ」


 そう言ってアリシア様が食卓に付く。

 俺は言われるがまま、アリシア様の向かい側に座った。


「……んふっ♡」


 アリシア様は食卓の上で組んだ手に顎を乗せながら、俺を見つめてきた。


「どうかしましたか?」


「こうして同じ目線で食事できるのが嬉しいのよ」


 ニコニコと嬉しそうに微笑むアリシア様。

 ああ、とっても可愛い。こんな最高の女が俺の婚約者だなんて……幸せ過ぎる。


「いっぱい食べて英気を養いなさい。今日は色んな場所に結婚報告に行くから」


「あ、俺もそのつもりでした」


 ファラ様やマインさんにも伝えたいし、アドルブンダ様やドラガン様。

 店長さんや主任さん(30歳:最近モリーさんと一緒にピンクスライムで遊んだとか)やマリリーさんにも報告したいし……


「くすくすっ」


「どうかしましたか?」


「いいえ、ちょっとおかしくて。だってワタクシ、つい数ヶ月前までは……婚約破棄を腐るほどされてきたというのに」


 そうだ。俺と出会う前のアリシア様は【氷結令嬢】という異名を付けられ、周囲からは恐れられる存在だったのだ。

 あれからかなりマシになったとはいえ、今でも多くの者がアリシア様を血も涙もない冷徹な人間だと思いこんでいる事だろう。


「仮に結婚したとしても、それを報告出来るような相手は少なかった。でも、グレイと出会ったお陰で……いまのワタクシには親しい相手がいっぱい」


「俺は何もしていませんよ。周りがようやく、アリシア様の魅力に気付いただけです」


「もう、そんなに煽てても無駄よ? 今夜はいっぱいちゅっちゅしてあげるんだから」


 チロリとアリシア様が舌なめずりをする。

 その紅い瞳は獲物を前にした肉食獣のように、俺をロックオンして離さない。


「お、お手柔らかに」


「幸いにも今日は馬車移動が多そうね。そこでいかにワタクシのちゅっちゅ欲を発散できるかが、今夜の貴方の運命を決めるわ」


 ああ、御者さん。本当にすみません。

 どうやら今日も馬車内でいっぱいイチャコラちゅっちゅしないとダメなようです。

 そうしないと、俺が夜に殺されかねないんです(腹上死的な意味で)


「さぁ、まずは一緒に食事をしましょう」


「はい、アリシア様」


 でもまぁ、こんなにも幸せそうにウキウキしているアリシア様を見ていたら。

 どんなに理不尽で激しい命令でも、ついつい聞きたくなっちゃうんだよな。

 惚れた弱みというのは、本当に恐ろしいと思った。


【王都リユニオール 馬車の中】


 ガタンゴトン。

 俺とアリシア様を乗せた馬車が、石畳の上を進んでいく。


「ちゅちゅちゅちゅちゅーっ♡」


「~~~~~~~~~~~~~~ッ♡」


「あはっ、びくびくして可愛いわ。じゃあ、ここを舐めたらどうなるの?」


「くぁっ!?」


「ちゅっ、ちゅるっ……れろ……ちゅぅじゅるるるるっ!」


「あああああああ~~~~~っ!!」


 それはもはや、捕食であった。

 アリシア様は俺の全身のありとあらゆる敏感な場所をその唇と舌で攻め立て、俺の反応を嬉しそうに見ている。

 せめて俺がちゅっちゅする側に回れば主導権を握れると思ったのだが……「今日はワタクシがグレイを苛めたい気分なのよ」と言われてはどうしようもない。


「かぷっ♡ はむっ♡ ちゅっ♡ れろれろれろ♡」


「うっ……! うぅっ!? んぅぁっ!? あぁぁぁ……!」


 こうして俺は、馬車の中で死ぬほどアリシア様にちゅっちゅされ続けるのだった。


「そろそろ……田舎に帰るしかねぇなぁ」


 御者さん、本当にごめんなさいです。


【王都リユニオール とある服飾店】


「「えええっ!? ご結婚されるんですかぁ!?」」


 アリシア様が贔屓にしている服飾店に到着後。

 ちゅっちゅ攻撃でヘロヘロの俺に代わり、アリシア様が店長と主任さん(髪の毛を短くしているがよく似合っている)に婚約の報告をする。


「「おめでとうございます!!」」


「ありがとう。それでだけど、この店はウエディングドレスの仕立てもお願い出来る?」


「も、勿論でございます!! ああ……アリシア様のウエディングドレスを担当出来るなんて夢のようです!」


 店長さんは感極まっているのか、大粒の涙を流しながら両手を重ね合わせる。

 これまでアリシア様から厳しい指導を受けてきたおかげで、こうしてお店が立派になったという経緯もあるから……その感動も大きいのだろう。

 ウエディングドレスという一世一代の衣装を任せて貰えるのだから。


「やったね、グレイ君。あっ、アリシア様とご結婚なさるなら……もうこんな風に話しかけちゃダメかな」


「いえいえ、気にしないでください。これからもいい友人でいて欲しいです」


「あははは、そう言ってもらえると嬉しいよ。私の彼氏候補の友達でもあるから、急に貴族だって思うのも難しいから」


 主任さん(30歳:モリーさんは割りといい感じっぽい)は笑いながら、俺を肘で突いてきた。この人となら、きっとモリーさんも幸せになれるだろうな。


「では早速、採寸とデザインの打ち合わせをしましょう!!!」


「待って、店長。それもじっくり進めたいんだけど……その前に、グレイがもうすぐ金騎士の叙勲を陛下から賜るのよ」


「「おおー!!」」


「だから先に、グレイの衣装を作ってあげたいの。どの道タキシードは必要になるから……まずはグレイの採寸から済ませてちょうだい」


「そういう事なら喜んで。ナザリウス陛下も驚くようなカッコイイ衣装を仕立てますよ!」


「グレイ君、いっつも使用人服に刀だからアンバランスだなーって思っていたの。だからいつかこんな日が来ると思って、幾つもデザイン案を作ってたの!」


「本当ですか!? 嬉しいです!!」


「ワタクシも見たいわ。貴方がどれほど成長したのか、確かめさせて貰うわよ」


「はい! 望むところです!」


 こうして俺達は、しばらく服飾店で打ち合わせを行った。

 流石にドレスは一日でデザインを決める事は出来ないので、ひとまずは俺の叙勲式の衣装だけ決定。

製作をお願いし、俺達は次なる目的地へと馬車移動した。


【王都リユニオール マリリーの店】


「歯ぁ食いしばれやぁぁぁぁぁっ!!」


「うぐぁっ!?」


 俺の顔面にめり込む、マリリーさんの右ストレート。

 思いっきりぶっ飛ばされた俺は、店の向かい側に建つ建物の壁に思いっきりめり込んでしまった。


「マリリー!! いきなり何をするのよ!?」

 

 アリシア様は大慌てでマリリーさんの右腕にしがみつく。

 彼女が動転するのも当然だ。

 この店に到着し、婚約しましたと報告した次の瞬間。

 俺はマリリーさんにぶん殴られてしまったんだから。


「貴方、自分が何をしたのか……」


「お黙りっ!!」


「っ!!」


 ビリビリと大気を震わすマリリーさんの怒声に、流石のアリシア様も押し黙る。

 つうか、俺も怖い。すげぇ怖い。

 俺はめり込んでいた壁から脱出し、口の中に溜まった血を地面へと吐き捨てた。


「マリリーさん、どういう事ですか?」


「ああ? このバカ弟子が……まだ気付かねぇのか? お?」


 ベキボキと拳を鳴らしながら、マリリーさんが詰め寄ってくる。

 ちょーこえーんだけどぉー!!


「すみません。おっしゃる通り、俺はバカなので……分からないんです。でも、マリリーさんが意味もなく怒ったりしない事だけはよく分かっているつもりですから」


 俺はすぐに腰を曲げて、頭を深々と下げる。

 決して、マリリーさんの剣幕に負けたわけじゃないよ? 本当だよ?


「俺がマリリーさんに何をやらかしたのか、教えてください!」


「……ちげぇ。アタシにじゃなくて、アリシアちゃんによ!!」


「「え?」」


 どういう事だ、と俺はアリシア様と一緒に首を傾げる。

 婚約したと報告しただけで、何をそんなに――あっ!


「まさか……!!」


 そこで俺はハッとする。

 マリリーさんは俺が気付いた事に満足したのか、ようやく握り拳を開いた。


「ようやく気付いたようね、グレイちゃん。だったらもうアタシから言う事はないわ」


「はい。こんな事にも気付かないなんて、俺は本当にバカでした」


「?????」


 ただ一人、意味が分からないという様子のアリシア様。

 そんな彼女を見て、マリリーさんはパチンとウインク。


「大丈夫よ、アリシアちゃん。多分、明日の夜には分かるはずだから」


「ええ、そうですね。あの、そういうお店を紹介して貰えますか?」


「勿論よぉ。アタシのオススメのお店を紹介してあ・げ・る♪」


「はぁ? 何よ、ワタクシだけのけ者にして」


 ぷくーっと膨らむもちもちのほっぺ。

 そんなところもすげぇ可愛いと、俺はついニヤけてしまう。


「とにかく、二人が結婚するのは分かったわ。アリシアちゃん、当日はアタシにメイクとヘアセットはさせて貰えるのよね?」


「本当はグレイ以外に任せたくないのだけど……そうね。貴方にお願いするわ」


「そりゃあそうよね。ウエディングドレスを着て、綺麗におめかしをして完璧になった姿を……式場でバッチリと見せないと」


 たしかに、俺がメイクをするよりもそちらの方がいいだろう。

 俺自身、その姿を見たくて堪らないんだから。


「じゃあ、ドレスのデザインが決まったら教えてね。それによってメイクや髪型も変わるもの」


「分かったわ。じゃあ、お願い」


 これで衣装やメイク関連の手配は終わった。

 そうなると次はヴォルデム魔導学院の関係者かな。


「ねぇ、グレイ。さっきの事は教えてくれないの?」


 馬車に戻ると、やはりと言うべきか。

 アリシア様がマリリーさんの暴力について質問してくる。

 だが、俺は首を振ってその答えを拒否した。


「明日までお待ち下さい」


「むむむぅーっ」


「いじけてもダメです」


「ちゅぅー!!」


「ちゅうしてもダメです」


「ちゅっちゅっちゅー!!」


「……ちゅー」


「「ちゅちゅちゅーっ!!」」


 ガタンゴトン。馬車は揺れていく。

 二人のバカップルのイチャイチャちゅっちゅと。


「はぁ……」


 一人の御者さんの深い溜息と共に。



【グレイとアリシアの結婚式まで残り13話】

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